feeling heart to you
03




この宿のお客さんは僕と一留だけ。
一留は一週間くらい前からこの宿に居るんだって教えてくれた。

「いやー、暇で暇で死にそうだったんだけど、錬が来てくれたから良かった。錬は何時来たんだ?昨日か?」

昨日だからこくんって頷くとまた一留は笑ってくれる。
僕の声が出ないからって一留は話しかける事を止めたりはしなくて、ずーっと喋りっぱなしになってる。
でも、僕に何か聞く時は二つ返事、頷くか首を振るかのどっちかだけで済む様にしてくれるから、僕は一留の話が嫌じゃなかった。

「しっかしお前細っこいなぁ。ダメだぞ。成長期の青少年がそんなんじゃ」

肩を並べて温泉に浸かってるから僕も一留も素っ裸だ。
一留はしげしげと僕を見下ろして、細いなぁなんて言ってはけらけら笑う。
そりゃぁ僕は年の割には細いって分かってるけどちゃんとトレーニングもしてるんだよって、言いたくても僕の声は出ない。
何よりも一留みたいなすごく鍛えられてる人に言った所で笑われるだけだって思うから僕はぷいって一留から顔を背けてふくれてみた。

「悪い悪い。そんな怒るなって。そういや錬はいくつなんだ?あ、俺は今年で25ね」

そっかぁ、一留は随分年上なんだって思いながら差し出された大きな手の平に僕は16ってなぞる。

「・・・じゅうろく、っと。そっかぁ。それじゃ中学生か?いや、高校生かぁ。いいなぁ」

どうして中学生と高校生がいいなぁになるのか分からないけど、僕は学校には行っていないから首を横に振る。
そうすると一留がちょっと悪かったなぁって顔になって、また僕の頭を撫でてくれた。

何でさっきから何回も頭を撫でてくれるんだろう?

「どうにも会話が成り立たないなぁ。俺、手話できねぇしなぁ」

何か、すごく申し訳なさそうな顔で苦笑してるから、僕も手話なんて出来ないよって言いたいけど言えないから、もう一度首を横に振る。
そうじゃないよって、一留は何も悪くないんだよって言わなきゃダメだって思うくらに一留は申し訳なさそうな顔してるんだけど、それでも僕は何も言えなくて。

「ん?錬、お前唇は普通に動くんだな。今そうじゃないって動かさなかったか?」

うん、そうじゃないよって言ったよ。声は出ないけど。

「んー。読唇術でもできりゃぁなぁ・・・」

どくしんじゅつ?
聞き慣れない言葉に首を傾げると一留はやっぱり唇動いてるじゃんって何だか真剣な目で僕を見てる。
何でそんなに唇が動くのが気になるんだろうって不思議に思ってると、一留が僕の腕を引っ張って露天風呂から出た。

「よし。一回上がって部屋行くぞ。まずはお互いをよーく知らなきゃコミュニケーションもないからな」

僕はまだお風呂に入ったばっかりだから身体も洗ってないし髪の毛も洗ってない。
だからもうちょとちゃんと入ってたいんだって思ったけど、
ずかずかと僕を引っ張っていく一留の力が強くて、結局僕は一留と一緒に脱衣所に入った。

当たり前だけど、お風呂から上がったばかりだから僕も一留も素っ裸で、一留なんか何処も隠そうとしないでさっさと身体を拭き始めてる。
別に男同士なんだから恥ずかしくは無いんだけど、でも、やっぱり一留は格好良くて、何だか見てられない。
それに、一留ってばどこもかしこも大人で・・・見るのがちょっと、いや、だいぶ恥ずかしい。
それは僕があんまり細っこい所為もあるんだけど、でも、すごく立派な一留の身体をじぃって見るのも変だから、
僕はこそこそと身体を拭いて持って来たパジャマに着替えようとした。

「ああ?お前なんでそんなモン着るんだよ。浴衣はどーした、浴衣は」

それなのに一留は目敏く僕のパジャマに気付いて、まだ身体を拭いている途中であちこち濡れてるくせに僕のパジャマを取り上げてしまう。
返してよって手を伸ばすけど、一留は大きいから僕なんかじゃ全然届かない。
しかも浴衣はどうしたなんて言われたって僕は浴衣なんか着た事が無いんだから、着ようだなんて思わないんだから無くたって当たり前なの。

「お前、浴衣着れねーの?」

正確には着れないんじゃなくて着た事が無いんだけど、僕は頷いた。
そうしたら一留はちょっと考えて、脱衣所の引き戸をガラガラって開けたと思ったら大声でおばちゃん浴衣持って来てなんて怒鳴ってる。
素っ裸でおばちゃんを呼ぶなんて、って事よりも僕は始めて見た一留の背中に釘付けだった。

一留の背中。
綺麗に筋肉の付いた大きな背中。
前を見ても分かるけど、ちゃんと鍛えられたって分かる身体。
でも、僕の目はその大きな背中にある傷痕しか見えなかった。

左の肩から右の腰にまで一直線に生々しいと言える程の傷跡が一留の背中にはあった。
傷口は赤くて周りの皮膚が傷にそって引き攣れてる上に、糸で縫い合わせたって分かる痕までもがハッキリと見えた。
あんまりにも大きな傷で僕はおばちゃんの走って来る足跡なんか全然聞こえなくて呆然としてたんだけど、流石に一留は背中の視線に気付いて、しまったなぁって顔で振り返った。

「びっくりさせちまったな。大丈夫だよ。今はもうそんなに痛まないから。だからそんな顔すんな。俺がきーっちり浴衣着せてやっからな」

心配そうな顔で僕の頭を撫でてくれる一留は、すごく柔らかいのに、ハッキリと痛いって分かる微笑みを浮かべてた。





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