feeling heart to you
02




それにしても何にも無い所なんだなぁ。
僕は小さな畳の部屋で呆然とする。

この温泉宿に来て二日目。
一日目は何だか悲しくてずっと泣いてたけど、一晩経って、泣いてばかりでもしょうがないから僕はあっちこっちを探索して、がっくりした。

まず僕の泊まっている宿。
宿って割には小さくて、客室は僕の居る所を含めて4部屋しか無い。
しかも一部屋が六畳くらいしかない。
まぁ別に僕一人だからそれは構わないし、部屋は割と綺麗で居心地は良いと思う。

宿はおじさんとおばさんの二人だけでやってるみたいで、僕の声が出ない事をすごく心配してくれて、困った事があったら電話を鳴らしてくれればすぐに駆け付けるからって言ってくれて嬉しかった。

いかにも田舎の人ですって感じのおじさんとおばさんだけど、僕を見ても誰だか分かんないみたいで、何だか子供が出来たわぁって僕が泊まるのを喜んでくれてた。
そんな風に言ってくれるのが始めてな僕はおばさんに撫でられてまた、ちょっとだけ泣きそうになった。
何だか僕の涙腺は壊れ気味みたいだなって思ったけど、どうしてだか恥ずかしいとか嫌だとかは思わなかったんだ。

それから、宿の周りは温泉街だけど、全然何もない。
コンビニが一軒あるだけで、後は宿とホテルと怪しいお土産屋さんだけ。
ちょっと歩くと海があるんだよっておばさんが教えてくれたけど、僕一人じゃ海に言ってもつまらないから余計にがっかりだ。
しかも観光シーズンじゃない今は観光客が居なくて静かでいいんだけど、街を歩く人は本当に少なくて、寂しい感じ。

だから僕はやる事が無くて温泉に入る事にした。
この宿には2つの温泉がある。
室内温泉と露天風呂。
どっちも大きいから僕なら泳げるかもねっておじさんが教えてくれた。
本当は温泉では泳いじゃいけないらしいんだけど、僕なら泳いでも良いよって。
僕は温泉に入った事がないからちょっとだけワクワクしながら温泉に行った。
初心者はまず露天風呂で泳ぐんだぞって教えてくれたから正直に露天風呂に行く事にしたんだ。

カラカラと引き戸を開けて僕はびっくりした。
だって、広い。
プールには行った事があるけど、温泉がこんなに広いなんて知らなかった。
もわもわと湯気が立っていて岩がごつごつしてるけど、硫黄の匂いが何だかとても良い匂いで嬉しくなった。
こんなに広いんだから準備運動しなきゃダメなのかな?って思ったけど早く入りたくて僕はそぉっとはしっこに足を付けた。

・・・熱い。でもお風呂だからしょうがない。

普段シャワーばかりな僕はお風呂に入る事も滅多に無いんだけど、そろそろと足を伸ばして広い温泉のすみっこに沈んだ。

熱いけど、気持良い。

温泉ってこんなに気持良かったんだって、始めての温泉に僕はとてもご満悦で、おじさんに言われた様にこれなら泳げるやって、ちゃぷっとお湯の音を立てたら広い温泉の奥から人が現れて、すごくびっくりした。

「誰だ?」

現れたのは当たり前だけど男の人。
すごく背が高くて、ちょっと恐い顔して僕を睨んでる。
そう言えばおばさんが僕の他にもう一人お客さんが居るって言ってた。
この男の人がそうなのかな?

「誰だって聞いてる。おい・・・・ってガキか」

ばしゃばしゃとお湯を立てながら男の人がずんずんと僕の方に向かって歩いて来る。

近付いてみると、その男の人はすごく格好良い人だった。
濡れてるのにハッキリと茶色だって分かる髪の毛は長くて背中の途中まである。
それを掻き上げる手はとても大きくて、腕にもちゃんと筋肉が付いてるし、お腹なんか二つに割れてていかにも筋肉ですって感じなのに、マッチョじゃなくてすらりとしてる感じ。
何よりも、男の人の顔がまたすごかった。
僕はテレビに出てたから格好良いって人を沢山知ってるけど、そんな人なんか目じゃないってくらいに男の人の顔は格好良いんだ。

「おい、どーした、坊主。坊主も客か?」

僕があんまりぼけっとしてるからだろう、男の人は僕の前にしゃがんでにやりって笑う。
その顔も格好良い。

僕は慌てて自己紹介しようと思ったんだけど、そこで始めて声が出ない事を思い出した。
そうだ、僕は声が出ないからちゃんと自己紹介出来ないんだ。

「どした?坊主?」

男の人は僕が慌ててるのを見て、今度は優しく笑ってくれるんだけど、
僕は金魚みたいに口をぱくぱくさせるしか出来なくて。

「何だ、お前声が出ないのか?」

僕の仕草で声が出ないって分かったらしい男の人はちょっと目を見開いて、それから僕の頭を撫でてくれた。
何で撫でてくれるのか分からなくて首を傾げてる僕に男の人は微笑んでくれた。その顔がすごくあったかい。

「俺は一留(いちる)ってんだ。そのまま呼び捨ててかまわねーって、声が出ないんだったな。悪りぃ。
っと、俺はこの前からここに泊まってるひなびた客だ。よろしくな。坊主は何て言うんだ?」

一留って言った男の人は僕を撫でてくれた手の平をそのまま僕に差し出した。
これに僕の名前を書けばいいのかな?

「そっか。錬って言うのか。改めてよろしくな。錬もここの客なんだろ?」

僕の名前は難しい漢字だから大丈夫かなって思ったけど、一留はすぐに分かってくれた。
僕もお客さんだからこくりと頷くと一留はまた僕の頭を撫でてくれた。
大きな手が温泉よりも気持良かった。





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