春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...04



想いが通じて、それだけでは当然終わらないのは樒美の説明通りだった。
精霊があるじをもつと言うのは家中ひっくりかえる騒ぎになるくらいの出来事だったみたいだ。

大きくなった樒美を見た家の者達が次々と悲鳴を上げてあちこちに連絡しあって、何事にも動じない爺様や婆様までもが悲鳴を上げた。
あんまりにも驚かれて、なのに主役であるカオルと樒美はほったらかしで、家中に悲鳴がこだまするがそれはすべて遠方に連絡している中での騒ぎだからで。

「すげえって関心していいのやら、呆れるやらだな。樒美は慣れてるっぽいな。いいのか、あの騒ぎ」
「仕方がないよ。僕があるじをもつのは神野樹にとって特別な意味を含むし、まあ久しぶりでもあるだろうからね。ねえ、あるじって呼んでもいい?」
「いいぞ。樒美はそう呼びたいんだろ?あ、でも神野樹以外のヤツがいたら名前の方がいいかな。それでもいい?って言うか、名前も呼んで欲しいなー、なんてちょっと思ってる」
「ふふ、それもそうだよね。僕もカオルって名前、好きだよ。あるじ」

騒ぎが大きすぎてどうにも家の中に居づらくなったカオルと樒美は移動中だ。
樒美の服は父親のを適当に引っ張り出して洋装にしている。

向かう先は納馴染み、遊佐の家だ。
遊佐の家は神野樹の分家の一つで夏樹と言う。名の通り、夏だ。
当主は遊佐の兄、空納(あおさ)で、普段は京都で砂糖菓子屋を経営がてら神野樹の仕事もしている。
帰省していることは遊佐を通じて知っていたけど、こうして向かう予定は全くなかった。

「空納と遊佐がいてくれて良かったぜ。ほんっと、騒ぎすぎだっての。爺様達まで揃って騒ぎやがって。樒美と付き合うって俺の報告すら聞きやしねえし」
「まあねえ。息子が男と付き合うって聞いても普通は悲鳴だと思うけど。ありがとね、あるじ。僕のためにずっと怒ってくれているでしょう」
「当然だろ。樒美のあるじはずっといなかったんだから、まずはそっちを喜べばいいのにさ。爺様達のお菓子、全部食っていいからな」
「うん、そうするね」

カオルの住む土地は昔ながらの田舎の村だ。山と田んぼと畑だけ。店は車で一時間移動しないとない。電車も同じだ。
道路も舗装されている所の方が少ない有様で、今歩いているのは土の道。イマドキ、とは思うがこれでいて携帯電話の電波はちゃんとあるから不思議でもある。まあ電波は山の上に大きい学校があるお陰だとは思うけど。

ぶつくさと家の騒ぎを愚痴りつつも夏樹の家はそう遠くない。
田舎基準では、だけど。
たっぷり30分ほど歩く距離でもご近所なのだから仕方がない。
周りには誰もいないし、ここは付き合いはじめだからと手を繋いでみたりして、中々に良い空気だ。

そうこうしている内に夏樹の家が見えてくる。
大名屋敷みたいな、いや、それ以上の神野樹の家と比べれば小さいけど、実の所かなり大きい部類に入る。
大きな門と母屋まで続く道に庭園。母屋は昔ながらの木造平屋で他には蔵が数棟。
小さな子供どころか大人でも余裕で迷子になる広さだ。

閉めるのが大変だからといつも開けっ放しの正門をくぐれば母屋は遙か向こう。
その途中に見知った兄弟が門に向かって走ってきている。
兄と弟、どっちも長身で金色のツンツン頭で、ちょっと熱い感じである。
言葉にすると同じ感じだけど、見分けるのは簡単。兄の空納が長身の弟、遊佐よりもさらに大きいからで髪型と長身は似ていても顔はそうでもない。そもそも年も離れているから似ている様で似ていない兄弟だ。

しかしまだ寒いのに兄弟揃ってTシャツ一枚に素足でサンダルとは恐れ入る。吐く息は白いと言うのに。

「カオル、もう来たのか。迎えに行こうと思ってたのに」
「ホントに樒美がでかくなってる!すげー男前じゃん。あれ、でもその服って樒美のじゃないよな。オヤジさんのか?」
「悪いな2人とも。つか何で寒くないんだよ。せめて上着くらい着ようぜ。で、こっちが樒美な。どうせウチから大騒ぎの連絡言ってると思うから説明は割愛な。服は遊佐の言うとおり父さんの勝手に拝借してきた」

着物で外出は目立つから、の洋装にしたのだけど、カオルのだとサイズが合わないからとりあえずで父親のを勝手に拝借してきた。当然ながら似合っていないしサイズも微妙に違う。
大きくなった樒美よりも服装の似合わなさに笑う兄弟にちょっとだけほっとするのは神野樹の騒ぎが大きすぎたためだろうか。軽い紹介でも直ぐに分かってくれるから心の底から感謝だ。

「おう、連絡なら貰ってるしウチも割と大騒ぎだったけど、朝顔(あさがお)のカミナリが落ちたから今は普通。落ち着くまであったまってけよ。そろそろ夕飯だろ?一緒に食おうぜ」
「あれ、そう言えば朝顔は?」

頼もしい笑みを見せて夕飯に誘ってくれる空納の後をついて歩きながら思い出すのはいつも一緒にいる精霊、朝顔だ。
基本的に精霊は当主につくから普段は空納と一緒に京都にいる。

「実はまだ説教中。神野樹の教えとか歴史とか、その辺を熱く家の奴らに語ってる真っ最中。カオルと樒美が来てくれて助かったぜ」
「うわあ。朝顔、あっついもんなあ」
「うん。同じ仲間ながらいつも迷惑かけるねって言葉が出ちゃうよねえ」

朝顔が説教。その言葉に主である空納は肩を落として遊佐は苦笑し、カオルと樒美も軽く遠くを見る。そう言う精霊なのだ。

「まあ説教中でなくても来てくれて良かったぜ。樒美用の砂糖菓子、持ってくつもりだったんだ。たっぷり持ってきたから思う存分食ってくれ。あ、大きくなっても菓子食うよな?」

砂糖菓子専門店を経営、と言うか砂糖菓子を好む精霊達の為に夏樹の家では代々この店を経営している。作るのは職人だけれど、日本中、世界中から砂糖菓子を集めるのが空納の表の仕事だ。
店は小さいし繁盛もしていないけど、お得意様は各家の精霊だから問題ない。
空納の言葉に樒美の顔がぱあっと輝く。

「わあ!ありがとう空納!食べるよ、大好きだよ!」
「カオルには鍋だな。母さん達と説教に巻き込まれない様にって花梨が準備してる」
「鍋!やっぱ寒い日は鍋だよな!夏樹の家は囲炉裏があるから好きだぜ!」

こっちもこっちで大喜びだ。
樒美とハイタッチをしつつうきうきと、だいぶ歩いて辿り着いた家に入れば既に良い匂いがしている。一緒に広間から朝顔の大きな声もしているから説教はまだ終わっていないらしい。4人で顔を見合わせて苦笑しつつ説教の続く方をちらりと見る。

夏樹の家は玄関から広い廊下が長々と続き、奥が居間になっている。
説教の声はその居間から浪々と玄関まで響いていて、どうやら歴史の話に変わりつつある様だ。空納の小声な説明によるとあの居間には夕食の準備をしている人以外、全員正座で拝聴とのことらしい。
踏み込むのがちょっと怖い。

「うーん、相変わらず元気そうだけどさあ」
「・・・ねえあるじ、小さくなって先に砂糖菓子に埋もれてきてもいい?」
「ダメに決まってんだろ。行くぞ。遊佐は逃げていいけど空納は一緒に行くかんな」
「ラッキー」
「うえぇ」

ここは勇気を出してカオルから行くしかない。
渋る2人を両手に、意気揚々と台所に逃げる遊佐をちょっと早まったかも、なんて思いつつ横目で見つつ寒い廊下を進んで、居間に続く襖をばばん!と開ける。両手は塞がっているから足で、だけど。

「何奴だ!我の説法中にその様な乱暴な振る舞いなど!」

勢いよく襖を開ければ案の定、朝顔の怒鳴り声に耳がきーん、となる。
両手に引きずった2人は既に逃げる耐性だけど気にせず口元に笑みを浮かべる。

「朝顔、久しぶり。事情は空納から聞いたぜ。サンキュな」

居間は旅館の宴会場くらいの広さはある立派なもので、カオルの入った襖が下座、奥が上座になる。
上座にはこれまた立派な掛け軸が飾られていて、その前にふかふかの座布団を十枚程重ねた上に朝顔が仁王立している。明らかに怒りの表情だった朝顔だがカオルの姿に表情を変えて顔全体で笑う。

「おお!カオルではないか!この度は樒美のあるじになられたとな!樒美、良かったのう!目出度きことだ!」

喜びでも声は大きい。でも大きさは小さい樒美と一緒、手のひらサイズだが可愛らしい樒美に反して朝顔は何と言うか、ゴツイ。手のひらサイズでも凛々しいと言うべきか。
黒の長髪をポニーテールにして顔立ちもやっぱり凛々しいの一言。
紺色の着物だけど、なぜか着衣の上からでも筋肉すごいんだろうなあ、な身体つき。
そして本人の性質は夏の精霊らしくただただ熱い。頼りにはなるが、の言葉の後に沈黙が続いてしまう偉大な精霊だ。
小さくてゴツイ手が手招きするからまだ逃げだしたいと無言で訴える2人を引きずって朝顔の前に座る。
既に説教された家の人達はひっそり溜息を落としつつ逃げる準備をしているが、まあ無理だろう。

「お前達!我の説法はまだ終わっておらぬぞ!夏樹の神髄を、我らの熱き心をしっかりみっちりとたたき込むまでは解放せぬ!神妙に座らぬか!」

ほらやっぱり。朝顔の声に居間でぐったりしていた人達は青白い顔のまま大人しく正座に戻る。諦めたみたいだ。

ぱっと数えた所で20人と少し。それでも居間にはまだ余裕がある。
もちろん全員が家族ではなくて、仕事関係の人や人以外も混じっている。

代々続く農業と林業をしている夏樹の家だがここに入ることができるのは主に神野樹の仕事に関わる人達になる。
ちなみに、空納の家族は全員が見える訳ではないが朝顔がこの家にいる時は無条件で見える様になっている。家そのものに力があって、これはどの家も同じだ。
要するに、見える力があってもなくても朝顔の説教は全員に等しく落ちる、と言う事だ。
ある意味気の毒だよなあと1人笑顔で胡座をかくカオルは目の前で仁王立ちする頼もしい精霊を見る。

「まあまあ、そう言わずにさ。俺、嬉しかったんだ。俺らの為に怒ってくれたんだろ、最初は。神野樹も大騒ぎで、なんつーか、朝顔の声聞いたら安心した。ありがとう、朝顔」

これは本当の気持ちだ。大騒ぎなのに誰にも相手にしてもらえなくてちょっと悲しかったカオルだ。
祝福して欲しいなあ、なんて思ったのは甘かったけど、まさかここまでの騒ぎになるとは思わなかった。夏樹の家に逃げてくる途中、うっかり涙ぐみそうになったのは秘密だ。
ふふ、と笑うカオルに樒美がそっと手を握ってくる。秘密だけど手を繋いでここまで来たから気づかれていたみたいだ。

「ふむ、人はほんの少しの間に成長するものよのう。よし、カオルに免じて解放してやろう!カオルに感謝するのだぞ!我は主と共に奥に行く。空納、砂糖菓子を持て!」
「へいへい。茶も持っていくよ。でも夕飯も近いんだから早めにだぞ」
「分かっておる!今宵は鍋だ!囲炉裏を囲んでマシュマロを焦がすのだ!」

ようやく全員解放されるとなって居間に歓声があがる。
家についている精霊が朝顔だと言うのもいろいろと大変そうだ。
樒美を視線を合わせて苦笑すれば早くしろと朝顔に怒鳴られた。



夏樹の家にも離れはある。数はひとつ、朝顔の家だ。
本宅は神野樹にある離れになるけど、夏樹の家に空納が戻る時はこの家で過ごす。
もっとも精霊達は人が多い方を好むからこの家が使われることはあまりない。

「火鉢って意外と暖かいよな。湯も沸かせるし。ほいカオル、お茶」
「サンキュ。って朝顔、もうマシュマロ焼くのかよ」
「説法で腹が減ったのだ。樒美もどうだ?」

普段使われない家は小さくて、大人サイズが3人入ればそれなりにぎゅうぎゅうだ。
でもこの離れには電気の恩恵があって火鉢もある。狭いから暖まるのも早くて朝顔が鉄の串に常備してあるマシュマロを指してさっそく焦がして甘い匂いが部屋に広がる。

「もちろん食べるに決まってるでしょ。あるじ、小さくなっていい?」
「俺に聞かなくても好きな時に小さくなればいいと思うぞ。つーか、何でマシュマロ食べるのに小さくなるんだ?」
「だって小さくなった方が沢山食べた気持ちになるでしょ?」
「あ、っそ」

当然ながら樒美も我慢できなくてぱっと光ると見慣れた小さな、着物姿の精霊になった。
うん、やっぱり樒美は可愛い。じゃなくて、確かに小さい方が食べごたえはあると思うけどそこまでして沢山食べたいのかとも少し呆れる。

「ふーん、大きさは自由自在なんだな。ま、久々の当主だって大騒ぎだけどまずは祝福すべきだろうな。夏樹の当主としても友人としても。2人とも、良かったな」

大きい身体を小さくして茶を啜る空納がふと微笑んでカオルと樒美を見て、祝福してくれた。
何だろう、とても嬉しいのにどうしてか心の奥がぎゅっとなる。

「空納・・・うん、サンキュ。なんか、今、すっげー嬉しい」
「ありがとう、空納。えへへ、嬉しいなぁ・・・」

樒美に告白されて受けて大騒ぎで、一息ついた所で祝福されてとても心に浸みた。
2人で表情を緩ませればマシュマロに囓りついている朝顔も嬉しそうに頷く。

「まあこれから大変だろうとは思うけど、今日くらいは幸せに浸ってていいと思うぜ。何なら今夜はここ、貸すか?どうせ明日から暫く大騒ぎだろうし。狭いけどここだったら静かだし一応風呂もついてるしな。何なら夕飯も運んでやるぞ」
「空納・・・俺、感動して泣きそうだからもう止めて。それに、そこまで迷惑かけらんねえから鍋したら帰るよ。まだ説明とか山ほどありそうだし、春休みは直ぐ終わっちまうしな」
「相変わらず無駄に男前だよな、カオル。ちょっと惚れるぞその態度って樒美、マシュマロの陰から睨むなよ。そんな気は全くないし俺の好みは綺麗で色っぽいおねーちゃんだ」


どんな時でもカオルは変わらない。
その姿勢に空納が笑えばマシュマロに囓りついている樒美が恨めしそうに睨んできてカオルが笑う。
大騒ぎでささくれた心がすっかり癒やされた気持ちだ。





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