feeling heart to you |
04
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「しっかし細い細いっては思ってたけど、本気で細いなぁ。お前」 一留が浴衣の帯を結んでくれながらしげしげと言った感じで僕のお腹を眺めてる。 結局素っ裸のままでおばゃんから浴衣を受け取った一留は僕にきっちり浴衣を着せてくれた。 温泉では浴衣以外着ちゃダメなんだぞって笑いながら器用な手つきであっと言う間に僕は浴衣を着てた。 でも、浴衣の帯が長くて二重に巻いた後で青い帯は僕のお腹の辺りで蝶々結びになってる。 一留はさっさと自分の浴衣を羽織ってちゃっちゃと帯を結んで、僕みたいに蝶々じゃない縛り方はとっても男らしくて僕もそっちがいいなぁって思うんだけど。 「錬は細っこいから蝶々結びで我慢しとけ」 って言われちゃった。 「そいじゃま、行きますか。俺の部屋でいいよな」 僕の手を握って、ずかずかと小さな宿を突っ切って僕は一留の部屋に連行された。 僕の部屋も一留の部屋も造りは一緒。 でもあっちこっちに服とか雑誌とか散らばってて、随分散らかってる。 古い、木の造りの窓枠に腰掛けた一留はにやって笑いながらうちわで僕を仰いでくれて、おばちゃん麦茶、なんて外に向かって怒鳴ってる。 するとすぐに大きな声で欲しいなら自分で持っておいき、なんておばちゃんの怒鳴り声が帰ってきた。 「ンだよ。俺は客だぞ。ったく。錬、ちょっと待ってろ。麦茶もってきてやるからな。おばちゃん、今行くっ」 また外に向かって怒鳴った一留はさっさと部屋を出てしまった。 何で外に向かって怒鳴るんだろうって思ったけど、おばちゃーんって言う一留が嬉しそうな顔してるから、何だかいいなぁって思って、 そう言えば僕はあんな風に親しみを込めて誰かを呼んだ事も無かったんだなぁって、ちょっとだけヘコんだ。 結局おばちゃんから麦茶だけじゃなくてスイカまで貰ってきた一留がせっせとスイカを切ってくれてる。 って何で丸まる一個なんだろうって首を傾げる僕に一留は畑から勝手に持って来たって笑って、ざくざくスイカに包丁を入れてる。 じゃぁ包丁はって思ったら台所から拝借したって答えてくれた。 何だか一留は僕が言いたい事を分かってくれててとても不思議だ。 「さて、と。まずは自己紹介か?」 小さく切り分けられたスイカを目の前に一留は床に散らばってる荷物から紙とペンを出して僕の前に置いた。 「錬はそれに書きたい事を書けな。俺に聞きたい事でも思った事でもなんでもいいぞ」 それから、一留は長い自己紹介をしてくれた。 最初に名前と年。もう聞いたけど一応なって僕に渡した紙にさらさらと名前を書いてくれた。 安岐 一留(あき いちる)。 どっちも名前みたいだろって笑いながらゆっくりと一留は話を始めた。 でも、そう言っても自己紹介だからそんなにたいそらしい話じゃないんだけどな、って、微笑みながら、真っ直ぐに僕を見て話してくれる一留の瞳がとても綺麗だと思う。 そう言えば一留の瞳は黒じゃなくて青だ。 外人さんなのかなって思ったら案の定お母さんがフランスの人なんだって教えてくれた。 身長とか体重とかスリーサイズも居るか?なんて話ながら僕と一留は紙をはさんで話を続けた。 僕の事も書こうと思ったんだけど、一留は何も言わずに僕の手を止めて柔らかく笑ってくれた。 自己紹介って言っても書きたく無い事は書かないで良いって一留は言う。 それはどういう意味なんだろう。僕が誰だか知っているのかな? そう思うと途端に微笑んでる一留が恐く見える。 自慢じゃないけど僕の人見知りは激しいし、何より僕の職業を知っている人に自分から近付く事はとても恐い事だと思ってる。 だから僕は焦って紙の上に僕の事を知ってるのって書いたら一留はきょとんとして、それから僕の顔を見てぷぷって吹き出したんだ。 「お前なんて顔してんだよ。泣きそうだぞ?ほら、笑え笑え」 その上僕のほっぺたを摘んでぐいぐい動かしてくる。 痛くは無いんだけど、ちょっと・・・。 「ほーら。笑え笑え」 ぐりぐりぐり。 一留の手は容赦なんて全然無い。 僕のほっぺたを思う存分ぐりぐりした後、ようやく気が済んだらしくてぱっと手を離すとまたもや僕の頭を撫でてくれる。 「俺は錬の事は何も知らないよ。ってゆーか、俺、最近までフランス辺りに居たから日本の事は良く分からないんだ。錬が知られたく無い事があるんだったら俺は知らないままでいい。そんな顔させるんなら俺は可愛い顔の錬だけを知る事にするから、だから何も書かなくていいんだぜ?」 そして、ふんわりと微笑んでくれた。 本当に僕の事知らないのかな?ってちょっと疑問なんだけど、日本に居なかったのならば話は分かるし、何よりこんなに優しい笑みを見せる一留の事を疑いたくなんてないから、僕はゆっくり頷いた。 するとまた一留の話が始まる。 内容は自己紹介って割には世間話みたいな物ばかりで、僕はすっかり安心しきって一留の話を聞いていた。 そして、ふと話が止まった時、一留は始めて僕から目をそらして外を見た。 「俺は傷の静養って事で此所に来てるんだ」 どこか遠い目で外を見る一留につられて僕も外を見る。 真っ青な空には雲一つ無くて、その色が何だか痛かった。 「俺の仕事はモデルってやつだ」 結構有名だったらしいんだけど、僕はその辺に疎いから一留の事は分からなかったって首を振ったら一留は見てても分かんねぇよって笑った。 どうやらモデルの一留と今の浴衣の一留は違う人らしい。 そう言う事にしとけって、遠くを見ながら柔らかく微笑んだ。 「背中は何時頃だったかな、ま、最近だな。背中からバッサリ。思い切り良かったぜ。切った奴は」 一留の背中の大きな傷。 少ししか見ていないけど、とても痛そうな傷。 そう、じゃなくて、痛かったんだと思う。 僕は思う事しか出来ないけど、一留は実際に痛かったんだ。 「まー。アレだ。俺の事を恨んでってより、どうやら俺の名声に嫉妬しての犯行だったな」 あんなに大きな傷なのに、一留はぴんと背筋を伸ばして、ずっと空を見上げてる。 「俺は別に名声なんてどーでもよかったんだけどな。そう思わない奴も居たらしいってね」 それは、僕にも少しだけ分かる。 僕がどう思っていようと名声って言葉はとても重くて、痛いものだったから。 歌っていられれば良かった僕の名声を逆恨みして、何度か襲われかけた事もあったから。 その時を思うと、一留の言葉が余計に痛く感じた。 「犯人は俺の知らない馬鹿。俺を切る前から既に頭がイっちまっててな。すぐに捕まったけど、それで終わりだ。犯人が捕まって裁かれても・・・」 そこで一留は言葉を切って、俯いた。 湿った髪の毛が下がって一留の顔を隠す。 一留はとても大きいのに、やけに小さく見えて僕は思わず場所を移動して一留の側にしゃがんだ。 それでどうになるって訳でも無いんだけど、何でだか側に行きたかった。 声の出ない僕は声を掛ける事すら出来ない。 けど、きっと声が出ていたとしても何も出来なかった。 それ程に一留の言葉が痛くて。 でも、何かしたくて。 僕は座る一留の膝に手を乗せた。 どうしてそうしたかったのかなんて分からないけど、どうしても一留に何かしたかったから。 「ばぁーか。ンな顔すんな。俺が泣かせたみたいじゃないか」 必死になってるのに一留はぱっと俯いてた顔を上げて、窓の縁から降りて苦笑いしながら僕の頭を撫でて、それから大きな手が僕の頬を包み込んだ。 僕、泣いてるの? 何となく一留の顔がぼやけて見えるなって思ったんだけど、ぼやけて見えるのは僕が泣いてるから? 「泣くな。泣いて欲しくて話したんじゃないんだよ。ただ、ちょっとだけ聞いてほしかったんだ。ごめんな」 一留の困ってる顔。 僕はふるふると首を振って違うって言いたいんだけど、声は出ない。 「ああ。分かってるよ。俺の所為だけど俺の所為じゃないって言いたいんだろ?」 しゃくり上げる。僕の泣き方はそんな感じ。 肩が震えて息が旨く出来ない。 「ああもう、泣くなって」 ぼろぼろ涙が零れて息が旨く出来なくて一留が困ってるのにどうしようも無くて。 何でこんなに涙が出るんだろう。何でこんなに痛いって思うんだろう。 何でなんだろう。何で。 「錬、おいで」 涙で歪んだ視界で困ってる顔の一留が両手を広げてる。 僕は何も考えずにその腕の中に飛び込んだ。 一留がぎゅって抱き締めてくれる。 「ありがと。お前、俺の為に泣いてくれてるんだよ」 何もかもが大きい一留。 僕がしがみついてもびくともしない。 だからなのかな。 抱きついて泣きじゃくる僕は涙の訳を探すよりも、ただその大きな存在に安心しちゃって、いつの間にか眠っていた。 |
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