春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...05



それから、囲炉裏を囲んで楽しく鍋を食べてすっかり遅くなってから神野樹の家に帰ることになった。帰りは徒歩ではなくて空納の車だ。
花梨と遊佐も一緒で、そう時間もかからず到着する。時間は午前様のちょっと手前。お風呂も頂いたから全員がほかほかだ。
着替えは夏樹の家に泊まる事も多いから用意してるし、樒美も似合わない洋装から着物に戻って、朝顔の青い着物を借りている。
樒美自身は気にしていなかったけど、花梨が嫌がったからで、洋装が似合わないんじゃなくて父親の服がダメだったみたいだ。
朝顔の衣装は全て青色だから樒美にはちょっと似合わないけど洋装よりマシ、らしい。

「まだざわついてるね・・・お気の毒」

夜になると冷えはかなりのもので苦笑しながら呟く樒美の息が白い。
車から降りて全員でずらりと玄関前で並んで、樒美と同じく苦笑いだ。
だってまだ家全体が、外からなのにざわついてるのがわかる。

「ははは。こんな遅くまで騒いでいて事態を回収できない方が悪いんだ。行くぞ、朝顔」
「おう!張り切って説法だ!」

げんなりと呆れるのは樒美とカオルに花梨だけど、空納と肩に乗った仁王立ちの朝顔は高笑いだ。冷えるのにシャツ一枚でやる気に満ちあふれている。

「まだ騒いでんならしょうがないよなあ。ありがとな、朝顔」
「ごめんね、僕のことなのに」
「つれないことを言うでないぞ樒美。我ら仲間ではないか。存分にたっぷりみっちり神野樹の心得を叩き込んでくれるわ!」

帰る時にまだ落ち着いていないのなら朝顔が説教してやる!と申し出てくれたのだ。
まさかこんな遅くまでざわついているとは思わなかったから冗談半分で受けたのだけれど、本当に説教になるとは思わなかった。これはもう朝顔に張り切ってもらった方がカオルとしても嬉しい。

「それじゃ家は朝顔と空納に任せて、遊佐と花梨は勝手口か?」
「当たり前でしょ。玄関から帰ったら父さんのお小言がうるさいもの」

台所に続く勝手口の鍵は花梨だけが持っていて、その先は女の園である。
神野樹の台所は調理場だけでなく広めの部屋も隣接していて、今頃は婆様を筆頭にした女達が朝食の準備を終えた頃でちょっとした宴会にもなっていると思われる。
遊佐は花梨を送ってきたから一緒に女の園に乗り込みつつ弄られることになる。
いつものことだけど、玄関から入って父親の小言を貰うよりは婆様と母親に弄られつつ夕食の残りとオヤツの出る台所の方が良いらしい。まあそれはそうだろう。

「それじゃなカオル、樒美。兄貴、頑張れよ。朝顔もな」
「まかせとけ」
「ははは、我に頑張れと言うことは朝まで説法が決定されたな!」

張り切る朝顔に遊佐が笑って花梨と一緒に勝手口に消える。と思ったら少し進んだ2人がくるりと振り返って全員を見た。

「朝顔、本気で説教で頼むかんな。俺、ちょっとむかついてんだから。カオルのあんな顔なんて滅多にないんだからな。しっかり頼むぜ!」
「そうよ。お兄ちゃんと樒美を泣かせたらダメなんだからね。私と遊佐じゃお説教できないし、悔しいけど朝顔にお願いするしかないんだから。お願いね」
「遊佐、花梨・・・」

今まであまりこの件に関しては口を挟まなかった2人が怒った顔で朝顔にお願いしてきた。
怒って、くれていたんだ。思いがけない言葉にうっかり涙ぐみそうになるけど、ぐっと堪えれば樒美も同じだった様で2人で情けない顔になってしまう。

「良き友であり良き家族だの。しっかりと意思は受けた。存分に叩き込んでやるから安心せい。そして夜風は冷えるから早く家に入りなさい」

朝顔も感激したみたいで厳つい顔を柔らかい笑みに変えて勝手口に消える2人を見送る。
空納も柔らかく笑んで、2人はそのまま玄関から堂々と家の中に入っていった。
頼もしい背中を見送りながら鼻を赤くしたカオルがぎゅっと樒美の手を握る。

「なんかさあ、ありがたいよな。俺、もっとしっかりしないとな」
「僕も頑張らないとだね。でも今は家に入ろうか。今日だけは情けないけど、こっそりとね。僕の部屋に行こう。あそこだったら僕の力で暖かいから」
「ん。ありがと、樒美」

みんなに助けられて励まされて嬉しいけど悔しい気持ちもある。
今日はいろいろなことがありすぎてこんな情けないことになってしまったけど、明日からはしっかりしないと。
なんて気合いを入れつつこそこそと離れに向かって、中に入ればやっと息が吐けた。
2人そろってはああと、溜息にしては勢いがよすぎて笑ってしまったけど。

「ま、明日になれば少しは落ち着いてるのを願うだけだな。朝顔に頼り切りだけどさ」
「確かにそうだね。お茶でも入れるよ」
「お茶って、火、ないよなこの部屋」
「この部屋だったら僕の力である程度はね。本当は火で炊いた方がいいとは思うけど、今夜は特別。一応はじめての夜なんだから」
「はじめて、なあ」

畳に仰向けにごろりと転がって告白されたのもしたのも今日だけどなあ、とのんびり思えば騒がしかった一日もやっと終わるのだと実感した。
長い様な短い様な、不思議な感じだ。

「ふふ、疲れたものね。はい、お茶。あるじができたからこの部屋もいろいろ手を入れないとだけど、まずは渡す物があるんだ」
「ん?」

転がっているカオルの側に座った樒美がひらりと手を動かすと一瞬だけぱっと光って、何かでてきた。大きくなった時と言い不思議だ。
そして、樒美の手のひらに小さな黒い物がひとつ。漆塗りの、印籠に見える。

「僕のあるじの印だよ。それと、この印籠が神野樹全ての当主である印でもあるんだ」
「やっぱり印籠なんだ。でも小さくないか?」

カオルの知っている印籠と言うものはテレビで見る例のアレだ。でも樒美の持つ印籠は手のひらより小さくて、例えるにもちょっと比較するものが直ぐに浮かばない微妙な大きさだ。
漆塗りの長方形の筒みたいな入れ物に白い貝と金で四季の花が彫られている。入れ物の下には金色の房があって小さいけど高そうだ。いや、絶対高い。

「あるじの言ってるのはあのテレビのでしょう。違うよ。これはね、中に神野樹の宝が入ってるんだけど、あるじによって形を変えるんだ。だいたいアクセサリーが出て来るよ。はい、振ってみて」
「へ?」

印籠を見る為に起き上がったカオルに印籠が渡される。
持ってみれば見た目より軽くて不思議な感覚だ。

「振る?」
「そう。振ると音がするよ。音がしたら蓋を開けて中身を出して。それが宝だよ」
「へ?」

説明は理解できるけど、理解できない。首を傾げるカオルにとにかくやってみろと樒美が促すから印籠を摘んで振ってみる。
確かにからからと、小さなものが入っている音がした。

「からから言ってるぜ」
「うん、カオルは僕のあるじだって証拠だよ。不思議だけど、その印籠はね、あるじが振らないと音がしないんだ。もちろん宝もないんだよ」
「へえ。よくわかんねえけど音がすればいいのか」
「そうだけど、もう振らなくていいよ。蓋を開けて中身を出してみて」

からからと印籠を振り続けていたら樒美が笑ってカオルの手を止める。
そうか、中身も出さなきゃいけないんだと小さな印籠の蓋を開けて、テーブルの上に中身をころりと出す。

出てきたのは小さな、花の形をしたピアスだった。
桃色と朱色の宝石をそのまま花に刳り貫いた可愛らしくも上品なデザインで、どう見ても高級品、と言うかちょっと怖くて触りたくない。
しかもピアスはころころと6つも出てきた。

「・・・数、多くね?」
「四季の全てを司る印だから数は多くていいんだけど、全部ピアスってはじめてみたよ。僕の記憶だと、指輪とかネックレスとかに別れて出て来るし、数も2つとか3つだったんだけど」
「いち、にい、さん・・・6つ、だよな」
「うーん。しかもピアスってはじめてみるなあ。ああ、そうか。あるじ、沢山動くから外れない様にって」
「いやいやいや、そりゃないだろ。つか、こんな高そうなの怖くてできねえし、だいたい俺にピアスの穴はねえぞ」
「それもそうだよねえ。じゃなくて、大丈夫だよ。これ、ピアスに見えても本当は違うから。ええと、鏡、はっと」
「はあ?」

さっきから不思議出来事が山盛りでついていけない。印籠もピアスも樒美の説明も、だ。
なのに樒美は部屋の隅にあるこれまた時代物の箪笥から鏡を出して、カオルに渡す。

「見てて、ピアスだけどちょっと違うんだ。ほら」
「ほらって・・・ええ!?」

樒美が鏡を持ったカオルの後ろ側に膝で立って、小さなピアスを器用に耳に装着、した様に見えたと思ったら本当にピアスが耳にちゃんと刺さってる。
感覚も、耳朶に宝石が触れる冷たさと耳朶に金属の刺さっている妙な、痛みではない実感がある。

「ど、どうなってんだこれ!?」

おそるおそるピアスを触ってみればちゃんと耳についている。
痛みがないから引っ張ってみればみょーん、と耳朶が伸びた。

「何て説明すればいいかな、まあ不思議なピアスってことで納得してもらうしかないかな。あ、でもそのピアスだけだよそうやってつけられるのは。普通のはちゃんと穴を開けないと駄目だからね」
「はあ・・・すげえなこれ。でもさあ、なかこう、似合わないって言うか高そうって言うか普段からしてないと駄目なのか?」

不思議すぎて6つ全てのピアスを自分でつけてみたらやっぱりちゃんと刺さった。
穴もないのに刺さる不思議さに耳朶を弄りつつ、どうにも繊細な造りのピアスが似合わない様な気がしてくる。

「普段はつけなくていいよ。会合とか、式典とか、仕事とか、当主として出るときはつけてほしいかな」
「やっぱそうなるよな。俺が当主、なあ・・・なんか実感ないしどんどん話がでかくなってる気がするんだけどさ」

普段からつけなくてもいいピアスはさっさと外して印籠の中に入れて、カオルの背後でなぜか抱きしめてくる樒美によりかかる。

「俺、そもそも樒美と付き合うんだよな?」

根本はそこだ。好きと言われて好きと言って。話の大きさや複雑さに流されないカオルだから腹の前にある樒美の手をぎゅっと握って、弄ってみる。

「お付き合い、するよ。ふふ、嬉しいな・・・」
「それならいいんだけどさ。って、ちょ、首に吸い付くなよくすぐったいだろっ」
「だって美味しそうなんだもの。ちょっとだけ、囓らせて。それに、はじめての夜だって言ったじゃない。これから忙しくなるだろうけど、あるじがいるんだもの」
「囁きながら囓るなっての。ったくもー、樒美、ちょっと顔見せろ」

首の後ろを甘く囓られて妙にくすぐったくて、ちょっとだけ変な感覚が身体の内にじわりと感じるけど、我慢しつつ樒美を剥がして向きを変える。
ちゃんと正面から向き合って、じっと見る。嬉しそうな樒美はにこにこしながらカオルを見つめていて、ああ、本当に嬉しいんだろうなあと思う。
砂糖菓子を食べている幸せそうな笑顔ともまた違う、精霊があるじを得た微笑みにカオルもにこりと笑む。

「うん、やっぱりその笑顔、好きだな。樒美、好きだ」
「あるじ・・・うん、僕も、好き。大好き。愛してる」

顔を近づけて口付けて。ふふ、と微笑む樒美の瞳にうっすらと涙が浮かんだ様な気がしたけど、知らない方がいいことだと思うから瞳を閉じて口付けを続けながら樒美に抱きついた。





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