feeling heart to you
24




どうして?
どうして峯川さんが居るの?

僕は驚いて、ピクリとも動けないで目を見開いて峯川さんを見る。
峯川さんも驚いて僕を見たまんま固まってて。

どれくらいそうしていただろう。
僕の手を握っていた一留が小さな声を出した。

「錬、俺がいいって言うまで絶対に何も喋るな」

それは、小さな呟きなのに酷く厳しい声で僕は驚いて一留を見上げてしまう。

「心配すんな。俺に任せとけって。な?」

口調はいつもの一留なのに、表情も、声も厳しくて、僕は今度は一留を見上げて固まってしまいそうになるけれど、それよりも早く一留が僕の手を引いて峯川さんの前まで歩き出した。

「こんにちわ。アンタ、錬の知り合い?」

一留らしからぬ、少し乱暴な口調で峯川さんに笑いかける。
けど、その笑みも僕に見せてくれる様な暖かい笑みじゃない。
綺麗な微笑みなのに、何処か冷たい感じの笑みで、まるで睨んでるみたいな一留に峯川さんは一瞬息を詰まらせたみたいだけど直ぐに立ち直って、でも初めて見る一留を見上げた。

「あ、貴方は?」

僕から見ても峯川さんがとても驚いているのが分かる。
だって一留はとても格好良いし、とても綺麗な顔をしているし、何より海の色みたいな瞳がこんな寂れた温泉街にはとても不釣り合いで、僕の手を握っているのに、そこまで全く気づいていない様子だった。

「俺?俺は錬と同じ旅館に泊まってる通りすがりの宿泊客。でもってここでの錬の保護者代わり。んで、そっちは?」
「私は・・・・峯川と申します。錬君の、マネージャーです」

一留の声は今まで僕が聞いた事の無いくらいに厳しい声だった。
けれど峯川さんも厳しい声で一留を睨んでる。
どうやら僕と一留が手を繋いでいる事にやっと気づいたみたいで、僕をも責めるみたいに睨んできてる。

峯川さんは僕のマネージャー。
いつだって慌てない人で、だからと言ってのんびりしてる訳でもない。
何時だって、どんな時だって冷静な人。

でも、悪い人では無い。
毎日秒刻みで働く僕をとても心配してくれてて、こっそり休憩を取らせてくれたり、存在しない仕事を適当にでっち上げて僕に休みを取らせてくれた事も何度もあった。
表情は決して優しくないけど、優しい人。
でも僕が此処に来てから一度だって連絡もくれた事のない峯川さんが何で今頃僕の前に居るんだろう?
今更、何で居るんだろう。
僕の戸惑いが繋いだ手から伝わったのか、一留がぎゅっと僕の手を握ってくれる。
でも、一留の声は、表情は、どこまでも厳しい。

「マネージャー?・・・って何?」
「その前にその手を離してください。錬君は貴方の様な人が触れて良い人ではありません」
「ふぅん。俺には近寄るなって言うんだ?」
「その通りです。錬君、早くこちらへ」

峯川さんは一留の事を知らない。
一留がどんなに僕の事を心配してくれて、助けてくれて、なんて当然知らないから当たり前の様に一留を非難してる。
でも、僕はそんな峯川さんの声を聞きたくなくて、繋いだ手を離さないとばかりに力の限りで握りしめた。

「何でアンタに渡さなきゃなんねーのかな?教えてくれる?」
「それはっ・・・。錬君は今とても大切な時期にある歌手なんです。貴方の様な人が近くにいるだけで騒ぎになるんです。早く、離れて下さい」
「へぇ。騒ぎになる、ねぇ」

嫌な会話。
僕の事で一留が怒ってる。
峯川さんも怒ってる。
僕を背中に隠す様に一留は半歩前に出て、峯川さんを睨んでる。

まるで、一触即発。
ピン、と張りつめた空気が2人の間にあって、その空気が僕を突き刺す。

「いちいち癪に触る言い方をなさるんですね。貴方は。錬君、早くこちらへ」
「いい加減にしろ」

冷たい声。
ぴしゃりと言い切った一留の声はとても冷たくて、峯川さんもたじろぐ程の厳しさを含んでいて。

指が白くなる程に握りしめた一留の手。
もっともっとと思って握りしめるのにあんまりにも冷たい声の一留に驚いた僕はその手を一瞬離しそうになってしまった。
それに気づいた一留が表情を和らげて僕を見る。
僕を見下ろす表情は、いつもの一留で僕は本当に安心しちゃってそのまま一留に抱きついてしまった。

「ごめんな。ちょっと怖かったよな?ほら、泣くなって。錬、れーん?」

がばって一留に抱きついた僕を一留は抱きしめてくれながらあやしてくれる。
いつの間にか滲んでいた涙は一留の暖かさに触発されて勝手に流れてきて止まらない。

「錬、くん?」

突然一留に抱きついて泣き始めてしまった僕に峯川さんの驚いた、そして戸惑った声が聞こえた。
すごく驚いてるんだと思う。
だって僕は泣かない事でも有名だったから。
怒ったり、泣いたり。
仕事をしていた僕はそんなマイナスなイメージを与える表情を表に出す事は許されていなくて、何時だってにこにことした表情を表に出す様にしていたのだから。

「峯川って言ったよな。今更、何しに来た?」

一留が震えてる僕の背中を優しくさすってくれる。
あやす様な動きに僕の涙は止まらなくて何で泣いてるんだろうと不思議には思ったけど、一留の手に甘えて僕は一留に抱きついたまま動こうとしない。

「錬君を連れて帰る為です。静養しているから迎えにいけと・・・」
「こんな寂れた温泉街に子供一人捨てて、何の連絡も無しで突然つれて帰る、ね」

僕に触れてる暖かい手。
けれど峯川さんに対するのは冷たい声。
あまりにも温度の違う一留。

「そ、それは」
「錬がどんな思いで此処に来たのか、居たのか、その辺は全く関係無いんだな」

きっぱりと言い切る一留のその言葉にますます僕の涙は止まらない。

この町にどんな思いで来たのか。
どんな思いで過ごしていたのか。
一留が居たからこそ僕は毎日がとても楽しかったけど、ほんの僅かな間に落ち込む事もたくさんあった。
夜中に何度も目を覚ましては一留に見つからない様にこっそり泣いた事もあった。
一留が居なかったら、僕はこの町で一人寂しく・・・どうなっていたか分からない。

一留の言葉に峯川さんは黙り込む。

「錬、帰ろう」

震える僕を一留はぎゅっと抱きしめて、それから僕が止める間も無く、軽々と僕を抱き上げた。
僕は慌てて下ろしてって言おうとするけど一留に視線で止められる。
でも一留の怪我が心配で僕は視線でだけ下ろしてよってお願いするのに一留はさっさとその場を離れてしまう。
僕は重くは無いけれど決して軽くもないんだ。
それなのに僕を持ち上げて歩いたら一留の怪我が・・・。

「ま、待って下さいっ」

慌てた峯川さんの声。
一留に抱きかかえられたまま振り向けばとても焦ってる峯川さんが僕と一留を引き留めようとしてる。
けれど。

「あ?アンタも一緒に来るんだよ。何かあったんだろ?だからわざわざ来たんだろ?」

当たり前の様に言い放った一留がやっぱり冷たい目で峯川さんを睨んで、また僕を抱えたまま歩き出した。







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