ハルと猫と魔法使い/日本情緒...03






東京都内の外れ。
都市であるにもかかわらず緑溢れる小さな街がハルの住む街だ。

昔ながらの商店街に学校に神社。
細い道がくねくねと街の中を走り車での移動もままならない。
そんな中に一際目立つ古い洋館がハルの家だ。
共に住んでいた祖父母が亡くなってからしばらく経っていて、今住んでいるのは家主のハルと飼い猫3匹と同居人のガイル。少ない人数だけれども賑やかな毎日を過ごしている。

「チャ、行け、ガイルを倒せ」
「だから何度も言う様だが猫を嗾けるのはよせ。可哀想であろう?」

くったりとベッドに沈み込んだハルが飼い猫のチャを横目で見ながらぶつぶつと呟く。もちろんチャは飼い主の言う事等聞かずに撫でてくれるガイルにごろごろと喉を鳴らしている。ベッドの足下には同じく飼い猫のシロとクロも丸まっていて、狭くはない寝室にはこの家の住人全てが集まっていた。

結局風呂場で挑まれてしまったハルは仕事の疲労と慣れない運動(?)とが重なって青白い顔をしながらガイルを睨み付けるのが精一杯だ。
けれどハルに対してガイルは上機嫌で、ベッドの端に腰掛けてチャを撫で終わるとハルのふわふわの金色を優しい仕草で撫でた。

「くっそー。何だってお前はそう直ぐに盛るんだよ」

大きな手が気持ちよい。表情はごろごろと懐く猫の癖に唇からは悪態がだらだらと漏れる。そんなハルにガイルは笑いながら身を屈めて白い頬に唇を落とした。軽く音を立てて目尻にも唇を落とす。そうするとふてくされた顔のハルが、ゆるりと表情を緩めて、まさしく、喉を撫でられてごろごろと鳴く猫になった。

どうやらハルがキス魔らしいと気付いたのは出会ってから割とすぐの事。
この国の人間はやたらめったらキスはしないと知ったのはその後。
ハルは異国の血を引いており、異国では風習が違うのだと知ったのはさらに後。
知れば知るほどこの世界は面白くて、少しばかり切なくなるガイルだ。

元にいた世界とはまるで違う平和な生活。
日がな一日を家事に費やしてハルと猫の相手をして笑う生活。
ガイルの昔を知る者ならば、考えられない程に今のガイルは穏やかになった。
それもこれも全てハルのお陰。
得体の知れない落とし物を拾ってくれた、ハルのお陰。

「あんな美味しそうな格好で居るハルが悪いのであろう?」

深々とベッドに沈み込むハルにガイルは上機嫌でその胸の上に足下に転がっていたクロを乗せた。
ハルも猫の重みは構わないらしく(むしろ好きだ)されるがままに胸の上に乗ったクロを撫でながら、もう先程の無体を綺麗さっぱり忘れ去って目線だけでベッド脇の小さなテーブルを示した。どうやら先程の無体よりも気になる事があるらしい。

「アレ、取って」

言われて手を伸ばしたガイルが取ったのはテーブルの上に転がっていた白い封筒と何やら風景が映っている本、の様な物。
首を傾げるガイルにハルはにやりと笑って本、パンフレット持つガイルの手に自分の手を乗せた。

「旅行、行こうぜ。明日出発。温泉と砂浜と海の幸。お前温泉初めてだろ?」
「オンセン?」

聞き慣れない言葉にさらに首を傾げてしげしげとパンフレットを見るガイルにハルはにまにまと笑いながらゆっくりを身を起こす。まだ怠いがガイルの惚けた表情を見られたので良しとしようと、起きあがるのと一緒にベッドに転がったクロを抱き上げて抱えた。

「行けば分かる。俺の仕事もしばらく無いし、ゆっくりしようぜ」

温泉に言ったらどういう反応を見せるのだろうか。ハルが予約をしたのは昔ながらの旅館だ。ベッドでしか眠った事のないガイルがどんな反応を見せてくれるか。今から楽しみはつきない。浴衣に温泉に海の幸。楽しいことが沢山で自然とハルの表情はにまにまと崩れきっていた。

そう。結局、何だかんだ言っても、ハルもガイルの事が好きなのだ。







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