feeling heart to you
30




自分から離れるって思ったのに。
一留の事しか考えられない僕は、結局・・・電車には乗れなかった。


乗らなきゃいけないのに。
早く何処かに行かなきゃだめなのに。
早く一留の側から離れなきゃいけないのに。

なのに、なのに、僕の足はどうしても電車の中に行こうとしない。
どうしても、行きたくないと身体が拒んでる。

頭と心は行かなきゃダメだって叫んでるのに、それ以上の叫びが身体から聞こえてくるみたいで、苦しい。

電車は時間通りに行っちゃって、けれど僕は動けない。
もう一歩も動けない。

行かなきゃいけないのに、行きたく無くて、もう、動けない。
どうしても、行かなきゃいけないのに、動けない。
動けないのが苦しい。
行かなきゃいけないのが、とても、苦しい。
苦しくて、苦しくて、息が出来ない。

「くっ・・・ぅ、ぇっ、あ・・・っ、ぁっ・・・」

叫びたかった。
本当は行きたくないんだって。
離れたくないんだって。

叫んで泣きわめいて一留の所に帰りたくて。
でも、帰れなくて。

苦しいよ、苦しくて息が出来ないよ。
もう、どうしていいか分からないよ。

どうすればいいの?

分かっているくせに、未だに抗う馬鹿な僕。
ちゃんと分かってるくせに、分かりたく無い馬鹿な心。

助けて。

悲鳴を上げる。
声は出ないけど、悲鳴が喉の奥からひゅうひゅうと漏れて、もう息なんか全然出来なくて、苦しいのに、それ以上の気持ちで哀しくて。

助けて。誰か、僕を助けて。

立っていられなくて、しゃがみこんで喉を押さえて、それでも苦しくて、痛い。

助けて。誰か・・・・・・助けて、一留。

呼んでしまった名前に、もう僕の気持ちは抑えられない。
身体が勝手に立ち上がって駆け出そうとしてる。
一留の所に帰るんだって、苦しいままに駆け出そうとしてる。
ダメなのに、行っちゃダメなのに。それなのに、もう抑えられない。

逢いたい。
逢って抱きしめて欲しい。
馬鹿だなって笑って欲しい。
あったかい手で撫でて欲しい。
微笑みながらキスして欲しい。

もう、抑えられない。
決心も何もかも捨てて走り出そうとした、その時。

「錬!」
「いち、る?」

あり得ない人影が一留の声で僕を呼ぶ。
駅のホーム。誰も居ないのに、人影があって、僕を呼ぶ。
それは、まぎれも無い一留の声。

「・・・一留?」

一留が居る訳がない。
だってまだ一留は寝てる。
疲れて熱を出して寝てるはずなのに、それなのに人影はずかずかと歩いて来て、あっという間に一留の形になった。

「馬鹿野郎っ!勝手に行く奴があるかっ!」

怒ってる。すごく怒ってる。
浴衣姿で息を切らして肩が上下に動いて、とてもとても怒りながら一留は僕の肩をがしって掴んだ。

「そんな顔しながら消える奴が居るかよ・・・」

低い、押さえた声。
恐い顔で僕を睨み付ける一留。

一留が居る。僕の目の前に居る。僕に触ってる。

逢いたい。
側に居たい。
抱きしめて欲しい。
馬鹿だなって笑って欲しい。
あったかい手で撫でて欲しい。
微笑みながらキスして欲しい。

一留だ。一留が居るんだ。一留はまだ居るんだ。

手を伸ばして一留の頬に触る。
ちゃんとした感触が指先に触れる。
少し熱くて、柔らかい。

もうだめ。何の決心も我慢も何も無くなる。
やっと止めた涙はもう壊れたみたいにぼろぼろ落ちて、止められない。

「いち、るっ・・・一留っ、ぁっ・・・う・・・っ、ふぅ・・・っ、うっ」

しゃくりあげる僕に一留は苦笑しながら僕の髪を撫でてくれる。
ああ、間違い無く一留なんだ。宿で寝てた一留なんだ。
余計に涙の止まらなくなった僕は苦しいまま、ぎゅっと一留に抱きついた。
きっともう、離れられない。

「ばぁか。泣くくらいなら最初から居なくなるんじゃないよ」

一留が抱きしめてくれる。
馬鹿って言いながら僕の背中を撫でてくれる。

「ったく。何か嫌な気がして起きれば居なくなってるしよ。死ぬ程焦ったんだぞ?こら」
「ふぇっ、えっ・・・ぅ、ご、めん・・・な・・・い」
「いいよ。謝んなくて。いいんだよ」

怒ってたはずの一留の声が優しくなって僕に降り掛かる。
一留は声まで暖かい。

「ごめんな、さい・・・ごめな・・・さ・・・」

あんまりにも優しくて暖かくて余計に僕の涙は止まらなくて、どうしようもなく申し訳なくて、謝る事しか出来なくて。
それなのに一留はいいんだって言ってくれてる。
良い訳無いのに、それなのに良いんだって僕を抱きしめて頭の天辺にキスしてくれる。
それから髪の毛にもこめかみにも、僕の顔を持ち上げて額にも頬にも鼻先にも。
そして、唇にも。
沢山のキスをしてくれながら一留は優しく微笑んでくれる。

「帰ろう、な?」






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