春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...02



カオルにとっての樒美は幼い頃から手のひらサイズで可愛い精霊だった。
生まれた時、の記憶はないから分からないけど気づけば既に手のひらサイズの樒美と友達だった。
不思議に思うより馴染んでいたし、精霊が見えるカオルにはもうひとつ違う世界が見えた。人ではない人達だ。どうやらこの世界には人ではない人も混じっているみたいだと、これも気づけば馴染んでいた。

この精霊は見えるのは神野樹の中でも半分以下で、人ではない人を見分けられるのはさらにその半分以下。
カオルはかなり貴重な人材らしい。

「うーん、確かに貴重だけど、それがカオルなんだって思うよ。偶にいるんだよね、そう言う人。でも当たり前だからって悩まないの。カオルも悩んだことないでしょ」
「うん、ない。全然ない。遊佐とか花梨とかは結構悩んでたっつーか、まだ悩んでるみたいだけど、その相談されても困るだけだしなあ。樒美はここにいるし、人じゃない奴らも普通に生活してるだけなのにな」
「そうだよね。でもね、ホントは悩む人の方が圧倒的に多いからカオルみたいに当たり前だろって言ってくれるの、嬉しいんだ」
「樒美が嬉しいんならいいや」

精霊もただ見えるだけではないらしい。
カオルは物心つく前には既に見えていたらしいけど、幼なじみの遊佐はつい最近見える様になって、妹の花梨は小学生の頃に見える様になったとのことだ。
神野樹の当主である爺様や両親は結構大きくなってからだったと言うからいろいろあるんだなあと感心するばかりだ。
でもカオルの場合、例え見える様になったのが昨日でも今日でも驚かなかったと思う。
存在しているのに否定するなんて変だと思うからだ。

「カオルは将来イイ男になるよね。楽しみだなあ。沢山お菓子頂戴ね」
「イイ男とお菓子は別だろ。だいたいその抱えてるでっかい落雁、爺様のじゃないのか。勝手に囓ったら泣かれるぞ」
「婆様に貰ったから僕のだもん。遊佐と花梨がデートでいないから暇そうにしてるカオルには分けてあげないもん」
「それを言うんじゃない!結構フクザツなんだからなっ。だから落雁は俺と半分こだ」
「えー。おっきいのに齧り付くのが好きなのに・・・しょうがないなあ」

嫌そうにしながらも笑顔で樒美には大きい落雁をよいこらせと渡してくれるから半分に割って甘い塊を口の中に放り込む。
そうそう、この精霊。樒美に限らず全員が大の甘い物、特に金平糖や落雁とかの砂糖の塊みたいなお菓子が大好物だ。



さて、そんなやりとりをしている今は春。カオルが中等部の三年になる頃だ。
ようやく暖かさを感じる様になってきたけどまだまだ寒い。

親友の遊佐はどうやら妹の花梨が好きな様で、いや、好きなのを全く隠していないから堂々とデートに誘って朝から不在。
一人置いていかれたカオルは暇をもてあましつつ母屋の縁側で手のひらサイズの精霊と日向ぼっこだ。
婆様に貰ったという(爺様がこっそり隠していたと思われる)大きな、今は半分になった落雁に齧り付く樒美はご機嫌な笑顔で今日も可愛らしい。
本当だったら勉強でもする所だけど日向ぼっこと樒美と話しているのが楽しいから暇をもてあましつつ楽しんでもいる。

縁側から見る庭は広くて、そろそろいろいろな花が咲きそうだ。
爺様や家に仕える人達が丹精込めて世話している庭はとても綺麗で小さい頃からぼけっと眺めているのが大好きだ。
何もないけど大切な時間。まったりのんびり樒美を眺めていたら笑顔で落雁に齧り付いていた小さな精霊がぽわっと赤くなった。

「そんなに見つめられたら照れちゃうよ」

おや、珍しい。ご機嫌な笑顔は甘いお菓子を前に良く見せてくれるけど、こんな風に赤くなってはにかむ樒美は珍しい、と言うか。

「樒美、そんな顔もできたんだ・・・」

はじめてかもしれない。思わずまじまじと樒美を眺めれば囓りかけの落雁の後ろに隠れようとして、でも隠れる程の大きさはないから丸見えだ。
その様子があんまりにも可愛くてカオルがふわりと笑む。何でか声を上げて笑うのではなくて、笑顔になった。不思議だ。

「・・・カオル、そんな顔しちゃだめだよ。そんな笑顔したら僕が惚れちゃうよ」

なのに樒美は真っ赤なままでしかも上目遣いで変なことを言う。
ますます可愛いだけだと思うけど、妙な言い方に首を傾げる。

「惚れるって、言ったか?」

生まれた時から一緒で、好きだ嫌いだとは山ほど言われているけど惚れる、ははじめてだ。はにかむ笑みと言い今日は珍しいことばかりだ。と思って気軽に声に出したのに樒美は違うらしい。
ぱっと落雁を離すと両手で口を押さえて・・・涙ぐんでいる?

「だめ、聞かなかったことに、して?」
「は?」

手のひらサイズだから目もちっちゃいけどカオルにはハッキリ見えている。うっすらと、涙目になっているのだ。しかもじりじりと後ずさるからひょいと捕まえる。
樒美達、精霊は見える人と見えない人がいるけど、触るにもやっぱり触れられる人とそうでない人がいる。カオルはもちろん触れられる方だ。
捕まえた樒美はもう涙目になっていないけど視線を合わせてはくれない。カオルの手の中でじっと、俯いている。

「樒美、何で泣きそうになってんの。俺、イヤなこと言ったか?」
「ううん、言ってないよ」
「じゃあ樒美に惚れられたら何かダメなのか?」
「・・・!」

俯いていた樒美ががばっと顔を上げたと思ったら真っ赤で怒ってるみたいのなのに、逆にも見える。いや、怒ってはいないだろう。真っ赤な樒美と少しの間睨めっこをしていたら観念したらしい、また俯いてぎゅっとカオルの親指に抱きついてきた。

「・・・すき。カオルのこと、すきだよ。あるじになってほしいなって、結構前から思ってる」

うわ、可愛いな。なんて思っていたら告白された。
思いがけず、でもこんなときでもカオルに動揺はない。するりと樒美の、涙声の告白が身体に染み込んでそのままカオルの内で溶ける。

「俺のこと、好きだったんだ・・・」

樒美はまだカオルの親指に抱きついたまま、よく見れば項の辺りが真っ赤だ。
また真っ赤になった樒美にくすりと笑ってしまって慌てて声を出さない様に耐える。だって、好きだなんて、嬉しいじゃないか。

「そうか、嬉しい・・・うん、嬉しいな。樒美、顔上げろよ」
「だから言うのイヤだったのに。カオル、絶対そんな顔するって分かってたのに、僕のバカっ」
「どう言う顔だよ、告白したくせに酷い言われ様だな」
「だってぇ、絶対惚れちゃうもん!好きなんだもん!」

やっと親指から離れた樒美が真っ赤な顔でとうとうぽろりと涙を零して怒鳴る。その姿すらいいなあ、なんて思うんだから好きと言うことでいいんだろう。
なんて思ってにまにましていたら樒美が手のひらから降りてカオルを睨み上げて、次の瞬間、ふわりと微笑んだ。

「ありがと、カオル。でもね、僕は人じゃない。だから、最初に説明しないとズルになっちゃうんだ。すごく嬉しいけど、これからの話を聞いて、それでも受けてくれるならカオルをあるじと呼んでも、いい?」
「説明?」

確かに樒美は人じゃないけど、好き嫌いに関係するんだろうか。いい感じだったのにあっと言う間に普段の、可愛いのに大人な樒美に戻るから何となくカオルも正座してしまう。

「うん、説明。正座はしなくていいよ。後ね、場所を移動しよう。僕の部屋を空けるから」
「樒美の部屋って、四季の離れじゃん。いいのか?」
「それだけ説明が重要なの。聞いて、くれる?」

いつもの樒美に戻ったと思ったらまだ戻りきってなかった。
じっとカオルを見上げてくる瞳は真剣で、その奥には溢れそうな想いが詰まってるみたいで、なのにうっすらと恐怖も見える。

どんな説明なんだろうと思うより前に樒美にそんな顔をさせたくなくて手を伸ばす。両手で包んで抱えれば嬉しそうに頬を染めた樒美がぎゅっと親指に抱きついてきた。





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