feeling heart to you |
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「ごめんな。ホントは知ってた」 穏やかに、けれど嬉しそうに言った一留の言葉に僕は目を見開いてしまった。 だって、僕を知ってるって事は僕が何であるかを知っていると言う事で・・・。 「錬?」 固まってる僕に一留は不思議そうに首を傾げてる。 「し、って・・・た、の?」 僕の声は小さな小さな呟き。 でも一留はちゃんと聞き取ってくれてにっこりと微笑みながら頷いてくれた。 けれど、僕は僕を知っているって言われても嬉しくは無いんだ。 僕はアイドル。へたくそな歌を歌ってテレビに出てた一応の、歌手。 人気があって、子供で、馬鹿で、自ら声を失ってこの温泉街に逃げてきた存在。 「あ・・・」 喉の奥で声が詰まる。 一留は僕を知っていた。 だから僕に何も聞かなかったんだ。 だから僕に優しくしてくれたの? 僕を知っていたから抱きしめてくれたの? そんな言葉ばかりがぐるぐると回ってしまう。 それほど、僕にとって僕を知っていると言われるのが辛い事なんだ。 ううん。一留に言われて初めて辛い事なんだって分かったのかもしれない。 だって僕が受けたショックはとても大きくて。 「おいっ、錬?」 固まったまま変な息をしてる僕に一留が驚いてる。 ひゅうひゅうって音のする息。 動かない身体。 せっかく笑顔で喜んでくれたのに、僕はそれを拒絶してしまっているんだ。 別に僕の事を知っていた事くらい何でもないじゃないかって僕は思っているのに、一生懸命そう思っているのに身体はそう思ってくれない。 そんなに、僕を知っていると言う事が辛いのかな。 僕はそんなに辛くて逃げてきたのかな。 歌を歌うなって言われただけで声を失った僕。 それはそんなに辛い事だったの? ぐるぐると嫌な事ばかりが僕の中に浮かんでは消えて、また浮かんできている。 「錬っ、おいっ、ちゃんと息しろっ」 一留が怒鳴ってる。 僕を抱きしめてくれてて、背中をさすってくれてる。 でも僕は何が何だか良く分からなくて、喉からはずっとひゅうひゅうって音がしてる。 息が出来ていないんだって気づいたのはだんだん目の前が暗くなってきてから。 一留が何か怒鳴ってるのに僕は何も聞こえ無い。 何でこんなになってるんだろう。 一留が僕を知ってるってだけなのに。 何で僕はこんなに悲しいんだろう。 必死な顔になってる一留をじっと見ながら僕の意識はだんだんと真っ暗になっていった。 けれど、意識は失わなかった。 僕を抱きしめた一留が僕の口の中に直接空気を送ってくれたから。 唇を塞がれて強制的に空気が入ってきたんだ。 それは口付けってよりも人工呼吸みたいな感じで僕は突然喉の奥に入ってきた空気に思い切りむせた。 「錬っ、錬、落ち着いて、ちゃんと息して」 ごほごほとむせてる僕に一留は泣きそうな顔で背中をさすってくれた。 吸って、吐いて。 何度も一留に言われるがままに息をした僕はようやく落ち着いて苦しくて涙目になって一留を見上げる事が出来た。 そうしたら一留も涙目で僕の髪の毛をくしゃってする。 「馬鹿、息しない奴がいるかよ」 「だ・・・て」 だって一留が僕を知っていたから。 それが嫌だったんだ。 ようやく整った息で声をだせばさっきより出づらくなってて、でも一応掠れた声は出た。 「驚かせんなよ。もう、俺、どうしようかと・・・」 だって僕だって驚いたんだもの。 一留が知ってるなんて言うから驚いて苦しくて真っ暗になったんだもの。 そう言いたいのに僕は全然まともに喋れなくてただ一留の浴衣をぎゅって掴む事しか出来ない。 「ごめん、びっくりしたのか?俺が錬の事知ってるなんて言ったからか?」 一留から見ても原因はそれだけで、すぐに思い至った一留は僕を抱き締め直して一留の膝の上に乗せた。 嫌じゃないから僕もそのまま一留の膝の上にのって一留の浴衣をぎゅって掴む。 「錬?嫌だった?俺が知ってて嫌だった?」 一留が僕を揺らす。 「いや、・・・じゃ、・・いけど」 小さな僕の声はぼそぼそと喋ると本当に小さくて聞き取れない。 それでも一留は僕の口に耳を近づけて聞き取ろうとしてくれてる。 「いち、る・・・しって・・・ぼく・・」 一留が僕の事を知ってるからって本当はどうでもないんだけど、でも、やっぱりあんまり嬉しくは無いし、僕はショックだったよって言いたいけど、出る様になったばかりの僕の声ではあまり旨く喋れない。 そうしたら一留は僕の頬に手を当てて、ゆっくりとさすってくれた。 「最初は知らなかったんだよ。でも何か訳有りみたいだし名前が分かってればいいかって思ってたんだ。俺が錬の事をちゃんと知ったのはいつぞやの電話の時だよ。相手が錬の事を知ってて説明してくれた」 いつぞやの電話。 それは僕と一留が出会ってからしばらく経った後の電話の事? それ以前も以後も一留が電話をしている所を見た事はないから、一留が来るなって言ってたあの電話の事?一留を見上げて首を傾げる僕に一留は微笑んでくれた。 「錬の事はそれで分かったんだけど、俺にとってはあんまり重要じゃなかったよ。だってな、最初っから分かってたからな」 「なに・・・?」 何を分かってたの? さらに首を傾げる僕に一留は小さなキスを僕にした。 「こんな子供がたった一人で、声も出ないのに萎びた温泉なんかに来ててさ、しかも手話も何も出来ないってんだから有る程度の理由は推測出来るだろ?って言っても最初っから俺は錬が可愛かったから、錬が一人で居るんだったら構い倒してやれって思っただけだけどな」 笑って、僕の頭を撫でてくれる。 「訳有りなのは見て分かったし、でも錬は俺に懐いてくれて、一緒に居る様になってから笑ったり怒ったり賑やかで、俺はね、次の日には錬に惚れてたんだよ」 え?次の日? それってまだ僕と一留が出会って間もない頃なのに。 「ど、して?」 どうして僕なんかを一留が好きだって言ってくれたの? 僕には何も無いのに、何にも出来なかったのに、何で? 何でそんなに嬉しそうに話してくれてるの? 「詳しい訳はいろいろ。でも今は教えてやんないよ。後で、ずっと後でじーっくり教えてあげる」 一留の腕の中にすっぽり入ったまま、一留はとても優しい微笑みを見せてくれて、そうして、また僕にキスをしてくれた。 今度は触れるだけじゃない、ちょっとだけ深いキスだった。 |
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