ハルと猫と魔法使い/ガイルの印(しるし)
02


そうして。
どれくらい掃除に集中していただろうか。狭い物置とは言え、長年の埃が溜まった部屋はなかなかに掃除し甲斐があって、大きな身体を縮こまらせて雑巾であちこちを拭いていたのだが、ふとした拍子に物置の隅に有る異質な物を発見してしまった。

それは、きっと放り投げたのだろう。
荷物と荷物の隙間に投げ捨ててあった、ガイルには懐かしささえ感じる己の剣と、杖。
フランベルジェと呼ばれる形式の、一応装飾の付いた片手剣と、アークタクトと呼ばれる魔法の媒介に使う小振りな杖。
(フランベルジェは昔の武器の名前と言うか形式だそうです。杖は造語です。突っ込まれると泣いちゃうのでRPG武器かなーくらいで流して置いてくださいませ)
その2つがひっそりと、うっすらと埃を被って投げ捨ててあったのだ。

「これは・・・」

思わず手を止めて剣と杖の両方を手に取る。
この世界には異質な、決して見掛ける事の無い、煌びやかなのに使い古した剣と杖。その両方ともガイルの半身とも言える物だった。

てっきり無くしたと思っていた。
ハルの家に落ちてハルの側に居て、全く思い出さなかったと言えば嘘になるが、実はそれ程気にならなかったガイルの持ち物。
そう言えば、目覚めて少し経った頃、洋服は血と穴だらけで捨てたからとは言われていたけれど、剣と杖に関してはハルは何も言っていなかった。聞こうとも思っていなかった。

「・・・随分、懐かしいものだな」

苦い笑みを浮かべて手に取った重みがガイルを一瞬過去に引き戻す。
あの、戦いと裏切りの連続だった日々が鮮明に思い出されて知らず表情が無くなる。

まだ忘れては居ない。
まだ心からも身体からも消えない傷は多い。傷は決して無くならない。
けれど、今は。

「あれ?こんな所に仕舞ったのか。それ」

表情を無くしたままじっと剣と杖を手に取るガイルの背後からのんびりした声がかかる。
もちろん、ハルの柔らかい声だ。

「・・・ハル」

呆然と、過去から引き戻されて振り向けば、ハルが入口にもたれ掛かってガイルを見上げている。
足下に居る猫も3匹揃ってつぶらな瞳でガイルを見上げる。その柔らかい声と眼差しにあっと言う間に平穏な現実に引き戻されたが、表情も身体の強ばりも戻らない。そんなガイルにハルは狭い物置に入ってガイルの頬にぺちりと手を置いて小さなキスをしてくれた。

「何て顔してんだよ。悪かったな。何処に仕舞ったかすっかり忘れちまって、つか、剣とか杖?でいいのか?その存在すら忘れてたんだよな」

けらけらと笑ってまた両手でガイルの頬を挟んで柔らかいキスをしてくれる。
ハルは綺麗だ。見掛けも綺麗だが、一番綺麗なのはその中身だとガイルは思う。
ハルに触れた所からじわじわと強ばりが取れて、剣と杖を床に落とすと、そろそろと両手をハルの背中にまわした。

「いや、それは構わんが・・・。一緒に、落ちていたのだな」
「ああ。そう言やガイルと一緒に落ちてたっけ。お前治療するのにばたばたしてたからすっかり忘れてた。悪かったな」
「いや。それは構わんと言っただろう。それより、今でも不思議なのだが、良く助けてくれたな」

触れ合う距離で囁けばハルの瞳が猫の様に細まって。

「だって面白そうだったし。嫌な奴だったらとっくに追い出してるよ」

ちゅ。とガイルの鼻先にキスを落としてハルの身体がするりと離れた。
離れた温もりを追う様に手を伸ばせばぺちりと叩かれた。どうやら触れ合いは終わりらしい。
足下の猫一匹をすくい上げたハルはふかふかのもこもこを顔の辺りまで持ち上げて、少々ぼんやりしているガイルを見上げて軽く首を傾げる。

「帰りたい、か?」

猫の身体に隠れた真摯な声。思わぬ声の低さにガイルは目を見張る。
そんな事を聞かれるのは初めてだ。何時だってハルは何も聞かずにガイルを側に置いてくれた。
剣と杖が見つかったからなのだろうか、ハルの、滅多に聞けない低い声はガイルに重く響く。
けれども。

「・・・帰りたく無いと言えば嘘になるだろう。けれど、私はハルの側に居たいのだ」
「でも、お前は違うんだろ?」
「ハル・・・」

床に落とした剣と杖には視線を向けず、真っ直ぐに猫に隠れたハルを見つめればそろそろと持ち上げられた猫が下りてハルの顔が出てきた。

少しだけ辛そうな表情をしたハル。
ガイルの剣と杖を見つけて何を思っているのだろう。思わず手が伸びて猫を奪って床に落としてハルを抱きしめた。
ハルの側に居たいと言うのは、紛れもないガイルの本音なのに。







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