feeling heart to you |
08
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足だけの温泉なのに、もうのぼせるって思うまで浸かった後、一留は僕を引っ張って小さなお店に来た。 からんころんと気持ち良い音をさせている一留は相変わらずだけど、やっぱり僕の下駄は音が鳴らない。 例えて言うならずりずり、って情けない音でちょっとだけがっくりきちゃう。 そんな僕に一留は笑って、僕の頭を撫でてくれた。 すっかり僕の頭を撫でるのが癖になっている一留は本当に楽しそうに僕の頭に触ってくる。 丁度撫でやすいんだって言うんだけど、僕は今まで誰にも頭を撫でられた記憶が無いからよく分からないんだ。 そうして、一留に連れられて小さなお店に入った僕の目の前には半透明の白いぺらぺに真っ黒くて甘い匂いのつゆ。 おまけにお箸。 ・・・これは何だろう? 始めて見る物体に不思議そうに首を傾げてる僕を見て一留は説明してくれた。 「これが葛切りって言うやつ。美味いぞ」 でもあんまり説明になってない。 目の前に置かれたくずきりは見た事が無くて、ちょっと、じゃなくてだいぶ食べるのに勇気がいりそうな食べ物だ。って言うか、これ、食べ物なんだよね? さらに不思議そうに眺める僕にお店のおばさんは暖簾とお揃いの緑色のエプロンで手を拭きながらカラカラと笑う。 一留も僕の隣で笑ってる。 「それじゃぁ説明になってないよ、お兄ちゃん」 おばさんは着物姿でいかにも日本のお母さんですって感じの柔らかい人。 ころころと笑う笑顔と笑顔の皺がとっても優しい感じの人。 「これは葛切りって言ってね、お箸でつるつるって食べる物だよ。このぺらぺらの白いのが葛って言って味は無いんだけど、黒い露が甘くて美味しいんだよ。ほら、食べてみな」 そうして僕に親切に教えてくれる。 どうやらこれは結構ポピュラーな食べ物みたいだ。 おばちゃんに進められてお箸を手に取って恐る恐る葛を一切れ摘んでみた。 本当にぺらぺらだ。これが美味しいのかなって思って口に含むと見た目に反してものすごく甘い。 でも、美味しい。 「美味いか?」 見た目に反して案外美味しいんだって感心してる僕に一留が聞いてくるから、僕はこっくりと頷く。 すると一留が嬉しそうに笑って自分の分を食べ始めた。 一留は食べ方も格好良い。 僕みたいに不器用に食べるんじゃなくて、つるつるってすすってる。 ちょっと麺を食べてるみたいな感じだけど、でも、格好良いなぁって思う。 本当に一留は何をしても格好良いって感じじゃう。 僕とは大違いだ。 「錬、俺に見蕩れてないでさっさと食っちまえ。この後宿に帰るだからな」 なんて一留の事をじっと見てたら案の定すぐに見つかっちゃってメってされたから僕は慌てて葛切りを食べ始めた。 ずるずる。 悪戦苦闘しながらくずきりをすする僕に一留は真っ青な瞳を細めて微笑んでる。 何だか、その笑顔がすごく優しくて温かくて。 でも、見つめられなくて。 僕は慌ててくずきりを食べ終えてしまおうと一生懸命食べ慣れない甘い味を飲み込んだ。 そんな僕達をお店のおばちゃんが優しい目で見てる。 どうやら僕と一留の事は兄弟だと勝手に解釈してるみたいで、さっきから一留にお兄ちゃんだの、僕には弟クンだのと話しかけてくる。 僕は喋れないからもっぱら一留が返事してるんだけど、一言も口をきかない僕におばちゃんは何で?とか、どうして何も言わないんだ、とは言わなかった。 僕の声が出ないって分かってはいないんだろうけど、何かしらの事情があるんだろうって思ってくれてるみたいで、僕に話しかけてきてくれるけど、とても優しい言葉で返事が必要な事は一留にしか聞かない。 そういえばおばちゃんも僕が誰だか分からない様子だ。 けれど、ここの人はみんなあったかい。 とても、暖かくて優しい人達ばかり。 もちろんそんな人達ばかりじゃないんだろうけど、僕にはとても嬉しい事だった。 ずるずると葛切りを食べながら、僕は一留とおばちゃんの笑い声に、声を無くして始めて、ちゃんと声に出してお礼を言いたいって思った。 |
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