feeling heart to you
26




どれくらい一留にひっついていたんだろう。
いつの間にか泣きじゃくっていた僕に一留が何度も僕の頭や肩、背中をさすってくれてて、ようやく泣きやんだ頃には僕はすっかり疲れてた。

「れーん。もう大丈夫だよ。ほら、顔上げて」

僕が泣きやんだのを感じ取った一留の手が僕の頬に伸びて、ぐちゃぐちゃな僕の顔を見て笑う。
でも、さっきまでの厳しい一留じゃなくて、笑ってるけど、優しくて暖かい一留に戻ってた。
それに安心しちゃってやっと泣きやんだ僕の涙がまた溢れ出る。

「っく・・・い・・・る」
「嫌な話ばっかりで辛かったな」

ゆっくりと親指で僕の目尻を拭ってくれる一留はそのまま顔を近づけて僕のおでこにちゅって唇を落としてくれる。

「だい、じょぶ・・・でも、いちる・・・」
「何だ?」
「ぼく、これ・・ら、ど、すれば」

どうすればいいの?
峯川さんの話が全然僕には理解出来なくて、途方に暮れて一留を見上げる僕に一留は優しく微笑んで小さなキスをしてくれた。

「大丈夫。あいつがちゃんとしてくれるよ。あんなんでも錬の事心配してたみたいだしな」
「ど、して?」
「大人のカン。それよりも、錬」
「なに?」

もう一度、今度は目尻にキスされて、軽い音を立てた一留の唇はそのまま僕の唇まで降りてきて少しだけ長いキスをした。
一留の温度ですっかり安心しちゃった僕は単純な事に溢れてた涙もすっかり止まってて、ぼけっと一留を見上げてる。

「風呂入ろうか。でもって飯食って、寝るぞ」
「いちる?」
「ちゃんと休んで、沢山考えよう。さっきは喋れないなんて言ったけど、今の錬は喋る事が出来るんだ。出来る事は沢山ある。それに、後で下でテレビを見てちゃんと状況を確かめよう」

僕に出来ること。
何も出来ない訳じゃない。

ゆっくりと、分かりやすく言ってくれる一留に僕も小さく頷いてずっと握ってた一留の手をそろそろと離した。
あんまり力を入れて握ってたから一留の手に僕の指の後がしっかり残ってて、小さな声でごめんねって言ったら返事の代わりにもう一度一留からキスされて。

「錬にはきっと辛い事だらけだと思うけど、俺も手伝うよ。何が手伝えるのか分からないけど、出来る限りの事はするよ」

優しい微笑み。
暖かい声。
折角泣きやんだのにまた涙が溢れてしまいそう。

「い・・・ち、る」
「いっぱい泣いておけ。思う存分泣いて、空っぽになってから頑張ろうな」

それでも一留は泣くんじゃないなんて一言も言わなくて、泣いて良いよって言ってくれる。
その言葉に甘えた訳じゃないけど、どうしても止まらなくて僕はまたわんわんと泣きじゃくった。

一留に抱きついたままで、暫く泣いていた僕の事を一留は何も言わずにただ抱きしめてくれてて、そんな一留の全てに僕はどうしようもなく嬉しくて、嬉しくて。


結局。
日が暮れてしまうまで泣きじゃくった僕に一留は苦笑しながらも僕を連れて温泉に向かった。

いつもみたいに一留と一緒にお風呂に入って、ご飯を食べて。
毎日の当たり前の様な光景がどれだけ幸せな事なのかと、今更ながらに思い知った僕はずっと一留から離れられなくて、今までだって一留の側に居たんだけれど、今日はずっと身体の何処かを一留にくっつけていないと落ち着けなかった。

どう見ても泣きはらした僕におじさんとおばちゃんも心配して、けれど普段と変わりなく接してくれた。
それが余計に嬉しくて、ご飯を食べ終わる時には何とか僕も落ち着いて一留と一緒にテレビの前に座る事が出来た。


この街に来てから一度も見ていないテレビ。
毎日テレビを見て、そのテレビの中に居たと言うのにずっと見ようともしなかったなんてちょっと不思議。
でも、僕が此処に来た時はテレビなんて見たいとも思わなかったけど。

「付けるぞ?」

晩ご飯の後のデザートであるアイスを手に持った僕に一留が一応テレビを付けるぞと言ってくれて、こっくりと頷いた僕はすぐ側に居る一留に寄りかかって久々に見るテレビに視線を向けた。


丁度、時間帯の事もあってかテレビではニュースをやっていた。
そして、ニュースの一面は僕の両親の事と社長の、事務所の事。

テレビに僕が映ってる。
僕の歌っている所。
それから、お父さんとお母さんの若い頃の映像。
今の映像。社長の写真。

贈収賄及び脱税。
それが両親と社長が犯してしまった罪の名前。

あまりの事に呆然とテレビを見てる僕の肩を一留が抱いてくれてる。

両親が逮捕されたのは昨日の事らしい。
それから社長にまでその罪状が及んで明日にも社長が逮捕される事になるだろうとアナウンサーが難しい顔で言っている。

僕の所属する事務所には、実は売れているのは僕くらいで後はそんなに売れていない人たちばかりなのだと、僕はニュースを見て初めて知った。

途端に思い出すあの世界の事。

毎日休む暇もなく駆けずり回った事。
同じ年頃の、やっぱり僕と同じアイドルとか歌手の人達からの視線。
僕の聞いている所でもいろいろな事を言われた楽屋や番組の休憩時間。
誰もいない通路で突然襲われ掛けた記憶。
ロケの帰りに叫びながら僕に向かってナイフを突きつけてきた人が居た事もあった。
事務所に脅迫状が届いた事も数え切れないくらいにあった。
ファンレターも沢山もらったけど、それと同じくらに僕の存在はあの世界で疎まれた。

それでも、僕はそれらに何も反応する事は無かった。
今から思えばその時の僕はきっと何処かおかしかったんだろうって分かる。
毎日が忙しくて、休めなくて、眠れなくて、それでもスケジュールは一杯で。
楽しいこと、嬉しいこと、沢山の暖かい感情があったけど、それでも僕は一人で、僕の後ろに存在する有名な両親の名前が先行して、僕が何かを言う前に全てが決まっていた。

だから僕は鍵を掛けたんだろう。
何にも反応しない様に。

今だったら分かる。
誰も居なくて独りぼっちだと思いこんだ僕は勝手に悲観してた。
もちろん、本当に悲しかったし、寂しかった。
誰も頼れる人が居なくてどうして良いか分からなくて。
それでもその中にいろいろな感情があったんだろうと、今だから、ようやく分かる事が出来る。

テレビではいつの間にか僕の進退問題をアナウンサーやコメンテイターが難しい顔で喋ってる。
そう言えば僕は今此処に居るんだから、どうやったって僕のコメントをテレビで発表するのは無理で、みんな僕のことを捜してるんだと言っている。

どうしよう。考えることが多すぎて全然ちゃんと考えられない。

「れーん。大丈夫だよ。アイス溶けてるぞ」

そんな僕に一留は一口も手を付けていないアイスの器を僕に渡してくれた。
のろのろとスプーンを持ってアイスを口に入れるととても冷たい。
何口か食べるんだけど、あまり食べたくなくってスプーンを持ったまま固まってると一留は苦笑してスプーンを僕から取り上げてアイスを自分で食べてる。

「冷たくて旨いな」

美味しそうにアイスを食べてる一留。
じっと一留を見てると一留はスプーンに一口アイスを掬って僕に向けるから僕も口を開けて一留の持ってるスプーンからアイスを食べた。

「旨いだろ?」

微笑みながら顔を近づけて、おでこをこつんてくっつけてくる一留。
でも、僕の頭はいっぱいいっぱいで何も考えられなくてアイスの味も分からなくなってる。
そんな僕に一留は微笑んだまま、僕の頬に触れるだけのキスをして、何も言わずにアイスを食べてた。

考えることが沢山で、僕は何も考えられない。

もうニュースの内容も僕の頭の中には入ってこなくて、たださっき見た映像がぐるぐるとまわってるだけ。

どうしたらいいんだろう。
どうすればいいんだろう。

ぼんやりとしてる僕に一留は何か言ってたみたいだけど、僕は良く聞き取れなくて、ぼんやりしたまま一留に手を引かれて部屋に戻った。

何の音もない静かな部屋。
一留は何も言わずに僕を抱き寄せてぽんぽんって背中を叩いてくれてる。
そうすると何でか分からないけど僕はすごく眠たくなっちゃって、ぼんやりしたままいつの間にか僕は眠ってしまってた。






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