ハルと猫と魔法使い/悪あがき
02


季節は初夏。
桜が散って、青葉の出る暖かい季節になった。

相変わらずハルは古い洋館に住んでいて、一人の同居人と、三匹の可愛い飼い猫に囲まれている。

洋館の主、ハルはうっかり引きこもり寸前の在宅プログラマーで、異国の血を強く引く青年だ。
そんなハルを朝から美味しく頂いた同居人はガイルと言う、ハルとそう変わらない年頃の青年だ。背中の中程まで伸びた銀色の髪に灰色の瞳。そして、不思議な力、魔法を使う事ができる、すっかり所帯じみた異世界から落ちてきた人だ。

ガイルがハルに拾われて随分時が過ぎだ。
けれど、相変わらずこの古い洋館には穏やかで、ちょっと賑やかな日々がゆったりと流れているだけだ。

「なぁにが穏やかだコンチクショウ。朝から腰が痛てぇって何事だよまったく」

いや、朝ではなく、もう昼なのだがぶつぶつと呟きながら眉間に皺を寄せてベッドに沈むハルには目が覚めたから朝と言う事らしい。と言うよりも目覚めた途端に美味しく頂かれてしまって、今が昼過ぎだとは認めたくないと言う気持ちだ。
当然機嫌も悪くて、腰やらちょっと口に出しては言えない所なんかがじくじくと痛んでいるから更に機嫌の悪さに輪をかけているのだ。

「に?」

そんなハルが沈むベッドの枕元で可愛らしい声を上げるのは飼い猫その1、シロだ。真っ白な毛の猫で、雑種ながらに長毛種。
もこもこでふわふわな愛しい家族だ。

「んだよ、シロ。可愛い顔しやがって・・・」
「なぁ!」

褒めているのか貶しているのか分からないハルの声にシロが小さな声をあげる。喉があまり強くないらしく、大きな声の出せないシロはふかふかの前足でハルの頬をぺたんと触る。どうやら構ってほしいらしい。

「んだよもー。そんな可愛い事されちゃったら俺が遊ばない訳・・・ってぇ」

猫好きにはたまらない仕草をされて、うきうきと起き上がろうとしても腰の痛みその他が邪魔をする。痛みと怠さに耐えかねてベッドに逆戻りしたハルは、それでも逃げようとしたシロをむんずと掴んだ。

「シロ、頼む。俺のカタキを取ってくれ」

真剣な目で猫を覗き込むが何がカタキなのか。猫の視線は生暖かくハルを見ているが、生憎とつぶらな瞳は可愛いだけだ。

「まったく、まだ素直になれないのだな、ハルは」

そんなハルに溜息混じりに寝室へ入ってきたのはガイルで、その両手に盆を持っている。

「ほら、朝食兼昼食だ」

最近ではすっかり料理もできる様になったガイルは今日も板についてきたエプロン姿だ。
盆の上には暖かいカフェオレとサンドイッチが乗っている。先にガイルがベッドの端に座り、さり気なくハルの頭を撫でながら盆も下ろす。音も無くシロが近づいてくるが、サンドイッチに鼻先がつく寸前にガイルに持ち上げられた。ちなみに、ガイルの足下にも猫が2匹。長毛種で茶色と黒。チャとクロだ。

「うるさい。俺はとっても素直だ。涼しい顔しやがって」
「私はこんなにもハルを愛していると言うのに、つれないな」
「けっ」

悪態混じりにガイルの持つ盆からサンドイッチを取って囓る。
具は卵とレタスでなかなか旨い。そんな旨さすら腹立たしい事だけれども、結局ハルもガイルを嫌いではないから直ぐに怒りも収まって、カフェオレを手にする頃には機嫌も上向きになっている。腹が満たされると多少心も広くなると言うものだ。

「して、今日はどうするのだ?仕事は終わったのであろう?」
「おう。今の分は終わらせたから週明けまで遊びたい放題だな」
「ではどこか出かけるか?」
「んー・・・」

程良く満たされた腹が満腹で幸せだとハルに訴えている。起きて直ぐに朝食(兼昼食)が運ばれてくる生活も悪くはない。

・ ・・じゃない。食いモンで懐柔されている場合ではない!

「そうだ!思い出した!俺は身体を鍛えるんだ!」

はた、と思い出したハルがぎろりとガイルを睨む。
そうだ、サンドイッチで忘れている場合ではないのだ。

「身体を、鍛えるのか?」

反してガイルは不思議そうだ。それもそうだろう。日頃運動なんて全く縁のないハルの、突然の宣言だ。微かに首を傾げれば猫が不思議そうにガイルとハルを見上げた。








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