春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...06



『あるじ』になってから数日が経った。

騒ぎは初日よりは落ち着いたものの、家はざわめいたままずっと賑やかだ。
普段から出入りの多い神野樹家だけど、このざわめきはまた別のもの。慣れてしまうのも変だけど、慣れてしまうくらいにずっと騒ぎは継続したままだ。
のんびり春休みを満喫していたカオルはその騒ぎの中心にいる訳で、数日前の縁側で転がっていたのが遠い昔の様だ。

「仕方がなかろう。樒美のあるじとなったからには覚えるべきことが山ほどあるんじゃ。まだ未成年だからの、表に出る機会は少なくするがカオルがあるじになったのはもう伝わっている。外部はそのつもりで接するからきちんと勉強するしかなかろうて」
「広めたのは爺様達だろ。あるじになったんだから勉強もするし訓練も今まで以上にあるのはいいんだけど、明後日は遊ぶから。サチ達と街で買い物だから」
「分かっておる。別に遊ぶ機会まで取り上げはせんわい。だからもうちょっと真剣にやってくれんかのう」
「やってるって。なあ、樒美」
「うーん、うん、たぶん」

目の前のテーブルを挟んだ向かい側で爺様が溜息を落としつつどこから出してきたのか、古めかしい本をぺらりと捲ってまた溜息を落としている。
普段は農作業服な爺様も今日は現当主としてきちっとした着物姿だ。あまり見ることのない着物姿の爺様に対してカオルは普段着のままだけど、どうにも調子が狂う。
爺様にならって古めかしい本を捲っても、同じ日本語だと思うのに何が書いてあるかさっぱりだ。しかも樒美は小さくなって爺様の前にある落雁に齧り付いている。羨ましい。

そう言えば、爺様は当主で跡継ぎはカオルの父と言うことになっていて、それは変わらないらしい。
どうやら樒美のあるじになると言うことは当主とはまた違う、その上の当主になるとのことで、こっちもさっぱりだ。

「ほれ、ちゃんと聞かんかい」
「分かってるってー。聞いてますってー。でもさあ、俺がこんなにいっぺんに全部覚えられると思ってんの爺様」
「無理なのは分かっとるが当主会合は今週末なんじゃ。それまでに基本だけは叩き込んでおくんじゃな。それと、会合と一緒に家で簡単なお披露目もするぞ」
「・・・へいへい」

真剣な爺様に対しどうもカオルはやる気がない。そもそも今言われている予定の全部は爺様達が勝手に決めているものだし、付け焼き刃で覚えたとして、それがカオルの生活にいかされるかどうかと言えば微妙だ。

「まあのう、カオルの気持ちも分からんではないし、そもそもお前さん、赤子の頃からそんな感じじゃしのう。これ樒美、ちょっとは協力せんかい」
「だって落雁食べてるもの。それにね爺様、あるじは説明しなくても分かってると思うよ。そう言う人だもの」

相変わらずと言うべきか、お菓子を食べる時は小さくなって全てを放棄する樒美にも爺様はいろいろ言いたいみたいだけど全く聞いてもらえない。
でも落雁を囓るのを止めた樒美が心の底から嬉しそうに微笑んでカオルを見上げる。
随分と買われてるみたいだ、樒美に。なんて関心してれば小さな樒美はふわりとカオルの肩にのってちゅう、と頬に口付けされた。
あるじになってからと言うものの接触が増えて誰がいようとおかまいなしに抱きつかれたりしている。イヤではないからそのままにしているけど、爺様はそんな二人を見てがっくりと肩を落とす。

「・・・分かっとる。椿の時もそうじゃった。我らの心配をよそに勝手にいちゃつきまくって当主の仕事もすんなりこなしおって・・・ん、樒美よ、ひょっとしてあるじを選ぶ時にそこまで見ておるのか?」
「そんなことないよー。僕達は、僕達の好きな人をあるじにするんだもの。割と好みはハッキリしてるよ?僕はあるじみたいな人が好き。くっついてるとすごく幸せになるんだ」

ふんわりと、これまた嬉しそうに微笑んだ樒美がカオルの首に抱きついて、満足したのかまた落雁を囓りに降りる。
そう言えば樒美の好みはともかく、他の精霊達の好みはハッキリしていたよなあと思い出した。爺様も一緒に思い出したみたいで眉間にぐぐぐと皺が寄っている。



夏の精霊、朝顔の好みは触れれば折れそうな儚くて小柄な女性だ。絶対に女性でなければあるじにはしない。残念ながら現在の夏樹家に小柄な女性がいないから気の合う空納を主としたと酒を飲む度に愚痴っている。

冬の精霊、椿は男らしく整っていながら内面は情けなくてくたびれてる感じ、らしい。今のあるじ、緋良はまさしくそのタイプで椿の好みど真ん中だ。
ちなみに、緋良の持つ宝は指輪だ。それも椿とお揃いで印籠から出てきたらしい。朱色の繊細な、椿の花をあしらった可愛らしい指輪を普段から嬉しそうにつけている。似合うに合わないはどうでもいいらしい。

そして、秋の精霊は性別容姿に係わらず内面のタイプで決めるそうだ。曰く、策略家で野心家で冷たい微笑みが似合う人。残念ながら現在はそんな感じの人がいないので朝顔と同じく気の合う人を主としている。今の主は東京で小さな花屋を経営している青年だ。



どの精霊の好みも何だかなあなと思うけど、そこまで思い出してふと気づく。

「そう言えば樒美の好みって聞いた事ないな。自分で言うのもちょっと照れくさいけどさ」

そう。夏秋冬の精霊の好みは本人達も言いまくって広めているから神野樹に連なる者であれば誰でも知っている程だけど、樒美の好みは聞いたことがないし本人も言っていない。
首を傾げて落雁を囓る樒美を見れば頬を染めてカオルを見上げてくる。可愛い。

「だって僕のあるじは当主だもの。みんなみたいにあるじになるだけじゃないから、あんまり言わないの・・・あるじなんだから、カオルみたいな人が僕の好みだよ。笑顔が綺麗で懐が広くて真っ直ぐでお日様の匂いがするの」
「・・・なんか、べた褒めされた気持ちだな。俺、そんなにすごくないぞ?」
「そんなことないよ。僕が好きな人だもの。でもね、僕達はあるじを決めたらあるじの一生が終わるまでずっと好きだから、どんな風に変わってもずっと好きだよ」

熱烈な告白をされている、のだろう。普通だったらちょっと重たい愛情かもしれない。でも頬を染めて真っ直ぐにカオルを見上げてくる樒美を見ているとするりと納得できるし何よりカオルだって樒美が好きだ。
ふふ、と笑えば樒美がその笑顔がダメなの惚れちゃうの、なんて言いながら顔を真っ赤にして照れている。

「可愛いなあ・・・」

思わず漏れた言葉に今度こそ爺様ががっくりとテーブルに伏してしまった。



それはともかく、忙しいのは事実だ。
春休みだったのが幸いしたのか災いしたのか、朝から晩まで神野樹に関する勉強でカオルのスケジュールがみちみちっと組まれている。当然、そんな中でも遊びには行くし、樒美の洋服を買いに行ったりもしているのだけど、あんまりにも忙しすぎる日々に気づけば明日が会合とお披露目の日になっていた。
会合は昼、お披露目が夜との事で一日中缶詰である。

「早いよなあ。しかも明日のあれこれが終われば春休みも終わっちまうし。なあ樒美、連休になったらどっか遊びに行こうぜ。家の中だけなんて辛すぎる」
「あるじは学校だものね。連休、そうだね。今はそう言う暦があるものね。どこか行きたい所とかある?」
「うーん、それは一緒に決めようぜ」
「うん。今から楽しみだね。ねえあるじ、今度一緒にガイドブックを買いに行こうよ」
「おう」

諸々を明日に控えた夜、カオルが樒美のあるじになってから寝起きは離れになった。相変わらず電気もなにもない部屋だけど居心地は悪くない。

ふかふかの布団は樒美と2人で寝るサイズであちこち触れながら一日の終わりを共に過ごしている。と言うか春休みのカオルだから家にいる時はずっと樒美とべったりだ。偶に口付けしてされて、気を抜けば樒美の手が服を捲ってカオルの肌をぺたぺた触る。

「んっ、こら、くすぐったい、てかまだ早いだろ」

カオルは風呂上がりの普通のパジャマで樒美は寝間着である桃色の浴衣だ。
布団の上で携帯ゲーム機を弄っていたカオルの上にいつの間にか樒美が覆い被さってにまにましてる。

「だって美味しそうなんだもの。ねえあるじ、いいでしょ?」
「だからまだ早いっての。あと30分。その間にセーブするから」
「僕知ってるよ、その機械、セーブしなくても大丈夫だって。遊佐が教えてくれたよ」

ふふ、と背中にくっついた樒美がカオルの持つ携帯ゲーム機を覗き込みながら項にちゅ、と吸い付く。
樒美が近づけばふわりと花の香りがしてうっかりいい匂いだな、なんて思うカオルだけど同時に余計なことを教えた親友にち、っと舌打ちもする。

「遊佐のヤツ後で覚えてろよ。ったくもう、樒美重い。もう止めるから降りろ」
「このままでも良いのに」
「俺がイヤだっての。ほら」

携帯ゲーム機の電源を切って背中に乗ったままの樒美を身体を揺さぶって無理矢理落とす。
本当はイヤじゃないけど、今夜はそう言う気分だ。

仰向けになれば笑顔の樒美がカオルの上からちゅ、と鼻先に口付ける。それから目尻と唇に。何度か重ねて深くして、その間に樒美の手がカオルのパジャマの下から肌を滑る。
カオルも手を伸ばして樒美の着物をはだけさせてしっとりとした肌に触れる。近づくとふわりと花の匂いがする樒美はお肌もつるつる。同じ性別を持つとは思えないけど、こうしている時は男だと思う。
圧倒的にこの手の経験値は樒美が上で、残念ながらカオルは初心者だ。初心者だから、と言う訳ではないけど樒美に触れられるのもいいなと思う。
口付けながら服を脱がしあって裸になって、不思議と暖かい部屋は寒さを感じずにどんな時でも丁度良い。

「んっ、は、あ・・・んぅ、しき、み・・・っ」
「ふふ、汗で輝いてるあるじ、綺麗だよ・・・もっと、見せて」
「見せて、るっ・・・あっ」

性器を弄られてカオルの身体が跳ねる。額に汗が浮かんで視界もぼやけてくるけど樒美はずっと嬉しそうな笑みのまま。多少乱れることはあってもカオルから見れば冷静で、なのに樒美らしいなあと思ってしまう。
本当にカオルに触れるのが嬉しいのだと、言葉でも態度でも行動でも示しているからどんな風に触られてもイヤじゃない。でも早々に妙な液体を指に絡ませて後ろを弄るのはちょっとどうかと思う。

「一本目、慣れてきたね。ほら、気持ち良さそう」
「んぁ、あ、あ・・・それ、ダメだ、って」
「あるじの身体はダメって、言ってないよ。腰が動いているもの」

そう遠くない未来に最後までヤられるんだろうなあとは思うし、中高一貫男子校に通う香だからその手の知識は勉強しなくてもばっちりだ。

「一回、達した方がよさそうだね。あるじ、愛してる」

小さな水音が部屋の中に響いて、熱の籠もった悲鳴を上げながら汗だくのカオルが達する。
性器も一緒に弄られるから経験のないカオルはあっと言う間に達して布団を汗で濡らすけど、まだ終わらない。
身体を横にして荒い息を吐いていたら後ろにぴたりと樒美が横になって張り付いてきた。汗ばむカオルと違って樒美の身体はひんやりとして、やっぱり花の香りがする。

「樒美、後ろから?」
「今日はね。挿れないけど、違う方法があるって知ったよ。あるじの部屋に、あったよね」
「うわ・・・俺のコレクション勝手に読んだな」
「だって気になるもの。ほら、いくよ」
「ちょ、まだ・・・んっ」

後ろから抱きしめられて、首の辺りに沢山口付けされて胸元もきっちり弄られる。あっと言う間にまた樒美の手のひらの上で踊らされて、汗は引きそうにない。
熱の籠もった悲鳴は甘くなって色がついて、夜は更けていく。





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