太陽のカケラ...85



連休が終われば季節は少し進んで初夏っぽくなる。
私服だから変化が見えやすいのだ。

長袖が減って半袖が増え、ちらほらと夏らしい恰好の奴等が増えた。
そして、なぜか春には沢山いたユニフォームや胴着姿の連中が減った。何でだ?

「だって汗かくじゃない。汗臭いままで歩いたらペナルティだよ」
「あ、そう・・・で、まだ5月なのにノースリーブに半ズボンか。しかもフリルか」
「だって暑いもん」
「あ、っそ」

慌ただしかった最初の一月を過ぎれば少し落ち着く、と言われていた学園だけど瑛麻には差が分からない。
まあまだ連休を終えて2日目だからでもあるけど、相変わらず学園は騒がしいし野郎達で溢れている。
登校時である今も相変わらずだ。
ついでに言えば、サチだけがノースリーブで瑛麻達はまだ長袖である。朝晩はまだまだ冷える。

「それじゃ僕達は行くね。サチ、放課後、待ってるからね」
「うう、分かってるよ・・・ナオの部屋に行くからそんなに睨まないでよう」
「散々溜め込んだサチが悪いんでしょ」

ぞろぞろと教室に向いつつ連休明けからヘコんでいるサチの頭をナオが軽く叩く。
どうやら連休前に貰ってしまったテキストを全然進めていないらしく、ナオによる強制補習との事だ。

そう言えば連休前の、あの夜の乱闘騒ぎの結果は高等部には届いていない。
どうやら内々で処理する事になったらしい。この辺りの説明は和麻と会長から送られてきたメールで知って、あの中途半端な中等部の生徒会長は暫く高等部生徒会の預かりになって鍛えられるそうだ。
両者共にご苦労様ではあるが、あの乱闘のお陰であちこちに配布されまくったペナルティのテキストは瑛麻のクラスにも溢れていた。

「だってお休み前に遊ばないなんてさあ・・・そう言えば瑛麻君は終わったの?」

瑛麻の知る所だとテキストを貰ったのはサチと篤斗。それに付き合わせた桜乃の3人で、もちろん瑛麻自身もだ。

「まだ半分くらいだと思うぜ。んでもって、テキスト抱えて歩いても中身は減らないと思うぞ」
「だって切ないんだもん!」
「見せびらかしてもテキストは終わらないでしょ」
「うー」

肩を落として落ち込むサチに友秋が良かったら手伝うよ、なんて甘い言葉をかけてナオと一緒に自分たちのクラスに向かう。

あの1ヶ月を経て一番変化があったのが友秋かもしれない。
風紀委員として赤い腕章を着ける様になってからすっかり逞しくなった。
今では陰口を言っていた生徒も減り、逆に友秋のファンが増えつつあるらしい。
今もナオと一緒に歩く姿に注目が集まっている。前みたいな嫌な注目じゃない、密かに憧れる、みたいな視線だ。

「元々人気はあったし、今までが異常だったんだよ。この前の大暴れでだいぶサッパリしたし、良い方向に進んでると思うぜ」
「そんなもんかねえ」
「そんなもんだぜ。ほらサチ、いつまでもテキスト見せびらかしてねーで教室入るぞ」
「もうカオル冷たい!遊佐、もちろん慰めてくれるよね!お菓子くれるよね!」
「うぇ!?何でお菓子なんだよ!そのバッグにしこたま入ってんの知ってるぜ!むしろ俺に分けてくれよ!」
「イヤだよ足りないもん!」

寮から教室までの登校だが大抵の生徒は何かしらバッグを持って移動している。
一応進学校だから宿題もそれなりに多く、瑛麻もやっとバッグを持ち歩く様になった。

ちゃんと筆記用具も教科書も入ってるぞ!


人によって何を持ち歩くかは違うけど、瑛麻はシンプルに丈夫なトートバッグに筆記用具と教科書、それに趣味で持ち歩いている本(主に小難しい問題集)が数冊。結構重いがそれだけだ。

荷物が多いのは他の連中で、カオルと遊佐は丈夫なリュックサックに筆記用具と課題のある教科書、他は教室に置きっぱなしで後は授業中と休み時間に食べるお菓子ばかり。
週に何度かは筆記用具を減らして携帯ゲーム機が入っている事もある。

さらに荷物の多いのがサチで、大きなトートバッグとリュックサックの中身はほとんどがお菓子で勉強に必要な全ては教室に置きっぱなしである。
でも大量のお菓子を持ち込んでも数日でなくなるし、毎日新しい食料を運んでいる。なのに食事も人の5倍食べる。
少しでも食事を減らすと倒れるくらい具合が悪くなると言うのだからある意味不憫かもしれない。

「だって成長期だもん。兄さんも一緒だし」
「会長もかよ。お菓子抱えて登校してんのかあの人」
「自分でも持って行くけど差し入れでたっぷり貰えるからすごく嬉しそうだよ。毎日」
「・・・あ、っそ」

ちなみに、学園で暮らしていると財布は必要ない。
全てカードで支払いできるからで、むしろ現金支払いの方が不便かもしれない。
なにせ学園にあるATMは教師棟に1台だけだからだ。


テキストからお菓子の話になりつつ教室に入ればいつもの授業だ。
概ね最初の時間にホームルームで主な連絡事項が伝えられる。週の半ばは特に連絡事項もないから雑談みたいなものだけれども。

「えーと、そろそろ説明しろって先生が言うから。・・・言うのヤダなー。いやね、みんな知ってるだろうけど、まあ一応お約束って事でね」

教壇に立ったのは教師じゃなくて委員長の工藤と副委員長の林野だ。
2人とも目立つ所はない普通の生徒だけど、クラスのまとめ役として中々に優秀だ。
そして、生徒が教壇に立つ時は何かしらの行事の説明になる。教師も説明するけど生徒が説明する時もある。

「ん、何かあったか?」

ざわつく教室の中でもちろん分かっていないのは瑛麻1人だ。
カオルの方を見ればにやりと妙な笑みを見せられて、遊佐も同じだ。

「工藤が説明してくれんだから聞いてからでいいだろ。半分は瑛麻、すげー喜ぶぜ」
「そうだぜ。まあ毎年同じ説明からだしな」
「んだよそれ」

教えてくれないらしい2人から視線を逸らして教壇に立つ2人を見る。
林野がプリントを配っていて、前の席からまわってくる。瑛麻の所までプリントが来るのと同時に工藤が微妙な顔で説明をはじめた。

「学年最初のお約束だよね。えーと、これから1年間、おっきな行事、課外授業とか校外学習とか体育祭、文化祭とかだよね。まあそんな訳で僕達、高等部1年は中等部の3年生と一緒に動くことになりまーす」

プリントを見ようとした瑛麻に工藤の説明がばっちり聞こえて耳が大きくなる。
だって今、何て言った!?

「マジでか!和麻と一緒か!」

普段の瑛麻らしからぬ大声に、でも誰も驚かずに笑うだけ。教壇の工藤も笑って、溜息を落とす。

「そうだよ。だからイヤだって言ったのにさー。あのね瑛麻君、すごい嬉しそうなのは分かるんだけど、学年で一緒だからね。一応クラス単位で行動するけど基本くじ引きだからね。外しても恨まないでよね。何でそんなにイイ笑顔なのさもう。話進めるよ」

この1ヶ月ですっかり瑛麻の弟バカが広まっての態度だ。
もちろん、今頃中等部3年の和麻のクラスでもあまり変わらないやり取りが繰り広げられていると思われる。

「あ、何だそのくじって。おいカオル、説明してくれ」
「すげー活き活きしてるし・・・後で説明すっから今は工藤の説明聞こうぜ」

カオルも笑って黒板を指さす。
黒板には林野が何やら日付と、すっかり忘れていた言葉が書かれていて。

「校外学習・・・?」
「やっぱ忘れてら。田植え体験と草むしりだよ。まあ俺らは草むしりの方だけど」
「はあ?何で草むしりなんだよ」
「だって田植え体験は中等部向け、主に1年向けだし。その他は有り余る体力そぎ取るのが目的だから草むしり」
「なんだそりゃ」

そう言えば結構前に言っていた様な気がするがさっぱり内容が頭に入らない。
丁寧に説明してくれる工藤には悪いけどプリントを見ても何をするのかさっぱりだ。

そもそも瑛麻の辞書に草むしりなんて言葉はない。
小学校も中学校も都会ならではの校舎でグラウンドも地面じゃなかった。もちろん芝生でもない。
一応説明を聞きつつ、プリントを読んでも首を傾げる瑛麻にカオルと遊佐が笑って、またまた~なんて言っているけど。
本当に何も知らないと知って驚くのは、同じく何もしらない和麻が来た昼休みの食堂だ。

「はあ!?お前らホント知らねーのかよ!草むしりって、言葉通りじゃねーか!」
「だから何で草を取るのか理解できねえ。何で取るんだ?」
「綺麗に生えてるのをわざわざ取るんですか?」

兄弟仲良く座りつつそれぞれ注文した昼食をつつきつつ、呆れ顔の遊佐に揃って首を傾げる。
心の底から分かっていない表情で、既に説明を諦めたカオルは遊佐のハンバーグを一口奪って横を向いている。
説明する気にもならないのはサチとナオで、そもそもこの2人も入学当時は瑛麻と同じだったからあまり強くも言えない。遊佐だけが諦めずに説明してくれている、とも言う。

そんな賑やかな席は当然ながら目立って、なのにもっと目立つヤツらが吸い寄せられて来る。
瑛麻達がいれば寄ってくる会長と鏑木だ。

「何だか懐かしいやりとりしてるな、お前ら」
「まあ説明しても無理なもんは無理だと思うぜ。どうせ当日になりゃ思い知るって。遊佐、頑張ったご褒美にプリン1個分けてやる」

この2人も夏っぽい服になったらしく半袖で、それぞれ腕章と鏑木はエプロンをつけたまま、相変わらずデザートだけを山盛り乗せたトレイを持っている。会長のトレイはサチと同じだ。
笑いながらも勝手に瑛麻達のテーブルに座って頑張った遊佐の前に小さなプリンが置かれる。
甘い物好きな鏑木は気前が良いと言うのか同じ道に巻き込もうとしているのかは分からないけど、昼食時に同じテーブルになると高確率で周りに小さなデザートを分けている。

「サンキューっす先輩。カオル、ハンバーグと交換でドリアよこせよな」
「ちぇ」

ついでに会長が一緒のテーブルに座れば全員分の飲み物を親衛隊の人が持って来てくれる。かなり便利だ。
もちろんちゃんとお礼を言って、今日はどうやら中等部の生徒らしい、ちまっこい可愛らしい子に微笑みかければ顔を赤くされて逃げられた。

「かーわいいなあアレ」
「兄ちゃん無自覚でタラすの良くないよ、もうかなり目立ってるんだからそろそろ気をつけないと」
「俺が目立ってる・・・?」

目立ってるのは会長とか鏑木とかサチとかだろう。
意外な和麻の言葉に寄りかかりながら首を傾げれば全員から睨まれた。
え?何で睨まれてるんだこれ。

「やっぱり気づいてなかったんだね。瑛麻君らしいけど、ねえ」
「あのね、外部生でその名字で派手に動いてて、目立たない訳ないよね」
「おまけにラブラブだし、結構目立つしな、お前」

ナオ、サチ、会長に呆れられながら説明されてもさっぱりだ。
いやだって、目立つって有り得ないだろう。首を傾げれば和麻に溜息を落とされる。
そんな中でカオルだけがにこにこしながら、いつの間にか鏑木から貰ったケーキを食べつつ瑛麻を見ている。

「瑛麻、自分が目立つタイプだって自覚ないだろ。見た目も中身も行動もぜーんぶ、目立つんだぞ、お前」
「・・・は?」

とても、不思議な事を言われた気がする。ストローを銜えたまま驚く瑛麻に、でも周りは頷いている。
当然だと言わんばかりの頷きっぷりに流石に瑛麻も焦るけど、全く理解できない。
だって目立つって言うのは会長とか鏑木とか、周りの奴等とか、司佐とか。瑛麻なんてその中で埋没する普通の一般人だ。
目立つなんて有り得ない。全員で頷かれても、有り得ない。
見た目も中身、たぶん頭も、行動だって普通のハズだ。いや、行動に関してはちょっと目立っているかもしれないけど、それだって言われる程のものじゃない、ハズで。

「だから兄ちゃんなんだろうけどねえ。別に目立っても良いけど何かあったらちゃんと連絡頂戴ね。じゃないと怒るから」

考え込む瑛麻にまた周りがわいわい言い始めるけど、全く理解できなくて唸っていたら和麻に頭を撫でられてぎゅっと抱きしめられた。
可愛いなあ、なんて思って抱き返せば呆れた溜息が沢山聞こえるけど別にいいじゃないかいつもの事だろうが。

「じゃ、そろそろ時間だから僕は行くね。また後でね、兄ちゃん」
「おう。調理室でな」

部活もする様になった。
瑛麻と和麻は週の半分くらいを調理部で過ごしている。カオルと遊佐も調理部員だけど、相変わらず得体の知れない物体を作っては鏑木に蹴られている。その鏑木は風紀の方が忙しい様で、週に1度顔を出せば良い方だ。

席を立つ和麻にひらひらと手を振ればナオが立ち上がって和麻の側に立った。

「僕も早いけどもう行くよ。購買に寄って行きたいし、じゃあね」

和麻だけでも目立つけどナオが隣にいるとさらに目立つ。
会長と鏑木がいるから元々目立っているテーブルだけど、移動する和麻とナオにもかなりの注目がいく。

ほらみろ、やっぱり目立つのはそっちじゃないか。
横目で立ち去る2人を眺めていたら隣に座っていたカオルに軽く肘で突かれた。





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