feeling heart to you
10




ふと目が覚めたら一留の声がした。

「ああ。だから心配いらないって。もうすっかり元気なんだから」

僕はお布団の中でうとうとしてる。
ううん、うつらうつら、の方が正しいのかな?
ともかく、お布団が温かくって気持ちよくって。
ずっとこのままがいいなぁって思いながらずっと聞こえてる一留の声を何となく聞いていたんだ。

「だーかーらぁ。あんな所に居たら病気じゃないのに病気になるっての。だったら温泉に浸かってた方がいいって・・・・そう言っても俺はもう戻る気はねーよ。暫く休むんだ。そう言っておいてくれ。ああ?見舞い?ここの場所だぁ?」

何を話してるんだろう?気になるけど、僕は眠くて目を開ける事も出来なくてうつらうつらを繰り返してる。
その間、ずーっと一留は喋ってるんだ。
誰か居るのかな?って思ったんだけど、一留以外の声がしない。

「来るな。ずぇーったい、来るな。俺は今忙しいんだ。人生の節目なんだ。ああ?それを言うなら岐路だって?うっさいなぁ。どっちでもいいだろ。とにかく、来るんじゃねーよ」

と言う事は、電話なんだってやっと気付いた。
寝ぼけながら僕はそう言えば一留が電話してる所なんて見た事がないなぁって思ってる。
それに、この旅館には電話は入り口に1台しかないから、側で一留の声がするんなら携帯電話なのかなって、ようやくそこまで考えて。また僕はうつらうつらと気持ち良い波の中に飲まれそうになってる。

「ああ。分かってる。心配かけて悪いな。んじゃって、だーかーら、来るなって言ってるだろ?ん?緊急の時?そんなモンあるか。緊急なんてねーよ。俺の恋路を邪魔するんじゃねーよ。今が一番大切な時なんだからな。じゃぁな」

それにしても、僕と喋ってる時とは随分違う感じの一留だな、って思いながら、ううん、って寝返りしたら一留の手が振って来た。

「っと、悪い。起こしたか?」

僕はまだ目を開けてないけど、どうやら寝返りで僕が起きてるって分かったみたい。
ぼんやりと目を開けたら、やっぱり優しい顔の一留が居た。
さっきの電話の声の感じだともっと機嫌の悪い感じなのかなって思ってたのに、一留の表情はいつもと同じ。
じゃあ、あの電話は何だったのかな?

僕が一留の持ってる携帯電話を指で指したら一留はちょっと目を見開いてびっくりした。

「あー。電話の声で起こしちまったか。ごめんな。ちょっと煩い奴から電話きててなー。俺は平気だって言ってんのに、しつこいったらありゃしねー」

一留は僕に説明するってよりも、独り言ってより愚痴、って言った方が良いのかな。
ともかく携帯電話を睨みながらぶつぶつ言ってるから僕はのそのそと起きて一留の手をぎゅって握った。

「あ、ごめんごめん。久々に彼奴の声聞いたらげんなりしちまったぜ。さて、錬も起こしちまったし飯でも食うか?」

僕が手を握ったから一留も僕の手をぎゅって握り返してくれる。
そうして、握ってた携帯電話をその辺に放り投げて一留は僕の手を取ったまま立ち上がった。
そういえばもう夕方だ。寝ている間にすっかり日も暮れかかって、外は夕焼け。
ご飯の時間。

「たぶんもうおばちゃんが呼びに来るだろうからな。行くぞ。一杯食うんだぞ?」

じゃないと大きくなれないからなって、また僕の頭をくしゃりと撫でた一留はにっこり微笑んで僕を引きずったまま下に降りた。
確かにもうご飯が出来てるみたいで、良い匂いがあちこちに漂ってる。
この匂いは焼き魚かな?
この旅館は小さいから階段を下りればすぐに食堂って言う名前の部屋がある。
でも、食堂って言っても小さな部屋で、畳の上にテーブルが2つしか無いんだ。
僕と一留はそのテーブルの1つに座って、一留は僕に暫く待ってろって何処かに行っちゃった。

「おばちゃーん。飯!もう出来てるんだろ?」
「何だい!せわしないねぇ。ご飯ならもうすぐ出来るから自分でお運びっ!」
「俺は客だってーのっ!」
「煩いよっ。食べたかったらさっさと運びなさいなっ。ほら、あの子の分もだよっ」
「わーったよ。ったく。おばちゃんには負けるぜ」

僕がぼんやりしてる間に一留とおばちゃんの怒鳴り声が聞こえてきて、どうやら一留が負けたらしく、あんまり待たない間に一留は2つのお盆を抱えて戻って来た。

「ほい。今日の晩ご飯。っと。今日も魚だなー。やっぱ海の近くは魚が多いな」

がちゃん、て音を立てて僕の前に置かれたお盆には僕の分の夕ご飯。
一留の前にも夕ご飯。メニューは一緒。
ご飯とお味噌汁。焼き魚にお刺身に煮物。
ほかほかの湯気が出てて美味しそうだって僕は思うんだけど、どうやら一留はお刺身があんまり好きじゃないみたいで、お刺身を一枚お箸で持ってぺらぺらってしてるんだ。
僕が首を傾げて一留を見ると、一留は苦笑いして僕のお皿に自分の分のお刺身を足すんだ。

「俺なぁ、あんま大きい声じゃ言えねーんだけど、この、刺身って奴がどうも今一苦手でな。つか、生がなぁ・・・あっちで生魚なんか食ったら腹下すから、どうもひっかかってなぁ」

あっちって何?
また首を傾げる僕に一留はどうやらお刺身の全部を僕のお皿に移してしまおうと、一枚一枚、変な顔をして僕のお皿にお刺身を移動させてる。

「あー。俺、ついこの前まで海外生活だったから。実は生まれてこの方、日本に居るより海外で暮らしてる方が多いんだ。でもお箸は使えるし、米は好きだぞ?」

そっか。って僕が一留の話に感心してる間に、僕のお皿はお刺身でいっぱいになってた。
でも、それじゃぁ一留のおかずが少なくなっちゃうなって、今度は僕が自分の焼き魚を一留のお皿に移してあげた。
一留はそれを見て僕の分が減るって言うんだけど、僕はそんなに食べられないし、実は僕の方こそお刺身も焼き魚もそんなに好きじゃないから、こんなに沢山あっても困るんだよって、精一杯困った顔で焼き魚を一留に押し付けたら一留は仕方が無いなぁって顔で笑ってくれた。

「んじゃ、いただきまーっす」

一留の声で僕もご飯を食べ始める。
お刺身と焼き魚が移動したお盆はちょっとおかしな感じだったけど、2人で食べるご飯はおいしいなって、僕は単純にそう思ったんだ。
だって、僕の食事はいっつも1人っきりだったし、こんな風に手作りのご飯、なんて事も滅多に無かったから。
お魚はちょっと苦手だけど、おばちゃん手作りの煮物とお味噌汁はとても美味しかった。

でも、おばちゃんは僕と一留がこっそりおかずを交換してたのを盗み見てて、後ろでこっそり苦笑してたんだ。






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