春色キャンディ 主(ぬし)と『あるじ』...01



自分が他人と違うのは当たり前。でも、本当に違うのだと知ったのは割と最近だ。
普通の人には見えないものが見える。見えなくてもその人がちゃんとした人かどうかも分かる。普通は分からないみたいだ。

この世界にはどうやら人と人じゃないヒトがいるらしい。大昔から紛れてるから結構見かけることがあって、それを判断できるのがカオルの属する一族らしい。
と言うかカオルはその当主だ。


神野樹カオル。
この春で中高一貫校の高等部に入学する極々普通の少年だ。
地色で茶の、少し長めの髪とメガネ。特徴はメガネじゃなくて両耳につけているピアスだと誰もが断言する。
片方の耳に3つ、両方で6つ。全てに意味があるピアスを持っているけど、それは高級品すぎて普段は安いのをつけている。
その高級品すぎるピアスの本来の持ち主はカオルの前の前でにこにこしながら金平糖に齧り付いている手のひらサイズの精霊だ。
精霊は少し長めの黒髪で花の刺繍が綺麗な桃色の着物を着ている。帯は朱で小さいからなのか、そう言うものだからなのか背中の方で可愛らしい蝶々結びになってふわふわしてる。

「いつ見ても美味そうに食うよな、金平糖。何味?」
「メロン味だって。変わってるけど美味しいよ。・・・あげないよ」
「いらない。それ、樒美(しきみ)のだろ。俺はもうちっと腹に溜まるのがいいんだよ」
「あるじらしいね」

精霊、樒美は引き続きご機嫌な笑顔でメロン味の金平糖を囓っている。
小さいから金平糖でも食べごたえがあるみたいで、そう言う意味ではちょっと羨ましいかもしれない。
なにせこの小さな精霊は金平糖を、大好物を食べる時だけこの手のひらサイズになるのだから。羨ましいけどちょっとずるいよなと思いつつご機嫌な頭を指先で突けば至福の時間を邪魔するなとばかりに睨み上げられた。

「・・・うん、邪魔して悪かったから思う存分食ってくれな」
「ありがと。食べ終わったらちゃんとキスするから邪魔しないでね」

小さい癖にやけに色っぽく見上げてくるからカオルもニヤリと笑む。
残念ながらその手の言葉に動じるカオルではない。と言うか先祖代々その先までその手の言葉に動じない。それがある意味での当主らしさでもある。

「キスは頼んでないけど樒美がしたいなら乗らないでもないぜ」

でも樒美とキスするのは悪くない。むしろ好きだ。ふふん、とテーブルの上で金平糖を抱える樒美を見下ろせばむーっと頬を膨らませる。
いつだってその手の誘いに反撃されるのがお気に召さないらしい。もう数え切れないくらい同じやりとりをしているのに懲りないやつだ。

「ずるいよあるじ。いいもん、金平糖の山に埋もれるから」

案の定、拗ねた樒美が食べかけの金平糖を置いて器に盛ってある色とりどりの甘い山に潜ろうとするから指先でひょいと摘んで持ち上げる。
別に潜られてもいいけど樒美がべたべたになるから後で怒られるのだ。カオルが。

「悪かったって。でもさあ俺にそーゆー恥じらいとか求められても困るからさっさと大きくなれよ。ご所望なら口移しで金平糖、するぜ?」

つまみ上げた樒美を顔の前に持ってくれば頬をふくらせたままなのに顔を赤く染めるから可愛い。

「・・・その言葉、嘘だって言わないよね」
「言わねえよ。どうする?」
「やっぱりあるじはずるいと思うんだ」

うーっと唸った樒美がぱっと光る。
いつ見ても不思議な光は一瞬だけ部屋を真っ白に染めると、次の瞬間にはカオルの前から小さな樒美が消えて、同じ着物を着た青年が正座でにんまりと座っている。
もちろんこれも樒美だ。
但し小さな頃の可愛らしさは欠片もなくて、あるのはふわりと香る花の匂いとあふれ出す不思議な色気とでも言うべきか。
長めの黒髪はさらりとして艶があり、涼しげな目元は誰もが惹き寄せられる。見た目は二十代前半くらいで身長もカオルより頭一つ以上高いし身体つきも立派で、本当に小さな時とは一緒なのに全てが違う。
違うと言えば着物も可愛らしい帯じゃなくて、なぜか漆黒に桃色の刺繍の入ったものになる。不思議だ。

「じゃああるじ、キスしてもらおうか?あと口移しも」

ふふ、と妖艶に微笑む樒美の手がカオルの頬に伸びてメガネを取られる。あ、これは長くなるなと思うけど反撃してふくれさせたのはカオルだ。
色気の溢れる樒美を前にしても全く変わらないカオルもにんまりと笑んで膝で立ってから両手を樒美の首にまわす。

「いいけどキスだけだかんな。それ以上進んだら怒るぞ」
「何だつまらないな。今日は何の予定も入っていなかったよね?」
「入ってないけどダーメ」

腰に樒美の手がまわって引き寄せられて、微笑んだまま軽いキスを一回。何度か繰り返して少し深くして、そうすればだんだん気持ちも盛り上がってきてまずいなーと思うけど止めるのも難しい。
深くなるキスの中で樒美が金平糖を摘むから指先ごと口に含んで約束通り口移しをすればそろそろ止まれなくなるなと思う。
案の定、樒美の手がカオルのシャツの下に潜り込んできていて。

「はいそこまでだっつーの。お前ら、今日の予定綺麗さっぱり忘れてんな」
「いちゃいちゃ・・・」

もう戻れない気持ちになった所で部屋の襖ががらりと開いて呆れた顔の男が顔を出した。
派手な、どう見ても夜のスーツ姿で年齢は三十代中盤くらい。あからさまに胡散臭い空気を持つ男の側には十代前半の可愛らしい少年がくっついている。眠たそうな大きな瞳と美しい朱の唇が特徴的な少年は寒いらしく大きめのセータの上に毛糸のカーディガンを羽織って男の腰にぴたりとくっついている。

「あっれ、緋良(ひいら)に椿(つばき)じゃん。何でいるんだ?」
「会合は明日じゃなかった?あと寒いから襖閉めて」

上着は脱ぎかけで樒美の着物も乱れているのに全く気にせずに抱き合ってまま襖を開いた二人を見上げて首を傾げる。
カオルも気にしないが樒美もこの手の羞恥は全くない。
ころっとした顔で見上げるから男、緋良の口元がひくつくが無言で襖を閉めて腰にくっついている少年、椿と一緒に部屋に入ってどかりと座る。
いちゃつきタイムの終了だ。やれやれ、と樒美の上から降りたカオルが座布団を出して、着物を直した樒美がお茶を入れる準備をする。
この部屋はカオルの家の母屋、ではなくて樒美の離れだ。

「会合は明日でも全員遠距離だし部屋行こうとしたら鍵かかってるし外は雪だしお前らはいちゃついてるしで最悪だぜ。椿、その金平糖全部食っちまえ」
「わあい。樒美、ちょうだい」
「しょうがないね。椿の分も持ってくるよ」
「俺のも!金平糖じゃないので。あと緋良のも」
「分かってるよ。あと鍵も開けてくるね」

神野樹の家は特殊な造りをしていて母屋とは別に四棟の離れがある。
春夏秋冬、四季になぞられた離れは母屋よりは小さいが普通の一戸建てより大きく庭園もある。
それぞれ四季になぞらえた庭園で、今カオル達がいるこの離れは春の離れ、樒美の部屋で鍵を開けに行くのは冬の離れ、椿の部屋になる。

そう、部屋の主は全て人ではない。
椿は樒美と同じ精霊で、緋良はそのあるじになる。

冬雪緋良(とうせつひいら)。神野樹家の分家、冬雪の当主だ。
28歳になる緋良は東京の繁華街で数件のクラブを持ちながら神野樹の仕事もしている。

四季の離れは四棟、あと2名もそれぞれに精霊と精霊に認められた当主がいる。
しかし当主をあるじと呼び人の姿になる精霊は春と冬だけ。夏と秋は手のひら大の大きさのままだ。

「しっかし寒いよな。もうそろそろ4月だってのに雪かよ。椿は嬉しそうだけどな。東京は雪あんま降らねえし」
「まあそうだよな。でも樒美はちょっとご機嫌斜めだぞ。ここ最近ずっと寒いじゃん。んで、桜が咲かねえって拗ねて金平糖とか落雁とか山盛りにしてるし」
「樒美はそうだろうな。ま、咲くときは咲くんだからいいだろ。なあ椿」
「ぼく、桜すき。でもね、寒いほうがすき」
「その割には寒がりなんだよな、椿は。暖房強くするからカーディガン脱げば?」

離れの主である精霊はそれぞれの季節を好む性質がある。
金平糖を幸せそうに摘む椿は冬を好むけど、もこもこの厚着から分かるとおり寒がりだ。
カオルが笑いながらストーブの温度を調節しようとすれば金平糖を食べながら小さく首を横に振って、側に座る緋良にぴたりと寄り添う。

「鍵が開いたら離れに引っ込むからいいんだよ。後で爺様には挨拶に行くけどな」
「爺様ならたぶん囲碁大会してるハズだから夜のがいいと思うぜ」
「相変わらずだな。そんじゃ夕食の時にでも」

人の姿になる精霊は例外なくあるじを好く。あるじに触れたいから人の姿になると言われている。
精霊達はつく家の主を主が誕生する前から決めているが、あるじはまた別枠だそうだ。
主は当主であり、あるじは恋人。と言った方が分かりやすいかもしれない。あるじになれば自動的に当主にもなるから、精霊の好み次第になるけど。

カオルが樒美のあるじになったのは約一年前で、あるじとしても当主としても新参者だ。
まだ未成年のカオルだし、あるじと主は別でも良いとのことで、今の当主はカオルの爺様で、その次はカオルの父なのは変わらないがいずれは当主として神野樹の頂点に立つことが決定している。
頂点と言えば既にそうなのだが、そこはそれ、いろいろあるのだ。

ちなみに、大きくなった精霊達は人の姿で過ごすことが増えて扱いも同じになる。
手のひらサイズの時は見える人と見えない人がいるけど、人の姿になれば誰でも見える。なので、樒美と椿は神野樹の内に存在する人間、と言う立場も持っている。要するに、カオルの親戚扱いになっているのだ。


神野樹に係わる人々は不思議な力を授かって生まれることがある。
全員ではないが古来から四季の精霊に好かれ表に出ない仕事を請け負っている。

本家を神野樹、血を分けた分家を3家。それぞれに精霊がついている。
この精霊達、本来は神野樹についていた精霊でそれぞれあるじや主を決めるが樒美が全ての決定権を持ち、ある特殊な力も樒美だけが持っている。
それは人の世界にも反映され、有事の際の決定権は全てをカオルが持つ。
まだ学生のカオルだが、全ての意味での当主であり、あるじでもある。
そのことに意義を唱える家はない。いや、唱えられない、と言った方が正しいか。

「夜は鍋がいいかなーって母さんが言ってたし、遊佐もくるって」
「鍋は好きだけど大人数になるんじゃねえのか?俺らと遊佐もってことは夏樹の家も全員来るだろそれ」
「鍋は大勢の方が楽しいじゃん」
「そりゃそうだけどよ」

カオルと緋良は同じ当主だが位置が違う。それは2人とも理解しているが有事の際、なんてことはそう滅多にないから普段は気安い従兄同士だ。
話しているうちに樒美も戻って、軽く近状報告をしてから緋良と椿が離れに消える。
四季の離れはそれぞれ独立していて母屋とも離れている。

カオルと樒美の二人きり。いつも通りなのに静かに感じられる室内は少し寒く感じる。人の温度が減ったせいだろうか。

「いや寒いなーって思ったけど、さっきの続きはしないぞ」

なんて思っていれば樒美がうきうきとカオルを抱きしめて服の下に手を滑り込ませてくる。それをぺちりと叩いて背後から抱きついている樒美に体重をかけて頭をぐいぐいと押しつけてみる。

「なんだ残念。でも夜は相手してくれるよね、あるじ」
「いいよ。明日は会合だからほどほどに、だけどな」
「楽しみだね。それじゃあ夜まで金平糖食べてるよ」

ふふ、と色の付いた笑みを浮かべた樒美がカオルの頬に軽くキスするとぱっと光って小さくなった。体重をかけていたのに小さくなるからカオルがそのまま後ろに倒れしまう。

「樒美、わざとだろ」
「違うよーだ。金平糖は小さいまま食べた方が沢山食べた気持ちになるからだよ。あるじが相手してくれないからじゃないよ」
「わざとじゃねーか。ま、いいけど。樒美、俺にも1個ちょうだい」
「1個だけ、だよ?」

いそいそとテーブルの上で金平糖に齧り付く樒美は先ほどまでの色気もなにもない。
大人を感じさせるものは全て消えて、帯だけが蝶々結びのふわふわになって可愛くなるだけ。

カオルにとっては大きい樒美より小さな樒美の方が馴染みがある。
生まれた時からずっと一緒。可愛くて賢い樒美とは一生、共に過ごすと漠然と思っていた。

それが、漠然とした思いから現実になったのはつい一年前のことだ。





...next