feeling heart to you
05




思えば僕は誰かに抱きしめられたり抱きしめたりする事なんて無かったかもしれない。
父さんも母さんもいつだって遠くからしか僕を見ていなかった。

お前なら出来る。って褒めながらその笑顔はいつも冷たいって感じてた。

僕は褒められるのが嬉しくて、褒めて欲しくていろいろ頑張ったけれど、それでも父さんも母さんも遠かった。
忙しい人達だからねって回りの大人が言ってくれる中で僕はいつでも一人ぽつんとしていた様な気がする。

だいたい僕は学校と言う所にもロクに通っていなかった。
小学校、中学校。いわゆる義務教育って言われている学校にはほとんど行っていなかったんだ。
もちろん行っていなかったのは仕事の為。
ぼくは小学校に上がる前から芸能活動をしていた。
初めは子役。それから大きくなるにつれてモデルもしてた。モデルって言っても雑誌に載るくらいの仕事だったけど、それでも僕は忙しかった。
だって仕事の合間に歌の練習をしていたのだから。

両親はどうしても僕に歌を歌わせたかった。
それはお互いの職業が関係しているらしいけど、それよりもあの人たちはプライドが高いから、自分達の子供が出来ないハズは無いって最初から決めつけていた。
だから僕は仕事と仕事の合間に歌を練習して、楽器も沢山練習した。
それでどうしてアイドルなんだろうって不思議に思った事もあったけど、どうやら声楽をきちんと学ぶより両親は自分達の力が及びやすい芸能界を選んだらしい。
そう思うのは何度も何度も僕に聞こえない様に、けれど僕に聞こえる様に大人達が噂をしていたから。
だから、そんな事もあって何時でも周りは大人達で埋め尽くされていて、改めて思い出せば友達も居なかった。
子役とかモデルとか、本当は同じ年頃の人は沢山居たんだけど僕は人見知りが激しかったし、何よりそこは友達なんて出来る場所では無かった。
何時だって同じ仕事をしているのに相手はライバルで、どうにかして僕より上に立とうって頑張っていたんだから。
それに、何よりも僕にはおっかない両親が居て、業界では僕の存在はかなり特殊で、何よりあまり良い存在では無かったんだと思っている。

本格的に歌手として活動し始めた頃には僕はすっかり諦めていた。
優しい両親も。同じ年の友達も。学校も。勉強も。
沢山諦めて、元から無かった事にして僕は歌を歌う事だけに専念したんだ。

それでも回りの状況が変わる事も無くて。
それよりも一層目立つ存在になった僕は余計に孤立する様になって。

何時の間にか、人の温もりなんて忘れてた。
最初から、知らない事にしていた。

知らないから、今僕を包んでくれている温もりが何なのか、分からなかった。
でも、とても気持ち良くて、僕は眠いままにその温もりにしがみついた。

ずっとこのまま暖かいといいなぁって。
そうしたらちゃんと眠れるのにって。
うとうとしながらそんな事を思ってたらしがみついた温もりがぎゅっと僕を抱きしめてくれた。
その力の強さに驚いてばちって目を開けると。

「おはようさん。よーっく眠れたみたいだな」

どうしてか、真っ青な色の瞳を細めた一留の笑顔がすごく近くにあって。

「お?どした?まだ寝てるのか?」

しかもその笑顔に満面の、なんて言葉がついてきそうな位な笑顔で、驚いた僕は一瞬でばちって目が覚めて、
それからわたわたと一留の腕から逃げだそうとしてた。

だってビックリするじゃないか。
起きたら真ん前の、しかも至近距離にあるんだから。
笑みを浮かべている、僕を抱き締めているのが一留だって事は分かってるんだけど、だからこそ恥ずかしくて逃げたいのに、一留は全然逃がしてくれない。

「何だよつれないなぁ。昨日はあーんなにひっつき虫だったのに」

そんな僕に一留はやっぱり笑いながら僕を抱きしめたまま起き上がって、それから放してくれた。
一留の膝の上に乗っかってる形で、やっぱり恥ずかしいのに、一留はそんな僕を見て笑いながらおでこにちゅって・・・・。

「おはよう。錬。良く眠れたみたいだな」

一留は今、僕に何をした?
唖然とする僕にそれでも一留は気付かなくて寝ているうちにはだけた浴衣をきっちり合わせてくれてる。

「れーん?おーはーよう。起きてるか?」

起きてるよ。起きてるけど、でも、おでこにちゅってした後も一留は放してくれない。
しかも僕の顔をぺたぺた触ってはふむふむって頷いてるし。

「しっかし錬はすっべすべだよなぁ。若さかねぇ。元かねぇ」

その上、言い方が何だかおじさんくさい。
遠慮なく僕の顔中をぺたぺた触ってる一留は放っておくとずっとそのまま触られちゃいそうだから、
僕はいい加減にしてよって一留の長い髪の毛をぎゅぅて引っ張った。
こんな時に声が出ないって大変。
怒るのも怒鳴るのも出来ないから態度で示すしかないんだよなぁ。ってぎゅうぎゅう一留の髪を引っ張ってたらようやく一留が離してくれた。

「さて、と。とりあえず朝は風呂だ。それから飯食って街に行くぞ!」

まだ笑顔のままの一留が元気良くそう言って、僕の髪をくしゃりと撫でてくれた。
何だかすっかり僕の頭を撫でるのが癖になってるみたいだ。
でも、ちょっと嬉しい。

「・・・やっぱり細すぎる!錬、そんなんじゃモヤシよりも細いぞ!」

でも、ダッシュで脱衣所まで引っ張ってきてのその台詞は止めて欲しいって思うよ?






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