feeling heart to you
25




ぴん、と張りつめた空気のままで僕と一留は宿に帰った。

一留は僕を抱きかかえたままで部屋に入る。
同じ年頃の人に比べたら軽い僕だけど、決して軽くはないハズ。
それなのに一留は僕をずっと抱き上げたままで、僕は一留の怪我が心配なんだけどそんな事を言い出せる雰囲気では無かった。

おじさんもおばちゃんも一留の表情の厳しさに、後から付いてくる峯川さんに驚いてたんだけど、一留の部屋にお茶を置いてくれて何も言わずに部屋を出て行ってくれた。

おじさんとおばちゃんは僕の事情を知っているから、何も言わずに出ていってくれたんだろうと思うけど、一留に抱きかかえられたままの僕はどうして良いか分からずにただおろおろと一留と峯川さんを見比べるしか出来ないで居る。

小さな部屋。
厳しい表情の一留と緊張してる峯川さんの睨み合いは暫く続いて、入れて貰ったお茶がなくなる頃、一留が冷たい声を出した。

「で?何があったんだ?」

それは、普段の一留からしてみればびっくりするくらいの冷たい声。
なのに峯川さんはキッと一留を睨んでる。

「何故貴方が聞くのです」

そりゃぁ一留はちゃんと自己紹介していないから峯川さんから見れば怪しい人なんだろうとは思う。
でも。

「錬に喋れって言うんだ」
「・・・貴方は部外者です」

一留は僕にとってとてもとても大切な人。
峯川さんも大切な人になるけど、でも、一留とは違う。
一留が居なかったら僕はどうなっていたかなんて分からない。

たった一人、捨てられた僕がその先に何をしたのかなんて、分からない・・・考えたくない。

ずっと緊張しっぱなしの空気にだんだん怖くなってきた僕は一留の浴衣をぎゅっと握った。
そうしたら一留はちょっとだけ僕を見下ろして安心させる様に浴衣を握った僕の手を握ってくれた。
それだけで安心出来る僕は、でも緊張している空気の中でどうしても怖さを抑えることが出来ないでいる。

「その部外者が居なかったら何も知らない傷ついた子供に好き勝手有ること無いこと言いくるめて連れ去るんだろ?錬は声も出ないからちょうど良いよな。って言っても、声の出ない歌手に何の用があるかは知らないが」

身体が震えそうになるのを必死になって抑えて、握ってくれる一留の手をぎゅうっと握り返した。
何で僕はこんなに怖いって思っているんだろう。
不思議に思わなくもなかったけれど、一留の雰囲気も、峯川さんの雰囲気も張りつめていて、やっぱり怖いんだ。

一留の冷たい声が峯川さんを攻撃してるみたいで僕は顔を上げる事が出来ない。
俯いたままで一留の手を握ってる僕に暫くの沈黙の後、峯川さんが僕の背中にとんでもない事を告げた。

「・・・錬君。落ち着いて聞いて下さい。貴方の御両親が、脱税容疑で逮捕されました」

さらりと告げられた言葉は思ってもみなかった事。

僕の両親?
それは、お父さんとお母さんの事?
・・・たい、ほ?

「・・・逮捕?」
「はい・・・恐らく、社長も日を待たずにそうなるのではないかと」

淡々と告げる峯川さんにちょっと焦った一留の声。
けれど僕の頭はそれらの言葉を受け取ることを拒否してるみたいで、何も思い浮かばない。
ただ、峯川さんの声だけがぐるぐると回ってる。

・・・逮捕って?何で?どうして?

「ちょっと待て。何で親が逮捕されたからって錬をつれて帰るんだ」

一留が僕をぎゅって抱きしめてくれる。
僕も一留の手を力の限り握りしめる。

「記者会見があります」

・・・逮捕。記者会見。
あまりにも大きな言葉に僕の中の怖いって思ってた気持ちがじわじわと表に出てくる。

お父さんとお母さんが逮捕。記者会見。
それは、僕に何をしろって言うのだろうか。

言葉だけがぐるぐると頭の中を駆けめぐってる。

「ふざけるな。喋れない錬に何をさせる気だ」
「しかし・・・」
「しかしも何も無いだろうがっ。何考えてんだよ、お前らは」
「だから、錬君に記者会見を」
「んで、喋れない錬の悲痛な表情で同情票稼ぎか」
「貴方には何の関係も無いでしょうっ」
「黙れっ!」

一留の声が僕にも突き刺さる。
もう何がどうしているのか分からなくなっている僕はただただ震えるしか出来なくて、握りしめた一留の手だけが僕の全てだと錯覚しそうになるくらいに混乱してて。

「だいたい錬が声を失ってすぐに此処に捨てたのはお前らだろう。少し虫が良すぎるんじゃないのか?突然声の出なくなった錬をロクに医者に通わせる事もせずに捨てたんだろうが。それに全く喋れない錬にどうやって記者会見させるつもりだ?まだ錬が声を失った事すら世間にはいってないんだろう?それをバラして騒ぎにしてうやむやにするつもりか?それとも無理矢理記者会見させて錬をさらに傷付けるつもりか?まあ、どっちにしろ錬が今以上に傷付く事には間違いないだろうがな」

一留の声。
厳しい声なのに僕に聞こえる一留の声は優しい声に変換されてしまっている。
カタカタと震える僕の背中をさすってくれながら一留は僕が離れない様にしっかりと抱きしめ直してくれて。

「そ、それは・・・私は、別に錬君を傷つけたい訳では・・・」

峯川さんの戸惑う声。

「同じだよ。今の状況でアンタが何をしても錬の傷は深くなるだけだ」
「錬、君・・・」
「今日は帰れ。これ以上何を話しても錬には届かないよ」

一留と峯川さんが話してる。
でも、僕には何を話しているのか良く分からない。

混乱して何も考えられない。
峯川さんの言葉がぐるぐると駆けめぐって僕は何も考えられずに一留にしがみつく事しか出来ない。

何で、こうなっちゃってるんだろう・・・。

「・・・貴方は無関係だ。貴方に何か言う権利等無い。錬君、私と一緒に」

お父さん。お母さん。逮捕。記者会見。
それは、今の僕に取ってはあまりにも重すぎる言葉達。

全然考えを纏めることが出来なくて震える僕の背中にとん、と一留の手じゃない何かが触れて僕は思い切り震えてしまう。
きっと今のは峯川さんの手。
それが分かってるのに僕は一留以外には触られたく無くて。

「・・・今日の所は引き上げます。明日、また同じ時間に来ますから」
「峯川サン」
「何です?」
「心配だったんだら心配だったんだよって言ってやらねーと、伝わらないよ」

震える事しか出来ない僕の背中をさすりながら、一留の優しい声が聞こえる。
それでも僕は一留にしがみつく事しか出来なかった。






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