春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...03



四季の離れとは精霊の部屋、と言うか家のことで、神野樹に昔からある離れのことだ。
完全に母屋から離れていて四季の名の通り、4棟ある。
そのどれもが四季に準えた精霊の持ち物になっていて、樒美の部屋は春の離れ。母屋から少し歩いた庭園の奥にある。
この離れはそれぞれの四季の精霊じゃなくて、樒美の管轄下にある。だから樒美の許しがなければ絶対に入れない様になっている。科学の力ではなくて不思議な力で封印されているからだ。どうやら空間ごと封印しているらしく、手入れしなくても綺麗なままらしい。

カオルも入ったことはなくて、庭園を歩きながらドキドキしてきた。
庭園は樒美の庭だから春の樹木や植物で美しく飾られている。今はまだ蕾だけど、もう少し暖かくなればとても美しい庭になる。

「鍵はないんだ。僕自身が鍵になるのかな。別に出入り禁止をしている訳じゃないんだけど、普通の生活は離れに入らなくて足りちゃうし、人が多い方が好きなの」
「そう言えばいっつも一緒だったもんな。離れの中って普通の一軒家なのか?」
「うん。普通の家だよ。最初は離れなんかいらないって言ったんだけど、僕達にそれぞれ家を建ててくれるってむかーしの当主が建ててくれたんだ。爺様によく似た人だったよ」
「太っ腹ってことか」
「爺様のお腹は太くないけどね」

話題の爺様はカオルの祖父で現当主でもある元気な爺様だ。
今日は少し離れた街で婆様と一緒にカラオケ大会にいそしんでいる。背はカオルと同じくらいで背筋のピンと伸びた格好良い人だ。頭はつるつるで樒美がよく滑り台にして遊んでいるけど。

離れの玄関は引き戸で凝った造りになっている。誰が開けようとしてもびくともしない引き戸は小さな樒美の手が触れればするりと開く。封印が解かれたのだろう、何となく空気が変わる。
そのまま中に入ればタイムスリップした気持ちだ。
中の物が昔のまま、どう見ても明治以前な感じでもちろん電化製品なんて一切ない、存在すら感じさせない家具と造りだ。
そのどれもがカオルから見ても高そうでちょっと怖くて触れない。
電気がないから部屋の中も当然ながら暗くて、と思ったけどそれは違うらしい。灯りがないのに明るい。

「詳しくは秘密だけど、僕の力だよ。僕が部屋に入れば明るくなるの」
「便利だなー」

樒美に案内されるまま座布団の上に座ればほんのり暖かい。こっちも不思議だ。
そして、樒美は畳の上に立ってカオルを見上げている。とても真剣な表情だ。

「説明を、はじめるよ。その前に、実際に見た方が早いし僕がそうしたいから大きくなるね」
「へ?大きくって・・・ひょっとして椿みたいに人になるのか」

驚くカオルに樒美がにっこりと微笑んで頷く。
この精霊たち、あるじがいれば大きくなると言われていて実際に冬の精霊、椿はあるじをもって少年の姿になった。
椿が大きくなるのも久しぶりだったらしく大騒ぎになったのはまだそんなに遠くない記憶だ。

「うん。僕達はあるじを持てば大きくなる。でもね、本当はあるじがいなくても大きくなれるんだよ」
「そうなのか?」
「うん。でもね、あるじがいないならば大きくなっても嬉しくないから、大きくならないの。僕達が大きくなるのは例外なくあるじがいるとき、あるじに触れたいからなんだよ」

分かった様でよく分からない説明だ。内心首を傾げたのが樒美にも分かったらしく、ふわりと浮いてカオルの鼻先をちょん、と突く。

「要するに、あるじに触れたいから大きくなるってだけ覚えておいてくれればいいよ。じゃあ大きくなるね」
「お、おう」

微妙に呆れられた様な気がするカオルに対して樒美はふふ、と微笑むと次の瞬間、ぱっと光った。
そして、一秒もない間だったのにカオルの目の前に青年が正座している。
小さくて可愛い樒美とは似ている様で似ていないけど、樒美だ。やたら色気が溢れてる感じがするのが何と言うか、らしいなあ、なんて妙に納得してしまう正しい色男と言うべきか。

「これが僕の姿だよ。カオル、驚いて・・・は、ないみたいだね。何だか笑いそうなのは僕の気のせいかな?」
「いや、気のせいじゃな・・・ぷっ、いやだって、樒美なんだなーって思ったらこう笑いたくなっちまって」
「もう、カオルらしいとだけ言っておくけど、説明したいんだよね」
「ごめんごめん。説明な。大事なんだっけ」
「そうだよ。とても大事なの。僕はカオルに告白したけど、カオルが告白を受けたらあるじになる。あるじになったら僕はこの姿になることも増える。それ以上に、僕があるじをもてば召喚が可能になるんだよ」
「・・・へぁ?」

また唐突に違う世界の話になった。
驚くことの少ないカオルがぽっかりと口を開けてしまう。今、召喚って言ったよな?

「まあ分からないでもないけどね、その顔。だから、召喚だってば。僕だけがあるじをもつと上位精霊、華淺夜(はなあさや)様を召喚できるんだよ」
「へぁ・・・・はあ、精霊に上位とかあんのか?」
「精霊と言う種族、になるのかな。僕達や人じゃない人達には種族によって上位や下位があるよ。僕達は神野樹の家につく精霊だけど、僕が決定権を持つのは知っているよね」

神野樹の家についている精霊は季節の、四季の名の通り4人だ。
春の樒美を筆頭にして残り3人になる。それはカオルも教わっているから知っている。詳しくはしらないけど。
こっくりと頷けば樒美がその情けない顔を止めて欲しいと苦笑する。失礼な。

「位置は同じだけど僕が他の3人より上位になるから決定権もあるんだよ。そして、僕と僕のあるじが召喚するのが上位精霊、華淺夜様になるんだ。これは僕だけが持っている力で華淺夜様は無条件で神野樹全ての決定権を担う、真の当主になるんだよ」

話が大きすぎてちょっとついていけない。はあ、と力なく頷けば今度はぺしっと膝を軽く叩かれるけどしょうがないじゃないか。だいたい召喚なんて言われても。

「ごめん。悪いけど召喚って言われると俺にとってはゲームに出て来るでっかいドラゴンとかしか思い浮かばないし、そもそも何で樒美のあるじになって召喚になるのかもさっぱりだ」

現代に生きる極々普通の少年の発想力ではこれが限界だ。きっぱりと言い切れば樒美は肩を落とすが笑ってもいる。

「そう言うと思ったよ。まあ華淺夜様の召喚は後で良いかな。要するにね、僕のあるじになるとカオルは強制的に神野樹の真の当主になっちゃうんだ。それはカオルの一生を縛るものでもあるし、もちろん僕の想いでも縛ることになる。だからね、簡単に受けちゃ駄目なんだよ」

笑った樒美がふと表情を変える。少し切なそうで痛そうで、あまり見たくない種類の顔だ。
それだけ樒美の告白を受けることが重大なことなのだろうとは、ちょっとだけだけどカオルにだって分かる。あの、告白をした樒美が涙を零す程だと言うのも、きっとそうなんだろうなあとは思うけど。

「説明してもらうのはありがたいんだけどさ。それって、樒美の気持ちより当主とか召喚の方に重点置いてないか?樒美の気持ちはどうなるんだ?俺は、樒美に好きって言われて、惚れるって言われて嬉しかったぞ。その気持ちが一番じゃないのか」

告白ってそう言うものじゃないのか。
当然の様に言い切るカオルに樒美の表情がまた変わる。目尻がふわっと赤くなって色気が増す感じの、笑みだ。それから、真っ直ぐにカオルを見つめる。

「カオルならそう言うだろうなあって思った。ありがとう。大好きだよ、カオル。うん、そうだね。僕の気持ち・・・カオルが好きだって言う気持ちに正直になるよ。いつでも真っ直ぐで太陽みたいなカオルが好き。カオルに触れたいから僕のあるじになってほしいと願うよ」

好きと言うならばこうでなくっちゃ。なんて、告白されている身なのにうんうんと頷いたカオルが正面に座る樒美に手を伸ばす。触れるのは正座の上で堅く握りしめられた拳だ。
小さな樒美とは全く違う、大人の手。でも、樒美の手。

「だったら俺も返事するな。俺だって好きだぞ。触れる触れないってんならこうやって触ってた方が・・・いいなって思う。きっといろいろ大変なんだろうなって思うけどさ、これが原因で樒美に悲しい思いをさせたくないってんだから好きだぜ。当主だ召喚だのは後で俺に分かりやすく、噛み砕いて、よろしく」

触れた手はほんのり温かくて人の手だ。当たり前だけど、それが嬉しいと思うのだからカオルも樒美が好きだってことなんだろうと思う。
にぱっと笑えば樒美が驚いた顔をして、ぷっと吹き出した。

「嬉しいけど、説明は自信がないな。でも、こうやって触れられる・・・」
「ああ。おっきい樒美も新鮮だな。これからはずっと大きいままなのか?」
「ううん。お菓子を食べる時は小さくなるよ。その方が沢山食べられるもの」
「あ、っそ」

ふふふと2人で笑って自然と近づくのは樒美から。カオルに触れられるのが本当に嬉しいらしく、手のひらであちこち触れられてくすぐったくて、笑っていたらふいに口付けされた。
柔らかい感触に驚けば照れた顔の樒美が赤くなっている。大きくなっても可愛いじゃないか。

「そうか、触れるってこっちもだよな。何だろう、不思議だけど、いいな、これ」

とても近くに樒美がいて、カオルからも触れるだけの、樒美に比べればぎこちない口付けを返せばぺろりと舐められる。伊達に長い間生きていない。経験はかなり上かと思えば顔は真っ赤なままで、やっぱり可愛い樒美のままだ。





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