太陽のカケラ...86



そうは言っても何が変わる訳でもないし、瑛麻は瑛麻。それ以外の何者でもない。極々普通の一般人だ。
そして、テストが近いので勉強に励む学生でもある。
今度のテストは全員の順位と点数が貼り出される恐怖の中間テストだ。

「瑛麻君、ここ分かる?」
「ん?ああ、これな・・・」

最近は夜に友秋と勉強する事が増えた。
勉強が、学ぶ事が好きなのだと言う友秋と一緒に教科書を広げるのは瑛麻としても楽しい。瑛麻も好きだからだ。
夕食を終えて、風呂に入るまでの時間を友秋との勉強時間にしている。
風呂から上がれば篤斗が来ている事が多いので、思う事は多々あるけど邪魔するのも悪いから部屋に引っ込む。


学園生活をはじめて1ヶ月と少し。共同部屋に新たに持ち込まれた物はない。
備え付けのテーブルとソファとテレビだけの空間は静かで心地良い。
風紀委員に入った友秋は入学当初の弱々しい様子が消えてきていて、ちらりと見ても中々に男前だ。
綺麗に整った顔と、いつでも真剣で優しい瞳にSSクラスだけあってスポーツも万能。彼氏である篤斗の所為か元からのものか色気もあって、このまま良い方に進めばさぞかし立派で綺麗な人になりそうだ。
もちろん良い方向にのみ進む様に、瑛麻も全力で協力と闇討ちするけど。

「なあに?僕の顔に何かついてた?」
「いや何もついてねぇよ。そう言えば風紀の方はどうなんだ?」

横目で見ていたつもりがいつの間にかじっと観察していたらしい。友秋が手を止めて首を傾げて、一端休憩だと冷蔵庫に向かう。
気配りもできる友秋はよくこうして瑛麻にもお茶を入れてくれる。

「やりがいって言うのかな、忙しいけど楽しいよ。鏑木先輩や黒の先輩方に訓練もしてもらってるし。まだまだだけど、少しは強くなれたのかなって思うんだ」
「元々強いと思うけどな。サンキュ」

入れてもらったお茶を有り難くもらって、勉強の続きだ。
分からない所はないけど友秋から聞かれれば一緒に考えて答えを導き出す。
誰かと一緒に、それもやる気のある友人との勉強は昔から好きだ。
SSクラスだけあって友秋の飲み込みは早いし難しい問題も好きみたいだ。問題集をあげたら喜ぶかな、なんて思うくらいには友秋と勉強するこの時間を気に入っている。

「んー、あのね、瑛麻君」
「何だ?」

どうやら数学が苦手らしい友秋にちょこちょこ教えつつ進めていたらふいに見つめられた。
首を傾げれば小さく首を振った友秋がふわりと笑む。

「うんん、何でもない。ごめんね。ちょっとここが気になっただけ」
「ここ?これなら」
「あ、そっか。ありがとう」

にこ、と微笑む友秋は綺麗だ。良い表情をする様になったなと瑛麻も微笑んで視線をノートに落とせばチャイムが鳴る。
時計を見れば風呂の時間で、待ちきれないのか外からサチの声が聞こえてくる。
ほぼ毎日、こうして誘ってくれるのは嬉しいけど、飽きないなあとか意外と律儀だなあとか思ってしまう。

「今行くっての。友秋、お茶サンキュな。行ってくる。篤斗は来るのか?」
「僕の方こそありがとうね、瑛麻君。もう少ししたら来るって言ってたよ。篤斗もそろそろ勉強しようかなって言ってたからこのままやってるかもしれないけど」
「アイツも勉強する気になるんだな」
「テスト前だけだけどね」

賑やかになった外に向かいつつ用意してあるお風呂セットを抱えて(洗面器は先月の内に買ったぞ!)普段は全く勉強している様子のない篤斗を思えば自然と笑みが浮かぶ。友秋も笑って部屋を出る瑛麻に手を振ってくれる。
いつか友秋も大風呂に誘えたら、と小さく思うけど、篤斗を思い出して止める。
いやだってほら、アイツ等付き合ってるし・・・跡なんか見つけたら軽くへこみかねないから、なあ。
誰でも気兼ねなく大風呂に入れる訳じゃないと改めて思い直して外に出ればサチとナオが待ち構えていて。

「もう瑛麻君はのんびりさんなんだから!」
「サチがせっかちなんでしょ」

律儀にもほぼ毎日こうして呼びに来る2人だ。風呂に入る前に瑛麻を呼びに来るのが日課になっているのだろう。瑛麻も2人に呼ばれて風呂を思い出すから有り難くはあるけど。

この時間は全員が寮にいるから廊下でも結構賑やかだ。
全員なのは校舎には制限時間があるからで、部活動の奴等も時間になれば全員先生によって出される。だから全員が寮にいる。
階段を下りてロビーを通り過ぎれば結構な人数が集まっていてテーブルで教科書を広げている。テストが近いからではなく、ロビーでは毎日見かける光景だ。
賑やかな場所でないと勉強したがらない、なんて変わったヤツも結構いるらしい。
ついでに言うと寮にある図書館や会議室でも同じ様に勉強したり、テストが終われば遊んだりと毎日賑やかだ。

「・・・ん?」

そんな賑やかなロビーを通り過ぎた時、妙な視線を感じた。瑛麻に向けられるあまり質の良くないものだ。
何だろうと視線を感じた方を見てみるけど、人が多くて良く分からない。

「どうしたの、瑛麻君」
「いや、何でもない、とおもう」
「何それ。あ、ひょっとして喧嘩になりそう?ねえねえ僕も誘ってよ」
「すぐ喧嘩に結びつけないの。でも何か感じたらちゃんと言ってよね、昼間も言っていたけど目立つのは本当なんだし、その、とても申し訳ないけど僕達と一緒に行動しているのが原因になるかもしれないんだから」

でも、その場合は再起不能にするけどね。なんてナオが小声で呟いてノンフレームの眼鏡がきらりと光る。
怖いって、サチも引いてるぞ。
まあでも、その可能性もあるかもしれない。何せ目立つ連中だ。この学園に入学して知り合ったほぼ全員が目立っている。
でも。

「あのなあ、ダチが目立つからって何だって言うんだよ。ンなモン全員返り討ちだ」

だから何だって言うんだ。知り合って、賑やかで楽しい友達を原因になんて絶対にしない。
キッパリと言い切る瑛麻に洗面器を抱えた2人がうっすらと、赤くなった?

「瑛麻君・・・ちょ、恰好良いよ」
「偶に妙に恰好良いよね、瑛麻君って」

サチはともかくナオまでもが顔を赤くしている。そんなに感動される事を言った覚えなんてないのに変な奴等だ。当たり前じゃないか。
もう視線は感じないけど、来るなら来いってんだ。友秋の件といい影でこそこそ文句を言うヤツは嫌いだ。好きってヤツもいないだろうけど、嫌いだ。

大浴場では全く視線を感じないものの、しばらくは警戒した方が良いのかもしれない。
和麻にも一応連絡をして、なんて考えなが大浴場に入れば相変わらずの全裸鉄砲隊がはしゃいでいて、会長に蹴られた一人が湯飛沫を上げながら瑛麻の側に突っ込んでくる。危ないっての。

「ったく、ここは風呂だっての。おい、生きてるか・・・って、え、遊佐!?」

思い切り湯の中に突っ込んだヤツを一応心配して覗き込めばぷかりと見覚えのある金髪頭が浮いて、驚いた。
だって遊佐は寮生じゃないだろ!
驚いて立ち上がる瑛麻に吹き飛ばした張本人、会長が水鉄砲片手に近づいて来る。

「遊佐も偶に遊びに来てるぞ。おい、早く復活しろよ」
「うー・・・いってぇ。会長酷いっすよ頭うっちゃったじゃないっすか」
「お前の頭は少し打った所でどうにもならんだろ。ほれ、一般人に迷惑かけない、まだ勝負は終わってないんだからな」
「もちろんっすよ。悪かったな瑛麻、邪魔して。あ、そうそう、カオルも来てるぞ」
「は?カオルも?」

カオルまで来ているのか。また驚けば遊佐は会長の後についていって水鉄砲で遊びはじめてしまう。
だからここは風呂だってのに。
呆れつつもカオルが来ているのか、と風呂を見渡せば洗い場にいるナオとサチ、それに見知った奴等の中に、いた。洗い終わったらしく浴槽に入ろうとして、瑛麻に気づいて近づいて来る。

「おー、瑛麻じゃん。そっか大風呂組だったよな。俺と遊佐も偶に大風呂入るんだぜ。偶にはでっかい風呂に来たいし」
「でかい風呂ってお前ン家もでかいだろ。水鉄砲じゃないのか?」
「違う違う、俺は普通に風呂入るだけ。あんな体力使うの無理。ホント遊佐は元気だよなー」
「それもお前に言われたくはないと思うけどな」

瑛麻もちゃっちゃと洗って、先に湯船で泳いでいたカオルの頭を叩いてから並んで湯に浸かる。大きな風呂、じゃなくて泳げる風呂だから来てるのか。
そう言えばカオルも目立つ方で、学園では有名なヤツだ。地元組だと言う事もあるけど、カオル自身も結構目立つと思う。

「なになに、そんな見つめちゃって」
「別に・・・いや、少しはあるか」
「ん?」
「いやな、昼間に言ってた事の続きになるんだけどよ」

そう言えばこの時間帯の風呂は目立つ連中ばかりだ。最初にそう教えられた時は何とも思わなかったけど、学園に慣れてきた今は少し分かる様になった。
会長をはじめ、やたらめったら有名なヤツばかりが集まっている。
確かに目立つ連中だけど、瑛麻から見れば特に何とも思わないのが不思議だけど。・・・瑛麻の場合はもっと目立つ人を恋人にしているから、かもしれないけど。
その辺りの事をつらつらとカオルと、洗い終わって湯に入ったナオに話せば2人とも真面目に聞いてから、溜息を落とす。

「和麻君にも少し聞いたんだけど、確かに瑛麻君の場合は自覚がなくて当然かもねえ。君の目は肥え過ぎているんだよ。それに、気分が悪くなるかもしれないけど親御さんも結構目立つ人だよね。経済誌と専門誌で何度か見かけたよ」
「へー、親御さんがねえ。それプラスあの人じゃあなあ」

2人揃ってうんうんと頷いて、瑛麻を見てまた溜息を落としやがる。微妙に失礼な気がしないでもないけど、考えてみればそうかもしれない。
小さい頃から側にいてくれた司佐は誰よりも恰好良くて、これは瑛麻のひいき目じゃなくて、本当に恰好良くて今でも誰もが振り返る。瑛麻の基準は全てが司佐だ。確かに、目が肥え過ぎているのかもしれない。親はどうでもいいけど。

「でもなあ、俺はやっぱ一般人だと思うぞ。どっちかって言うと和麻のが目立つし、今までもそうだったしな」
「和麻恰好良いもんなー。ってそこで納得させんなっての。いや、確かにあれは将来有望だと思うし今でも十分男前だけどさ」
「だろ。だから俺はふつーの人」
「全く、この件は瑛麻君に何を言っても無駄そうだね。まあ僕も普通の人だし、みんなもね、きっと普通の人だろうからねえ。勝手に騒がれても迷惑なだけだって事だね」
「ナオまでそっちに行くのかよ。瑛麻より嘘っぽいぞ」
「カオルに言われたくはないよ。さ、そろそろ上がろう。のぼせちゃうし、まだサチのテキストが終わってないんだ。サチ、そろそろ上がるよ」
「えー!」

湯から上がったナオがヒヨコで遊んでいるサチを引きずって風呂から出て行く。あの2人もいつも一緒だよなあと思えばちょっと微笑ましい。
騒ぎながら風呂を出て行く2人を眺めつつ、瑛麻もそろそろ、なんて思ってたらカオルも立ち上がった。


風呂から上がれば完全に個人の時間だ。
瑛麻の場合は部屋に引き籠もって問題集を広げるかパソコンを弄るかで。週に何度かは誘われて会議室でゲームしたり他の部屋で遊んだりもする。
今日はカオルと遊佐が来ているから2人に引っ張られて会議室につれてこられた。

「テスト前の勉強会!ほら、俺ら自宅だからさー。泊まれねーけど風呂上がりに勉強してから帰るんだぜ」
「・・・1人で寂しく勉強なら巻き添えがいた方が、まだ、な」

会議室は3階にあるもので、1年生が使う部屋だ。広さはそこそこで、丸いテーブルが何個もあってほぼ全席が埋まっている。
かろうじて空いている席に途中で買った飲み物を並べる。

「勉強って、随分騒がしいなここ」
「だってここに集まるの俺と同類のヤツばっかだし。本気でやる奴等は部屋か1階の図書室にいるぜ。それよか瑛麻、この前順位上だったよな、教えて☆」
「俺も教えてくれ、現国やばいんだよ」
「お前らなあ」

どうりで勉強会、にしては騒がしいはずだ。
瑛麻の座ったテーブルには既に3人座っているけど全員が菓子持参でノートに書き込むより食べる方に一生懸命だ。
隣に至っては静かなのに手に持っているのは教科書じゃなくて携帯ゲーム機で。

「ま、いいけど。で、どこが分かんねぇんだ」
「ちょっと待って小腹減った」
「いや、教科書を先に広げろよ」
「だって小腹減る時間だし食べ盛りだし」
「瑛麻はもっと食った方がいいぞ!」
「やかましい」

教科書よりも先にお菓子の袋を広げればあっちこっちから手が伸びてくる。
基本的に全員が知り合いの学園だ。瑛麻には誰が誰だか分からないけどカオルと遊佐は違う。
騒ぎながらお菓子を交換したり話したり、楽しそうだ。

勉強は全く進まないけど、この会議室は勉強より騒ぐのが目的な奴等が多いのだろう。
ぼけっと眺めていたら瑛麻にもちらほら声がかかる。

この学園に入学して1ヶ月、知り合いは少ないけど、それなりに増えた。
クラスメイトの名前と顔もようやく一致したし、調理部の連中も半分くらいは覚えた。
声をかけてくるのは少ない期間で顔見知りになった奴等で、何て言えばいいのか、少し、楽しい。
嫌々ながらも1ヶ月、結構楽しかったしようやく馴染んできたのだろうかと思う。

「ふーん、瑛麻ってそーゆー顔もすんだ。へー」
「何だよカオル」
「べっつにぃ。イイ顔してんなって思っただけ~。でさ、ここの所なんだけど」
「あ?ここって、お前これ今日やったばっかだろ。まさかもう忘れたなんで言わないよな」
「てへ。忘れちった☆」
「可愛く言うな気持ち悪い。遊佐も同じ顔すんな、って・・・忘れたのか」
「いや、俺は理解できなかっただけだ!」
「威張って言うな!」

騒ぎながらも何とか勉強をしていればカオルと遊佐が揃って可愛らしく見せようと小首を傾げるから額を叩いておく。
ぺしっと良い音が出れば周りに笑われるけど、先が思いやられる。
友秋との勉強とはまるで違うお馬鹿2人を前に、それでも瑛麻は根気よく教えていく。こっちも嫌いではないからだ。
中学時代はよくこうしてお馬鹿を前に瑛麻と和麻、それに和紀でカラフルな頭をした奴等にテスト前の勉強を叩き込んでいたのだ。カオルや遊佐なんて足下にも及ばない馬鹿さ加減に偶に手足が出たけど。
あれを思い出せばカオルも遊佐もかなり飲み込みが早い。一応ここ、偏差値高いしな、とようやく思い出した事実に一人ひっそりと感心していればカオルと遊佐も感心しきった!と言う顔出瑛麻を見つめている。

「俺今すげー感動してる。瑛麻、かなり教え上手だぞ」
「この前のテストも良かったし、意外な特技があるんだな」
「意外ってなんだ意外って。それに特技じゃないだろ、さっさと進めるぞ」

何を言っているのやら。だ。
呆れる瑛麻にけれどカオルも遊佐も感心したままの顔でノートを眺めては頷いている。変な奴等だ。


そんな感じで賑やかな勉強の時間だったけど、終了の時間は直ぐに来た。
消灯より一時間前の、カオルと遊佐が帰る時間だ。
この学園は全寮制ではあるけど、カオルや遊佐の様な地元生が少しだけいる。
地元生は寮に泊まる事は原則として禁止されていて、帰宅時間も決められている。

「寮に泊まるのも有りだと思うけどなあ」
「それすると家に帰らなくなるから駄目なんだって。それに結構遅い時間までいさせてくれるし、先に連絡しとけば帰りは先生の誰かが送ってくれるからある意味至れり尽くせりなんだぜ」
「へえ、送ってくれるのか・・・・真っ暗だもんな」

消灯時間の一時間前と言えば完全な夜で、未成年が出歩くには確かに遅い時間だ。しかも遊佐の言う通り学園の外は真っ暗で、人に出会う危険よりも違う恐ろしさがある。
慣れている2人は連絡なしに自分たちだけで帰る事も多いけど、今日は送ってもらう様だ。
送ってくれる先生は主に地元生の担任が多い。今日も担任の美里先生が車で送ってくれるそうで、会議室を出る前に連絡済みである。

「意外って言うのも失礼かもだけど、美里先生、結構世話好きなんだぜ。あれで頼りにもなるしな」
「サチには虐められっぱなしだけど良い先生だぜ」

確かに、悪い先生ではないんだよなあ。ふざけるから良い先生にも見えないけど、口うるさい教師ではないのでその辺は頷いておくべきだろう。サチに蹴られる頻度も最近やっと減っているみたいだし。

会議室から出て階段を下りながらそんな話をして、玄関まで見送るついでに買い物でもしようと思う。
寮内にはコンビにみたいな店があって消灯時間まで営業しているのだ。
周りに何もないからか、コンビにには文字とおり何でも売っていて寮内だと言うのに青果や肉まである。
自炊用だと教えてもらったし瑛麻もお世話にはなっているけど、何でもありすぎだ。

先生の話からコンビニの話になり、本物のコンビになんて車で二時間はかかるぞ、なんて言われながら歩いていたら、また、感じた。

風呂に行く時にも感じた、暗くて害意のある視線だ。

さっきも今もロビーから感じる。がやがやとにぎやかな中に瑛麻を良く思わない奴がいるのだろう。
さっきと今、同じ人物は瑛麻だけ、だからだ。
2人と一緒についてきた、会議室にいた奴らと話しつつ瑛麻の意識は暗い視線に向かう。

瑛麻は極々普通の一般人だ。目立たないし脳味噌も体力も極々普通だと思っているけど、唯一違うと言い切れるのはこの異様に鋭い感覚だ。
集中すればする程、普通じゃ感じられない何かを感じ取れるし身体も動く。
だからこそカオル達に駆け足で勝つ事も出来たし、喧嘩もできる。
極々普通の一般人だけど、この探す感覚だけは違う。

だから分かる。
暗い視線の主を感覚で探して・・・見つけた。
ロビーの奥の方にいる目立たない奴。
瑛麻の知らない奴で、友人とノートらしき物を広げているのに視線は暗く、淀んだ色で。

「瑛麻?」
「いや、何でもねぇよ」
「そうは見えなかったけど、アイツが気になるのか?」

集中していたらカオルに見つかってしまった。でも、小声で話しかけてくる。誰にも知られない様に・・・コイツ、本当は全部分かってんじゃねーのか。なんて思う事も多々あるけど、今は有り難い。
視線を瑛麻を睨んだヤツに向ければカオルがふむふむと一人で納得して耳元でこっそり名前を教えてくれた。
2年生らしい。しかも。

「時田(ときた)先輩の親衛隊。って言えば分かりやすいか。時田先輩ってのは2年SSで次期生徒会長候補の1人で・・・悪い人じゃねーんだけど・・・会えば分かると思うぜ」
「微妙すぎだろその説明。何となく分かったけどよ。ま、サンキュ」
「一応気をつけておけよ」

2人でこそこそしつつ、瑛麻を睨む理由はその時田って言う先輩だろうとアタリをつけてみる。
どう見ても瑛麻を睨んでいる生徒は弱そうで、言葉は悪いけどザコにしか思えないからだ。

「なーに2人で内緒話してんだよ。ほら、帰るぞカオル」
「おう、んじゃ、また明日~」
「また勉強教えてくれなー!」

まあ頑張れよ、とカオルが瑛麻の肩を叩いて帰った。
本当にアイツ、何でも知ってるんじゃないかと思いつつもまずは情報収集だ。

コンビニに向かいつつ適任になりそうな顔を思い浮かべて。
何でも揃ってる店の中で適任っぽい顔が好きな物を買い込む。好みがハッキリしてて楽だ。
なぜか置いてあるケーキ各種と果物をごそごそと買い込んで、歩きながら携帯電話を取り出して。

そうして。

消灯ギリギリで部屋に戻って、手に入れた数枚の紙をにんまりしながら携帯電話のカメラで記憶する。
全てを和麻に送るからだ。
瑛麻の敵は和麻の敵。この学園に入学して一ヶ月と少し、大掃除はしたもののあれはザコだったそうで、まだまだ山の様に瑛麻の敵になりそうなヤツがいるらしい。

情報源が花束を背負いつつ悪い笑みでくれた紙は主に院乃都関係で係わる生徒のリストだ。
親睦会で会長から聞いた奴らよりも、より充実した内容になってる。
個人情報、なんて言葉がうっすら浮かんだけど知らないフリだ。
ケーキ各種と果物の貢ぎ物がよほど嬉しかったのか、詳しい事情も聞かずにリストをくれた。賄賂って便利だ。
まああの人の事だから瑛麻の説明がなくても知っていそうではあるけど。

「よし、送信完了。こう言う時中等部と建物が違うって不便だよなあ」

何枚も画像データを送れば重たくて結構な時間になった。
ベッドに転がりつつメールを読んだり出したりしていたら着信が来る。和麻だ。

『兄ちゃん、どこで手に入れたかは聞かないけど何かあったの?』
「今の所は睨まれただけ。気になるから賄賂片手に貰ったのがそのデータな。和麻も気をつけとけよ」
『僕より兄ちゃんが気をつけなきゃだと思うけど、ありがたく貰っておくよ。何かあったら直ぐ連絡、分かってるよね?』
「分かってるし和麻も同じだかんな。ちゃんと連絡しろよ。そんじゃおやすみ」
『もちろんだよ。おやすみなさい、兄ちゃん』

電話を切って、ベッドに転がりつつ面倒くさくてそのまま布団に潜り込む。
まだどうなるかは分からないけど、明日から少し集中して探ってみようかなと。




 


back...next