feeling heart to you
06




からん。ころん。

一留の下駄の音がいかにも下駄らしい音で人気の無い商店街に響いてる。
僕は下駄を履くのが初めてでどうしても旨く歩けないから一留みたいにからんころんって音はしないんだ。しかもこの下駄ってヤツ。普通に歩くだけでも難しい。
何度も何度もつっかえそうになる僕に一留は笑いながら手を繋いでくれて、僕に合わせてゆっくりと歩いてくれる。

着慣れない浴衣と初めての下駄。

それだけで疲れてるんだけど、一緒に居る一留が嬉しそうだから何故だか疲れも感じなくて。

僕と一留はゆっくりと商店街を歩いてる。

人の少ない寂しい商店街。
あちこちに旅館とかホテルとかお土産屋さんとかがあるけど、人が少ないからなのかな、何だか寂れてる気がするけど、こうやって一留と歩いてるだけで、来た時に感じた寂しい感じはしないんだ。
開いてるお店と閉まってるお店。それから人の居ない旅館とホテル。それが一列にずらっと並んでる街並。どの建物も結構古くさくて言い方を変えれば情緒溢れるって感じになるのかな。
ただし、どうしても寂しいなって感じは無くならないけど。

でもこんな街並でも夏になればそれなりに賑わうんだよって旅館のおばさんが教えてくれた。
商店街の裏には海があるから。
でもよっぽど気温が高くならないと泳ぐには寒いけどねとも言ってくれた。

まぁ、そんな感じでこの辺はとても寂しい。
今だって浴衣姿で歩いているのはパッと見た限りでは僕と一留だけ。
だからすごく目立ってる。

何しろ一留は格好良い。
白い旅館の名前の入ってる浴衣しか来ていないけど、格好良い人って何を来ても格好良いみたいで、鼻歌混じりで歩く姿はとても洗練されている様に思える。

そんな格好良い一留に手を繋がれながら僕はちょっと視線を上げる。
すると目に入るのは一留の背中。
長い髪の毛が御日様の光にあたってキラキラしてて、真っすぐに、ぴんと張られた背中がとても綺麗。
でも、そんな綺麗な背中には大きな大きな傷があるんだ。

結局傷の事を聞いたけれど、それでも僕が知っているのはほんの少しだけ。
その傷の具合がどうかなんて聞ける雰囲気じゃなかったし、何より僕は泣いちゃったから、もう傷に関する事は聞けない。
本当は気になるんだけど、でも、聞いたらまた泣いてしまいそうだから。
一留の背中を見ながらぐずぐずと考えているとふいに立ち止まった一留が振り返った。

「あそこの葛切りが旨いんだ。後で行こうな」

そうして指差すのは小さなお店。
緑色の暖簾が下がっていて甘味処って書いてある。
でも僕はくずきりって言葉を知らなくて首を傾げる。
すると一留はにっこりと微笑んで握っている僕の手をぎゅって握りなおした。

「葛切りってのはお菓子みたいなモンだ。そうだなぁ。和風お菓子?」

それって説明になってないと思うんだけどってさらに首を傾げる僕に一留もちょっと首を傾げてる。

「うーん。詳しくは俺も知らないんだよなぁ。昔友達に教わって好きになったから名前しか知らない様なもんだし」

ふぅん、そうなんだ。美味しいのかな?

「旨いぞー。こう箸でつるつるっと行くのがまたいいんだぞ」

お菓子なのにお箸?

「ま、食えば分かるって。んじゃ行きますか」

何処に行くの?

「この先に足湯があるんだよ。気持ちーぞー」

あしゆ?

「足湯ってのは服着たまま足だけ浸かる温泉だ。普通の温泉もいいけど足湯もいいんだよなぁ」

ふぅん。そうなんだ。

「そうなの。ほら、行くぞ」

一留は笑いながら僕の手を引っ張ってくれる。
からんころんって一留の下駄から聞こえる音がいかにも温泉って感じがするなぁって思いなが、僕もからんころんって鳴ればいいのになって慣れない下駄で歩く。

一留はずっと喋ってるけど、僕は声が出ない。
それなのに一留は僕と会話してる。

何でだろうって不思議に思うけど、声が無くてもこんなに楽しい気持になれるんだって、嬉しい。
一留はどうだか分からないけど、一留も嬉しいといいなって思う。

格好良くて、笑顔が温かくて、背中に傷のある一留。

まだ知り合ってそんなに経ってないけど、あっと言う間に僕の中で一留の存在は誰よりも大きくなってるのが分かる。

父さんよりも母さんよりも社長よりもマネージャーよりも。

思えば僕の居た世界は大きかったかもしれないけど、僕の中は随分と狭かったんだなって思う。
こうやって一留と一緒に居て初めて思い出す、僕には友達らしい友達も居なかったって事。
学校には行っていないし、どちらかと言えば歌う意外に誰とも仲良くしようとも思わなかった僕には芸能界でも友達は居ない。
もちろん顔見知りくらいの人は沢山居たけど、その誰も僕の友達と呼べる程親しい訳じゃなかった。

・・・僕って随分寂しい奴だったんだな。

「錬、どした?」

一留に手を引かれながらつらつらと暗い事を考えてたら頭の上から手が振って来て、撫でてくれた。
僕の表情が辛そうになってたのかな。一留の顔も辛そうになってる。
なんでもないよって首を振って笑ったら一留も笑ってくれた。

「もうちょいだ、って、ああ、あそこだな。付いたぞ。足湯だ!」






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