feeling heart to you
21




いつもの目覚め。
一留に起こされて、おでこと頬と、それから唇に軽いキスを貰って起きる朝。
いつも通りに浴衣を直してくれた一留に手を引かれて温泉に向かう。

けれども今日は昨日とは違う事が一つ。

「ほら、錬」

一留が僕の背中を押してくれるから、僕は大きく息を吸い込んで、いつもと同じ様に台所でせわしなく動いてるおばちゃんとおじさんをじっと見上げた。

そうして。

「おは・・・よ・・・いま、す」

・・・ちゃんと息を吸ったのにやっぱり僕の声はちゃんとおはようございますって言えない。
本当は大きな声で元気良く言いたかったのにって後ろに居る一留を見上げたら一留は微笑みながら指を指した。
一留の長い指の先にはびっくり目で固まってるおじさんとおばさんの姿。

2人とも、朝食の準備をしてる最中だからおじさんは野菜を切ってる途中で、おばちゃんはおみそ汁をかき混ぜてる途中で、とても驚いた目で僕を見てる。

「錬くん!声出る様になったんだ!」

おばちゃんがすごく大きな声で怒鳴って、持っていたお玉をおみそ汁の鍋に落とした。

「良かった、良かったなぁ」

おじさんは包丁を床に落とした。

そうして、2人ともびっくりするくらいの早さで僕の前に立つんだ。
おじさんもおばちゃんも笑顔なのに目は潤んでて、今にも泣きそうな感じで。
それから、2人で僕の事を苦しいくらいに抱きしめてくれたんだ。




「大丈夫か?」
「・・・ん」

結局、おじさんもおばちゃんもなかなか離してくれなくていい加減苦しくなった僕を救出してくれた一留に引っ張られて僕は温泉に浸かってる。
おじさんもおばちゃんもあんなに喜んでくれるなんて思っても見なかった僕はすごく驚いたけれど、嬉しかった。

「ありが、と・・・いちる」

最初におじさんとおばちゃんに挨拶してみろって言ってくれたのは一留。
きっと喜んでくれるぞって言ってくれたから僕は挨拶が出来たんだ。
だって、僕の声なんてどうでもいいんじゃないかって、実は思っていたから。

「どうしたしまして。今日はあっちこっち引きずり回すからな。覚悟しとけよ」

一留は笑いながら僕の髪の毛を撫でてくれた。
覚悟しとけって事は僕はみんなに挨拶してまわるのかな?って思って一留を見るんだけど、一留はちゃんと声に出して言えって言う。

「みんな・・・あ・・さつ、する、の?」

まだまだ僕の声は出にくくて、とても聞き取りにくい。
それに小さな声しか出ない。
それなのに挨拶しろって言われても、僕は良いけどみんなちゃんと聞こえるのかなって思っちゃうんだ。

「大丈夫。みんな喜んでくれるぞ?それにせっかく出る様になったんだからいっぱい喋りたいだろ?」
「ん、そ、だ・・ね」

それは確かにそうだと思う。
もう一生声なんていらないって思ってた少し前までの僕とは違って、今の僕は声が出る事がただ純粋に嬉しいんだ。
こうやって一留と喋る事が出来るのが一番嬉しいけれど、さっきみたいにみんなに喜んで貰えるんだったら、それも嬉しいって思う。

「ね、一留」

沢山、沢山一留とおしゃべりしたい。
そうしたら、もっと一留の事を知る事が出来るかなって思うから。

「どした?」

いつだって優しい一留は優しい顔で微笑んでくれてる。

「いっぱ、い・・・おしゃ、り、しよ・・・・ね」

沢山、沢山話したい事があるんだよ。
沢山、沢山聞きたい事があるんだよ。

僕の事。

どんなに一留に感謝してるか。
どんなに一留の事が好きなのか。

毎日の事。

ご飯の事。
好き嫌いの事。
温泉の事。
この街の事。
この街の人の事。
散歩の事。
海の事。
一留の事。

一留の、傷の事。

たくさん、たくさんあるんだよ。

ちゃぷちゃぷとお湯を立てながら一留を見てる僕に、一留はふんわりと微笑んで僕に優しいキスを落としてくれた。

「もちろん。沢山、お喋りしような。俺も沢山話したい事があるし、聞きたい事があるんだからな」

至近距離で見る一留の顔は何処までも格好良くて、暖かくて、優しくて。
朝日の色を含んだ真っ青な瞳はまるで綺麗な空の色の様に見えた。






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