太陽のカケラ...82



司佐は器用だ。昔から料理上手で家事も上手でカクテルを作るのも上手いと評判だ。
全体的に何でもこなせる人で、駄目なのは学校での勉強くらい、らしい。
でも出身校は瑛麻の入学予定だった進学校で、卒業後は大学に行けたのに行かずに喫茶店を手伝いつつ飲み屋を数件はしごしながら働いていた。
その頃には町内では誰もが知る有名な人になっていたからあちこちから誘いがあったけど、全部断って働きながら調理師免許を取って、成人して少し経った頃に君琉とバーを立ち上げた。
働く事、人と接する事が好きな司佐だから前々から店を立ち上げるつもりだったらしく、君琉には高校を卒業した頃から予約をされていたみたいだ。
開店したバーは開店当初から結構な人気で、もうそろそろ店舗を増やすかも知れないと数ヶ月前に話していた。
だから、あくまでもアクセサリー製作は趣味、らしい。

「これ作るのも好きだけどな。どっちを選ぶって言われりゃ今はバーの方だな。瑛麻、赤と白、どっちがいい?」
「うーん、お任せでいいんだけど俺が言って良いなら白かな」
「じゃあ白だな」

工房の材料を勝手に使いながらするすると皮にシルバーと硝子のパーツを編み込む司佐を観察しつつ、コーヒーとケーキを持ってきてくれた工房の女性に観察されつつブレスレットが出来上がっていく。本当に器用だ。

「司佐の作るアクセサリーってバカみたいに人気なのにもったいないわねえ」
「趣味だからな。お前のが上手いだろ。予約しないと手に入らねえブランド立ち上げてんのによ」
「上手なのと好かれるのとはまた違うのよ。全く、いろいろありすぎて溢れてるのも問題よねえ」

工房の女性が呆れた風に溜息を落として肩を竦める。
相変わらずだけど、本当に司佐はびっくりするくらい何でもできる。
工房の女性の愚痴なのか褒め言葉なのか、いろいろ話しているうちに司佐の作ったブレスレットができあがって瑛麻の手首に巻かれる。
皮と司佐が依頼したシルバーと硝子が編み込まれた男性物にしては繊細さの目立つ物だ。
でも、瑛麻に良く似合っている。

「・・・何か変な感触だけどすげー嬉しい。司佐、ありがと」
「どういたしまして。ま、俺が作りたかっただけだ。それと長い間邪魔して悪かったな。後で請求書送ってくれ」
「また来てね。その子も一緒に。他にも連れてきて良いから待ってるわよ」
「おう、またな」
「え、もう行くのか?」

これじゃ店じゃなくて工房を借りに来ただけじゃないかと瑛麻だけが驚く。
時間は1時間以上経っているけど、店を見に来たんじゃないのかと。

「ああ、用事は済んだしこれ以上いると旦那に捕まって宿に行けなくなるぞ」
「そんなになのか」

友人は工房の女性だと聞いていたから司佐に気があるのはそうだと思っていたのに旦那の方だったのか。
誰にでもモテる司佐だからすんなりと納得してしまうし、不思議にも思わない。

「悪いわねえ。ま、あれでも旦那だし離婚する気もないし一応好きだから後でとっちめておくわ。今日は楽しかったわ、今度は君に似合いそうなアクセサリー用意しておくから司佐にオネダリしてね」

ぱちん、とウインクした工房の女性が司佐じゃなくて瑛麻に声を掛ける。どうやら奥さんは瑛麻を気に入ったらしい。

「気に入るのがあったらな。んじゃ、行くぞ」
「え、っと、お、お邪魔しました?」

そんな工房の女性を司佐が軽く睨んで瑛麻の手を引いて足早に工房から出る。
店には入らずにそのまま車まで戻って、また出発だ。

「ったく。腕はイイのによお」
「俺にはよく分かんねえけど、これ、すげー嬉しいしイイなって思う。ホントに貰ってもいいのか?」
「当たり前だろ。ああでも風呂の時は外した方がいいな。後は好きにしろ。中々忙しくて構ってやれねえから罪滅ぼしと、純粋にプレゼントだ」

店から宿までは車でそう遠くない距離で、話ながら丁度信号で止まったタイミングで司佐がふわりと瑛麻を見て微笑む。
強面なのに笑みが優しくて、泣き出しそうなくらいに嬉しくて。

「それ、反則だろっ・・・なあ、キスしたい」
「車ではしねえよって言いてえが」

タイミングの良さが今日は瑛麻にもあるみたいだ。対向車も後続車もいない、可愛らしいピンク色の車だけが赤信号で止まっている。
期待を込めて司佐を見つめていれば頬に手が伸びて、軽く触れられて、重ねるだけの口付けを貰えた。

「・・・続きは、宿だよな」
「だから期待し過ぎだっての」

だってそのつもりだし。
声に出さずに司佐を見つめて、そのまま可愛らしいピンクの車で宿に到着した。



時刻は夕暮れ前。宿に入るには丁度いい時間だ。
連休だけあって客は結構入っていて、見るからに高そうな旅館はカオルの家ほどじゃないけど広くて古めかしい。

「結構な人気だって聞いたぜ。まあ仕事中だろうけど」
「気の毒だなあ。お土産、買うんだろ?」
「帰るときにでも見繕うさ。温泉饅頭、定番だろ」
「んー・・・」

チェックインの時間にも重なったみたいでロビーには人が多い。
家族連れや恋人同士に見える人達やら。全員が司佐に注目するのはもう当たり前の事だから気にならないとしても、旅館の人まで司佐に見惚れるのはどうかと思う。仕事、荷物落としてるし・・・。
司佐と顔を見合わせて苦笑して、ちょっとした騒ぎの中で案内された部屋は何と離れだった!

「うわ。ますます気の毒・・・」
「心の底から気の毒だな、これ」

何でもこの旅館に2部屋しかない離れだそうで、その1つが瑛麻と司佐。もう1つは和麻と君琉が泊まる予定だったのがキャンセルされ(僕と君琉が離れに泊まって嬉しいとでも?別に2人で泊まるのは良いんだけどよ、何しろってんだよ、ああ?by和麻&君琉)、あっと言う間に飛び入りの客が入ったと言う、まあ豪華な部屋だ。
この部屋を置いて仕事だなんてかなり不憫だと、離れに感心するより前に心から同情してしまう。
そんな2人に案内してくれた旅館の人は不思議そうにしていたけど、流石客商売、離れに男2人の状況にぶしつけな視線を送る事もなく普通に案内してくれた。

「はあ、風呂まであるんだここ。司佐、お土産張り切ってあげた方がいいんじゃねえのかこれ」
「だよなあ。俺もここまでとは思わなかった。夕食も朝食も部屋に運んでくれるんだとよ」
「うへえ。今頃泣きながら仕事してんじゃね」
「確実にな。まあ俺らはラッキーだって言う事でのんびりさせてもらうか」

案内の人がいなくなって部屋に2人。
苦笑してから笑って、早速浴衣に着替える事にする。

部屋は和室と洋室が半分。はじめてみる造りだ。
入り口からテーブルのある部屋の半分が畳で、あと半分が絨毯にベッドの洋室。風呂は室内だけど温泉らしく、結構でかい。
浴衣は洋室の方にあって司佐と一緒に着替えるのだけれども。

「・・・着方、知ってるのか?」
「知る訳ねえだろ。あー、ま、適当でいいか。外出ねえしな」
「うん」

2人揃って着方がよく分からない。しょうがないから適当に羽織って帯で巻いて、やっぱり司佐は似合う。何を着ても似合うなあと思えばじっと見られる。

「瑛麻、お前やっぱ痩せたろ。さっきの手首でも思ったんだけどよ、和麻に言われてもしょうがねえぞそれ」
「う・・・」

この春から変わりまくった環境と元々の食の細さ、と言うか関心のなさで実は服がゆるいかも、なんて思っていた瑛麻だ。
反論もできずに視線を逸らせばくつくつと笑われる。

「まあ倒れる程じゃなきゃイイけどよ、飯はちゃんと食えよ。お前、好きでも嫌いでもねえから変に危なっかしいんだよ」
「うう・・・」

全く反論できない。怒られている訳ではないけど自覚もあるし、何よりこの細さのせいで散々な目にあった瑛麻だ。
これはもう無理矢理にでも食べた方が良さそうだと、でも司佐から視線を逸らしたままじりじりと逃げれば直ぐに捕まる。
あれ、いつもは捕まえずに笑うだけなのに珍しい。と思えば司佐の携帯電話を目の前に差し出され。

「和麻からのプレゼント。似合うよな、俺も驚いたぜ」
「・・・・!!!」

映っているのは散々な目にあったまさにその画像だ!
会長のお下がりを着たかなり恰好良い和麻と、その腕に寄り添う様に(ヒールが辛くて寄りかかっていた)微笑む・・・ドレス姿の瑛麻。
写真はあの会場の、騒ぎが起こる前に撮ったものの1枚だ。他の奴等の仮装も結構撮りながら騒いでいた記憶があるのだが。

「ど、どうして、つ、司佐に・・・」

何も司佐に送らなくてもいいじゃないか!ますます逃げたくなる瑛麻だけど、当然ながら逃げられない。
冷や汗が背中を伝う気持ちで恐る恐る司佐を見れば楽しそうににやついている。
瑛麻に後ろから覆い被さる様にして携帯を開いて自分でも見ているのだ。

「以外と儚げ属性だったんだなあ。いやあ化けるもんだ」

体勢的には良い感じなのに生きた心地がしない。折角の甘い雰囲気もデートな気持ちもすっとんでいる瑛麻に司佐がひとしきり笑って、携帯電話を仕舞って軽く抱きしめる。

「怒ってねえって。なに涙目になってんだよ」
「だ、だって」

衣装が衣装だ。しかもフルメイクだ。ちゃっかり抱きしめてくれる司佐の腕に捕まりつつ懐きつつ声が震える。司佐が何を考えているのかさっぱり分からなくて怖い。

「面白そうな所だなって和麻と笑ってただけだ。別に女装しろとか言わねえし、どうせなら楽しんでやりゃあいいんじゃねえかってのが俺からの話だよ。んで、今見せたのは着替えるついでな」
「じょそう・・・」
「そこだけ呟くな。ったく、悪かったよ虐めて」

頭が真っ白になった瑛麻に司佐が笑って、身体の向きを変えられて口付けしてくれた。
最初は触れるだけで、でも一度で終わらず何度か、重ねて深くなって司佐にしがみつく。
角度を変えながら舌を絡めて味わって。口を離せば温度が下がった気持ちでつい追いかけてしまう。
普段はこれでお終いだけど、今は違う。誰もいない離れで、慣れない空気と着慣れない浴衣。着方を知らない2人だから直ぐにはだけるし、ベッドはすぐ側。

「・・・司佐、もっと」
「いいぜ。夕飯までまだ時間あるし、折角の旅館だもんな」

離れた唇を追いかけてまた口付けされて、近くにあるベッドに移動する。
洋室は寝室なのか、和室との区切りは襖だけで薄暗い。窓にも襖があって変な感じで、灯りをつけなくても程良い暗さと言うべきか。
ベッドの上に座る司佐の隣に瑛麻が膝で立って口付ける。額と鼻先と唇と。こんな風に触れられるのが嬉しくてついついあちこち口付けてしまう。
司佐はくすぐったいらしくて笑顔だけど、手は瑛麻の腰に触れていて帯を外された。既にはだけていた浴衣の前が開いて、胸元に触れられる。愛撫ではなくて確かめる様な動きで大きな手の平が温かい。

「くすぐってえって」
「ごめん、楽しくてつい」

恋人同士だけど、こんな風なじゃれあいは滅多にないと言うか、片手で数えるくらいだ。
忙しい上にいちゃつく場所も限られるし、何より司佐のガードが堅くてなかなか進まなかった。
それが悲しかったと言えば悲しいけど、楽しかった気持ちも大きい。

瑛麻の一方的な片思いから、この高校進学で少し進めたのだろうか。
昼間にも感じた気持ちの変化はここでも瑛麻の心を柔らかく満たしてくれる。

触れられる距離に司佐がいて、口付けて浴衣を脱がせて裸になって。部屋は暑くなく、むしろ肌寒いのにじわりと汗が浮かぶ。
瑛麻からの口付けはベッドに転がされて司佐からになって行為が進む。





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