春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...7



あるじの印も主の印も同じだ。
樒美に渡された漆に金と貝で四季が描かれた印籠。ただし宝の出るのはあるじだけ。

爺様も印籠を持っている。漆に銀と貝で春の描かれた銀の房がついているもの。どうやら金の四季と房が真の当主の印らしい。

「この印籠そのものが人以外に対しての身分証になるぞ。普通は相手を確認してから出すんじゃが、カオルにはその必要はないじゃろ。大きな催し以外では持ち歩かんで宜しいからの。なくしそうで怖いし」
「爺様、最後は余計だけど概ね賛成するしかないのがなあ。言葉でも身分証になるんだろ?」
「おう。儂は『漆に春、銀の房』じゃ。カオルは『漆に四季、金の房』になるの」
「なんか呪文みてえ。父さん、何変な顔してんの」
「ピアスはどうかと思うんだピアスは。何で宝がピアスなんだ。緋良は指輪だっただろうに」
「すんげー可愛いデザインの花の指輪な。俺だって不思議なんだからそこは突っ込まないでくれよ。樒美、着物はこんな感じでいいのか?」
「うん。似合うよあるじ。春色の着物をここまで着こなせる人ってなかなかいないんだよね。自慢のあるじだよ」
「ちょっと樒美、今お兄ちゃんに抱きつかないで。折角着付けたのに乱れちゃう!」

賑やかなここは母屋の一部屋、衣装部屋だ。
会合がもう直ぐで朝からカオルと樒美を除いた全員が忙しくしている。
衣装部屋でも部屋が余っている家だから広くて、当主の着物、らしい樒美が選んだ春色の派手としか言い様のない着物姿になったカオルは少々疲れている。昨夜、樒美と結構イイ感じに盛り上がり過ぎてちょっとだるいのと、早朝からハイテンションの家族に囲まれているからである。

「・・・会合って言っても全員顔見知りだし、とか言ったらダメなんだろうなこれ」
「一応公式行事だしね。まあ着付けも終わったしちょっと休もうよ。ほらみんなも、会合の後はお披露目があるんだし。今からそんなに元気だともたないよ?」

会合とは当主のみが集まっての会議と言う名の世間話。お披露目は夕暮れから大広間で行われる宴会。カオルの理解としてはこんな感じだが、今回はそこに真の当主であることが重なって大騒ぎだ。
これが終わったらちょっと静かになってくれるといいなあ、なんて普段のカオルでは思わない気持ちまで浮かんでいるのだからよっぽどで。

「あるじ、お茶にする?珈琲にする?一度、僕の離れに移動して休む?」

鬱々していたら結構酷い顔になっていたみたいだ。座布団の上でぐったりと座っていたカオルに樒美が心配そうに寄り添ってくる。樒美も朝から大きいままでカオルと同じ着物姿だ。

「大丈夫、じゃないけど平気。ごめんな、気ぃ遣わせて。樒美こそ菓子食わなくていいのか?」
「僕も平気だよ。明日からしばらく金平糖の中に埋もれてるし。あるじはもうそろそろ学校がはじまるから大変だよね。疲れたらいつでも言ってね?ちゃんと休もうね」
「うん。まあ、夜のあれが若干疲れる原因でもあるんだけど、それは言わないお約束だな。樒美、ちょっと抱きしめて。匂い嗅ぎたい」

今は会合とお披露目を控えて忙しいからどうしても離れで寝たい!と樒美の独断で過ごすことにしているけど、近々大規模な工事が入る予定だ。
だって電気の恩恵がないとカオルとしてはいろいろ辛いし、樒美はテレビを見るしパソコンも使うからやっぱり文明の利器は大事だ。

樒美に抱きついてふんわりと花の匂いに包まれてほっと一息。弱っている訳じゃなくてただ疲れているだけなのだけど、カオルにしては珍しい仕草に樒美の表情が曇る。
ぎゅっと大切なあるじを抱きしめてじっとしていれば部屋の向こう側が賑やかになった。ここは衣装部屋で家族以外の出入りはないはずだけど、何事も例外はあるしそもそもこの大きな家は結構な人数の出入りがあっては呆れる程に開けっぴろげだから。

「おおう弱ってんなー珍しい。カオルなのに緊張か?」
「あるじ、だめ。樒美にめってされちゃう」

がらりと襖が開いたと思ったら遠慮のない冬の当主、緋良がにやつきながら入って来て椿が慌てて引き留めようとして引きずられている。この二人も会合だから正装である着物姿でどちらも白に青と黒を使った落ち着いた衣装になっている。

「緋良、一番年上なのに何子供みたいなことしてんだよ。朝顔、いけ」
「了解した。食らえ我が渾身の拳を!」

その後ろからは空納と小さな朝顔が来て、にやけ顔の緋良に拳骨を落として悲鳴が上がる。夏の当主らしい目の覚める青に深い黄の入った着物姿が良く似合っている。突然の賑やかさに、でも抱き合っていたいからそのまま顔だけ上げる。

「会合はもっと後だろ。何で全員来るんだよ。樒美の匂いを堪能してたのに」
「みんなウルサイよ。入ってくるならちゃんと全員入って襖締めて」

相変わらずの人達だ。分家の当主達に精霊達。全員が会合でもないのに衣装部屋に勢揃いして勝手に座って、襖を閉めたのは秋の当主、汰一(たいち)だ。肩には小さな精霊、萩(はぎ)も乗っている。

「・・・ごめんね二人とも煩くて。朝顔も声が大きいよ。萩、お説教」

秋の当主、 秋井澤(しゅいさわ)汰一。
空納と納馴染みで同い年の青年だ。穏やかな物言いと線の細い容姿で勘違いされる事も多いが当主の中では一番キツイ。
普段は東京で小さな花屋を経営しつつ神野樹の仕事をしている。花屋は隠れ蓑みたいなもので首都圏全てを担っている汰一は一番忙しい人でもある。正装である緋色に銀の刺繍が入った着物は精霊の萩とお揃いで、良く似合っている。

「りょうかい~。朝顔、地声が大きいんだからダメよん。ほらほらこっちにいらっしゃい」

汰一にお説教、と言われた萩は肩からするりと浮かぶと満面の笑みで朝顔に近づくが逃げられる。小さな精霊だけど四季の中では最年長に見える萩は朝顔と同じ様な体格なのになぜか心は女性な、まあそう言う部類の精霊だ。
精霊でもいるんだなあと関心したのは萩を見た全員の意見であり絶対に口に出せない事でもある。ともかく何かと個性の際立つ精霊達だ。


そして分家の当主は全員若い。神野樹は本家として頂点に立つが、今の爺様が引退しても次はカオルの父だからまた年代が違う。なぜ分家の当主全員が若いのかと言えば、本家と分家では最初から年代が違う、としか言いようがない。
概ね分家の当主が世代ごと若いのが普通らしい。そして、若い当主達は幼なじみでもあるから気安い仲だ。子供の頃から一緒に神野樹の事を学ぶから意思の疎通も良く、その辺りの狙いもあるのだろうと思われる。

「相変わらずだなーみんな。元気そうで何よりだけど萩、朝顔で遊ぶのそろそろ止めてやれって」
「もう、折角あるじとくっついてたのに。汰一、大きくなった僕はそんなに珍しい?すごい目で見てるよ」
「いや、姿形は樒美のままなのに、そうやってカオルといちゃついてるんだって思ったら不思議で。大きくなってもカオルに抱きしめられてると思ったから」

じいっと、大きくなった樒美に初めて対面する汰一がさらりと言い切ってふわりと微笑む。綺麗な笑顔だけど何か怖い。

「いやん、樒美だったら相変わらず男前ねえ。良かったわね。遅くなったけどオメデト」
「僕からもお祝いかな。空納の菓子とはまた違うけど萩が最近気に入っているマカロンを持ってきたんだよ。カオルも嫌いじゃなかったよね」

萩が満面の、優しい笑みで言葉は軽いけど心からの祝福をしてくれる。それに加えて汰一も怖い笑みじゃなくて嬉しそうに微笑んで、大きな箱を差し出す。蓋を開ければみちっと色とりどりのマカロンが詰められていた。数が多すぎるけど、みんないるから全員で食べられそうで、それも見越してこの数なのかもしれない。汰一は気配り上手で何事もそつのない人だ。

「俺からもプレゼントだぜ。椿と一緒に選んだ。まあこっちも食いモンなんだよな。考える事は一緒か」
「僕、すきなの。おいしいの。みんなで、食べよ?」

嬉しいなあ、と樒美と視線を合わせてじーんとしていたら緋良と椿も大きな箱を出してきた。二人はカオル達と同じ、あるじと精霊だ。でも思考は汰一と一緒だったらしく、箱の中身はこれまたぎっちり詰まった大福各種。どう考えても二人で食べきれない数で、緋良によれば自分たちと家族分も含めての数との事だ。

「えっと、サンキュ。なんか、すげー嬉しい」
「ありがとう。贈り物だけど折角の気持ちだし、みんなで会合で食べようか。僕達だけだしね。とても嬉しいよ。本当にありがとうね」

大きな箱が2つ。祝福の気持ちが嬉しくて素直に例を言えば空納が困った顔になって、他の二人と同じ大きさの箱を無言で並べた。

「俺はただの差し入れになっちまってごめん。だけど気持ちは一緒。そして、中身も。コイツラと同じ脳味噌なのかと疑っちまった」

どうやら空納からも贈り物があるらしい。つい先日とても世話になったのに今日はまた別だとわざわざ京都から取り寄せてくれたらしい。気持ちが嬉しくてうっかり感動して涙が零れそうだ。蓋を開ければ小さな生菓子が沢山入っている。

「みんなお菓子なんだな。らしいけど、嬉しいけど。ホント、どうやって礼していいか分かんねえけど、ありがとな。樒美、泣くなって」
「だって、嬉しいから。嬉しくて泣いちゃうなんて思わなかった。みんな、会合より早く来たのはこの為だったんだね」

感動して泣きそうなカオルと、ぽろりと涙の零れた樒美に皆が微笑む。大騒ぎだった爺様達と違って当主達は最初から祝福してくれて、その気持ちがとても嬉しい。

「それもあるけど、会合は召喚の儀があるでしょ?だから早めに渡したかったのと、萩に聞いたのだけど、おしゃべりなのに見れば分かるの一点張りで、なのにちょっと副作用があるなんて言うから本人に話を聞きたかったの」
「そうそう。俺も空納も一緒。その辺の話を先に樒美に確認しとこうと思ってな。大丈夫なのか?」

そう、これから行われる当主の会合では召喚の儀がある。樒美が言っていた『華淺夜』を実際に召喚して、カオルが真の当主だと改めて当主全員が認めるのだ。
が、そもそもこの召喚、樒美にあるじが存在する時代だけ行われてきたものだから極端に情報が少ない。精霊達に話を聞こうとしても見れば分かる、としか答えがなく、汰一の言う様に副作用もある、なんて言うくせにその内容も見れば分かる、とだけ。そんな不安な言葉しか得られなかったからカオルの所に押しかけたのだ。けれど。

「心配かけちゃってごめんね。確かに見れば分かるとしか言いようがないんだ。あとね、副作用って言っても・・・これも見れば分かるとしか言えないんだ。あるじの負担にはならないけど、うーん、なるのかなあ」

樒美の言葉も一緒だった。曖昧な言葉に汰一が冷たい笑みで睨むけど効き目がない。おまけに当事者であるカオルも樒美の曖昧な答えを気にする様子もない。

「いやだってさ、イヤな感じしないし負担もないって話だし、樒美がそんな副作用あったら召喚なんてするとは思わないから。なんか心配させちまって悪いなみんな」

けろりと笑うカオルに全員が溜息を落とす。カオルとはそう言う人なのだ。まだ子供なのに妙に達観している所があると言うのだろうか。今でも子供だけど昔の、もっと子供の頃からこうだった。そして、こんな態度のカオルに何を言っても無駄なのも知っている当主達だ。

「ま、それならいいんだけどよ。椿も心配してねえみたいだし」
「朝顔も嬉しいとは言っても心配の言葉がないんだよなー。召喚なんてまさか現実であるとは思わなかったから余計心配だったんだけど、まあ心配なさそうだな」
「ちょっと空納、もうちょっと心配しようよね。緋良も椿を抱きしめてにやつかないで。樒美もカオルもだよ」

汰一だけが頑張って心配するものの、もう空気が変ってしまった。どうせ僕なんて、と肩を落とす汰一には悪いけど心配がないのだから仕方がない。

「いいじゃん出た所勝負でさ。どうせもうちょっとで会合なんだし、そしたら全部分かるだろ。心配してくれてありがとな、汰一。みんなも。お菓子もサンキュ」
「ありがとうね、いろいろと。萩は良い主を持ったね」

口うるさく頑張るのも汰一が優しい人だからだ。笑みは冷たい事が多いけど、それも心配からくるもの。萩が樒美の言葉に嬉しそうに頷くと溜息を落とす汰一を撫でる。

「そいじゃあ俺らは先に行ってるぜ。空納、汰一、行くぞ」
「おう。そんじゃな。ほら汰一、いつまでも萩に撫でられてないで行くぞってば」

結局は見て理解するしかないし、カオルは体験するしかない。今ここで四の五の言い合っても答えはでないのだ。
ぞろぞろと衣装部屋から出て行く当主達に手を振って、静かになった所でカオルが樒美にもたれかかる。

華淺夜と言う人ではない人について分かるまであと少し。緊張しないと言えば嘘だけど、がちがちに緊張していると言っても嘘になる。だらりと樒美にくっついて、さりげなく腰にまわった手はいつでも、小さくてもカオルの身方だ。まずはそこを信じないとダメだろうとカオルは思っている。

「あるじ、好きだよ。もうちょっとくっついてみない?」
「いいぞ。あと、俺も好き」

樒美の腕の中でふわりと花の匂いにもつつまれる。このままでいると迎えに来る予定の爺様に肩を落とされそうだけど離れるのも寂しいからくっついたまま会合までの時間を過ごす事にした。





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