feeling heart to you
17




「おにーちゃん、今日もふらついてるのかい!」

下駄の音をさせながらからんころんて歩いてる僕らに声をかけてくれるのは甘味屋のおばちゃんで、すっかり一留のことをお兄ちゃんだって思ってる。

「おう!いーだろ。暇そうで」
「あはは。アタシも暇だよ!ちょいと寄っていきなよ」
「後でなー!今から散歩だから!」
「はいはい。分かったよ!後で寄っておくれよ!」

道路の反対と反対で会話をしてるおばちゃんと一留は自然と大きな声になって、ちょっとだけ恥ずかしい。
けれど、僕と一留はすっかりこの街の住人になってるみたいで誰も気にしない所か、みんな僕と一留を見て微笑んでくれる。

好意の視線と暖かい微笑み。
奇異や嫌悪では無い、ただ純粋な好意の視線が僕はとても嬉しい。

甘味屋のおばちゃんに手を振って別れた後、僕と一留はぶらぶらと街の中を散歩して、それから毎日の日課になってる浜辺に辿り着いた。

毎日、浜辺を散歩する。
一留と手を繋いで、下駄を手に持ってさくさくと浜辺を歩く。

その間、不思議と一留は何も言わないで、ただじっと海を見たり、たまに立ち止まって僕を見て、微笑みながら僕の顔のあちこちにキスを落としたりしてる。

僕は声が無いから喋れないけれど、それだけではない不思議な無言の時間。

いつも一留は喋りっぱなしで僕を笑わせたり怒らせたりと忙しいのに、この海に居る間だけはずっと何も喋らないんだ。
でも、喋らなくても、とても安心できる雰囲気で、ただ波の音を聞きながら僕と一留は何時までも海辺で歩く。しばらくすると海辺の端っこ、岩の上に一留は僕を抱えて座る。

僕は一留に手を引かれるまま一留の膝の上に座る様になって、後ろから一留に抱きかかえられてる。
何にも言わない一留は手を動かして僕の髪を撫でたり弄ったり、肩をさすってくれたり、たまにキスしたり。

ゆっくりと動く一留の手。
たまに僕も一留の手を取って指先を眺めてみたり手の平をさすったりしてる。
何にも言葉の無い時間はそうやって何時までも過ぎて行って、とても優しくて暖かい気持ちになれるんだ。

海を見ながら、風を感じながら、2人でぼんやりとして、ただ前を見てる。

そうして、何時間も経った後、一留は決まって微笑みながら僕に視線を合わせてゆっくりと唇に軽いキスをする。

「帰ろっか」

優しく微笑んでくれる一留の顔をぽけっと見ながら僕もうんって頷いて、海から帰るんだ。

「さて、おばちゃんトコでも行ってみるか?」

そうして、僕達は大抵海に来る前に声を掛けてくれた人の所に行く。
僕も一留も特にやる事が無いものだから、あっちにふらふら、こっちにふらふらと、何もする事が無い癖に実は忙しかったりしてる。

何だか可笑しいの、って思うけど、一留もそう思ってるみたいで2人でくすくす笑いながら小さな温泉街をうろちょろしてる。

白い浴衣姿の一留はとても目立つ。
そして、僕もセットになってるからよけいに目立っていて、今では毎日の様にあっちこっちから声がかかるんだ。

一留はともかく僕はこの温泉街に逃げて来たのに、逃げた先での方が楽しい毎日だなんてちょっと可笑しいかな?って思ってるんだけど、こんな風に知らない人から声を掛けられるのが純粋に嬉しくて、一留があんまり行きたくない、例えば生物を出すお店になんかもしょっちゅう行っちゃうんだ。

そんな僕に一留も苦笑しながら付き合ってくれて、それがまた嬉しくて、僕はこの温泉街に来てから沢山笑う様になった。






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