feeling heart to you
01




視界一面がひなびた温泉街と言っている様だった。
いや、実際言っているんだと思う。

右を見ても左を見ても人気の無い商店街とか○○温泉とか○○旅館とかの看板しか見えなくて、
僕は途方に暮れて、連れて来てくれた事務所の社長を恨みがましい視線で見上げた。

「いい所だろう、錬(れん)。ここで暫く休んでくれ」

それなのに社長は何処かのタヌキみたいな大きなお腹を揺すって笑うだけで、それから、僕の頭をくしゃくしゃに撫でてからさっさと歩き始めてしまった。
慌てて僕も社長を追うけど、これからの生活に非常に嫌な予感しか無かった。

って言っても、もう僕のこれからなんて無いんだけどね。
思い切り苦笑いして、鼻を霞める硫黄の匂いに何をしても絶対無理なのにって笑いながら空しくなってしまった。



僕の名前は津堂 錬(つどう れん)。職業はアイドルです。

なんて、随分馬鹿らしい自己紹介なんだろうけど、実際そうなんだから仕方が無い。
今年で16歳。13歳の頃からあちこちのテレビに出て歌を歌ってる。
最近はライブもする様になって、ついこの前も全国を巡るライブをしてたんだ。

僕の武器は年の割に幼いって言われる顔と、どんなにトレーニングしても全然筋肉の付かない細い身体と、歌。

父さんが世界をにぎわせる立派な歌手で、母さんがやっぱり有名な作曲家。
僕はその一人息子で歌手とゆーか、アイドル。
いかにも、な家なんだけど、僕はアイドルが好きじゃない。
何処に言っても黄色い悲鳴と白い視線で刺されるし、どんなに心を込めて歌ってもちゃんと聞いてくれる人は少ない。
何でも滅多に居ないくらいに僕の顔が整っているそうで、その所為と、それから父さん母さんの名声のお陰で僕をちゃんと見てくれる人なんて全然居ない。
それでも歌う事は好きだったし、皆に褒めてもらえるのが嬉しくて僕は今まで頑張ってきた。
どんなに陰湿な嫌がらせを受けても、脅迫めいたお手紙を段ボールで貰っても。

それでも歌う事が好きだった。

誰も本当の僕を見てくれなくても。
僕の見かけだけを眺めては騒いでいるだけでも。
僕の顔とその後ろに居る父さん母さんだけを見ていても。

歌っている間だけは何もかも忘れる事が出来たから。
歌が旨いか下手かなんて知らない。

ただ、歌を歌っていれば十分だった。

だってそれしか僕には無かったから。
だから僕は歌っていた。

けれど、その歌う事すら苦痛になってしまったのはつい最近の事。

どうやらオリコンに入るくらいには売れているらしい僕の歌。
周りの大人達はそれで十分で、誰も僕の歌を旨いとも下手とも言わなかった。
けれど、何でかしらないけど最近僕の歌がコピーだって噂が流れたんだ。
最近、突然トップアーティストとして有名になった人の歌い方のコピーだって。

僕はその人を全然知らなくて、その人の歌も聴いた事も無かったんだけど、どうやら僕の歌い方がその人に似ているらしく、
しかもその人の方が断然旨いんだそうで、あっと言う間に僕がコピーだって変な噂が流れたんだ。

それでも僕は構わなかった。
僕がその人の歌を聴いた事が無かってことよりも、僕はただ歌えれば良かったから。
それなのに周りが次第に煩くなって来て、今まで僕の歌に何一つ言ってこなかった父さんや母さんがいきなり僕に歌を止めてモデルか俳優になれって言い出して。
突然そんな事を言われても僕にはどうしようもなくて。

僕はたった一つしか無かった歌う事すら無くしてしまいそうになった。

嫌だった。

僕から歌を取り上げられたら何も残らないんだ。
僕は歌だけ歌っていればそれで良かった。
誰も僕を見てくれなくても、それでも歌っていられれば良かったのに。
それなのに皆は僕から歌を奪おうとした。
僕には歌しかないから、だから周りがどんなに煩くても歌だけは一生懸命練習して、
決して旨い訳じゃないけど、それでも必死で練習して。

歌いたかった。聴いて欲しかった。

それなのに、だんだん練習すら嫌になって、辛くなって。
最後のライブ。
黄色い歓声を浴びながら僕は一つの決心をした。

歌を無くすなら、全部無くそうって。

僕の歌がコピーだって騒ぎは収まらなくて段々酷くなっていって、ライブの後のスケジュールや僕の身の振り方で周りの大人達は随分と揉めていた。
普段僕にあんまり構ってくれなかった父さんや母さんまでもが恐い顔で僕に歌を止めろって強制してきた。
そんなに僕の歌が嫌なんだろうな、って思ったらもう歌を歌う事が嫌になって、ライブが終わったその夜。
僕は一人部屋の中でじぃっと、自分自身に暗示を掛けていた。

歌を失うのは嫌。でも、もう嫌い。誰も僕を見てくれない。
それなら僕は歌を捨てる。
歌を捨てて、無くすから、歌えない様に僕は、声を、捨てる。


先なんて何も要らない。
僕は捨てる。
歌を捨てる。
声を捨てる。


一晩中、ずっと暗示を掛けて、朝になる頃には僕の声は無くなっていた。
最初に気付いたのは僕のマネージャー。
真っ青になって救急車呼んで僕はそのまま病院につれられたんだけど、原因は不明。
当たり前だって思ってちょっと気分が良かった。

それから父さんや母さん、事務所の社長で大騒ぎになって、それでも僕は声を無くしたままだった。
暗示がちゃんと効いたんだろう、僕はたったの一言も喋る事が出来なくなって、完璧に僕から声と言うモノが無くなった。

だから当然歌も無くなったんだ。
慌てふためく周りの人たちを僕は随分と遠い所から眺めてる感覚で、ちょっとだけざまーみろってすっきりした。



で、すっきりした僕が今現在居るのはひなびた温泉宿。
僕の声が無くなった事を秘密にしておきたいからって僕は一人でこの宿に放り込まれてしまった。
父さんも母さんも居なくて、マネージャーも居なくて、僕一人。
寂しいって思う前に僕は捨てられたんだって、何故だか実感出来てしまって、僕は誰も居ない小さな部屋で始めて泣く事が出来たんだ。

でも、僕の声は出ない。もう、声は無くなったんだ。





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