太陽のカケラ...81



念願の、と言う訳ではないけど、司佐とのデートだ。しかも一泊!
まあデートと言っても直前まで和麻を巻き込むつもりだったから慌てて予定を組み直したのだけれども。でも、デートはデート。かなり嬉しい。

いつも忙しい司佐を1泊独り占め。なかなかできる事ではないのだ。

そう。司佐は忙しくて学生の瑛麻とはなかなか時間の合わない人でもある。
基本的に夜の仕事で休みは平日。まずそこで合わない。
こんな大型連休に司佐が休みを取るなんてかなり珍しい。それも、瑛麻の為に取ってくれた休みだ。

「まあなあ、瑛麻の為なんだか和麻も一緒だと思ってたから近場で悪りぃな」
「俺も一緒だと思ってたし、それに、忙しいのに悪いなあ、なんて」
「気ぃ使いのガキが生意気言うなっての」

まあ休みと言っても朝帰りだからまずは仮眠で。
司佐の部屋で和麻も一緒にぎゅうぎゅうになって眠ってからの移動だから時間は既に午後。昼食は喫茶店で食べて司佐の車で出発だ。
車は普段司佐が使っている大きな車じゃなくて、小さな乗用車だ。
どうやら司佐の車は美咲が使うらしく、この車は借り物らしい。誰の物かは知らないけど、美咲経由だとの事だ。

「んで、ドコ連れてってくれるんだ?」
「一応都内だぜ。ダチがやってるちっさい店と、その近くにある旅館。この車の持ち主がダチと彼氏とダブルデートだって泊まる予定だったのに全員仕事でおじゃんになった。んで、まるごと俺に回って来たってオチだ」
「・・・連休なのになあ」

何とも都合の良い話だけど司佐に限ってはそうでもない。なぜか司佐はこう言う事がものすごく多い人だ。
タイミングの良さと言うか、全体的な運の良さと言うか。楽をして生きている訳ではないのに絶妙のタイミングでの運がすこぶる良い。これは美咲も司佐の両親も似た所があるから一家全員福の神かもしれないとひっそりと思っている。
・・・ピンク色の可愛らしい車の訳も判明して心の中でうっすら笑ったりもしたけど。
そしてダブルデート。4人で来る予定だったから丁度良いと和麻と仕事帰りの君琉を捕まえる予定だったとの事だ。まあ2人には振られたから1部屋はキャンセルしたとの事だけど。

「結構良い部屋だって話だぜ。ってもお前らの世話になった家があんなに立派だったとは知らなかったからよ、確実に目的地の方がまあ察しておいてくれ」
「だから構わないって。なんかさ、司佐とこうやってドライブ?も滅多にできねえし、ま、ましてや泊まるなんて、さ・・・」
「最後まで言い切れっての・・・期待した目で見んな」
「いいじゃんか。期待するなって方が無理だろ。つか、俺はそのつもりで来てる!」

当然だろう。じゃなかったら日帰りで十分な距離だ。
運転中の司佐にちょっかいは出せないからじっと見つめて、正直景色よりも運転席を見ていた方が瑛麻としては嬉しいからひたすら、穴が空くほどに見つめている。

「・・・最後まではやらねえぞ」
「えー」
「あのなあ、いやな、確かにそう言う関係だけどよ、いきなりじゃ無理だろーが」
「う、そりゃ、でも」

その前にこんな天気の良いドライブ中の会話でもないだろうと、司佐の手が伸びてきて頭を乱暴に撫でられる。
司佐の言い分ももっともだとは分かっているし、まあ、その、かなり大きいのも知ってるから思わず思い出して顔を赤くしてして言葉が止まってしまう。
もちろん行為の最後まで、の知識があるからで現実問題として司佐ときっちり最後までやりたいなあとは思う瑛麻だが、あれが、と思えば想像でもちょっと止まる。

「何を想像してんだこら」
「・・・ごめんなさい」

今度は軽く小突かれて素直に頭を下げて、折角なので手を握ってみる。
道路はしばらく真っ直ぐだし少しくらい、と司佐を見ればちらりと視線が合った。

「ったく。暫くは真っ直ぐだからいいぞ。寝足りなかったら寝てろ」
「そんなもったいない事しねえよ」

睡眠時間は司佐も瑛麻も同じだし、そもそも仮眠から起きてまだそんなに経っていないから眠気もない。
あるのは高揚した気分と司佐の手を握っている幸せな気持ちだけ。

握っている手は左手で、大きくて厚い。
水を触る事が多い手だから少しかさついていて指先は荒れている。ツメは短くて親指と人差し指、小指にシルバーのゴツイ指輪があって、手首にもゴツイ時計とブレスレット。
両手で握って、怒られても楽しいから離さないで指を絡めて。

「楽しそうで何よりだよ・・・」
「ん、すげー楽しい。早く宿につけばいいのになって思ってる」
「こーゆー時だけ張り切るんじゃねえ」

それは無理だ。と言うか経験からして恋人であっても積極的にアプローチしないとなかなか折れてくれない。だから瑛麻は積極的になるのだ。
そして、恋人だと、そう言ってくれる嬉しさよりも相変わらず瑛麻の想いの方が重いんだろうなあと思っているからこその行動でもある。
ここで一歩でも引いたらあっと言う間に恋人から近所のお兄さんになりそうな恐怖があるからだ。

司佐はちゃんと恋人だと言ってくれるしキスもしてくれるし、それ以上はこの前進んだけど、どうしたって男同士で瑛麻はかなり年下でまだ子供で、不利な条件ばかりだから多少恥ずかしくとも行動に出す。
司佐はそんな瑛麻の気持ちを分かっているのかどうかは知らない。
瑛麻が司佐の事を好きだから、触れたいしキスしたいし裸で抱き合ってできればさらに先にも進みたいし・・・好きだと言ってほしい。

瑛麻からは何度も言っている言葉はまだ一度も貰えていない。それが瑛麻を不安にさせるけど、いつか言ってくれたらいいなと思っている。
昔は言葉のなさに泣き出しそうな不安を抱えていたけど、最近になって少しだけ気持ちが変わった。
山奥の高校に放り込まれて新しい仲間に囲まれて瑛麻の世界が変わったからだろうか。
司佐とは離れてしまって電話もろくにできない1ヶ月だったのになぜか不安が減った。

握ったままの大きい手に昔ほどの不安を感じない。
デートに誘ってくれたからか、それとも離れて分かる何かが瑛麻の中にあったからなのか。それは知らないけど、顔がにやけるのは一緒だ。

「普段は取り繕った“おすまし顔”してんのによ。瑛麻、また変な笑い顔になってるぜ」
「・・・っ」

運転してるくせにそんな所は見逃してくれない司佐が面白そうに笑った。



そんな、恋人らしいドライブを経て到着したのは都内なのに緑の多い、連休なのにあまり混んでいない所だ。
車が止まったのは司佐の友人が経営する店の前で、アクセサリーショップらしいと言う説明なのだけれど、も。

「・・・なあ、司佐」
「分かってる。言っていいぞ」

休日だからそこそこ客は入っているみたいだけど流行っている感じはない。
造りはログハウス風で、そこそこ広い感じだ。
ただ、外から見える店構えとしてアクセサリーが全く見えない。見えるのはなぜか野菜各種な農産物。入り口にはカフェに置いてあるみたいな小さな黒板があって書かれている文字はランチメニュー。

「いや、止めとく。シルバーなのか?」
「他にもいろいろやってるぜ」
「ふうん。で、畑と料理も含まれるんだ」
「結局言うんじゃねえか。ここは夫婦でやっててな。奥さんが俺のダチで旦那が料理好きなんだと」

そうか、会いに来た友達は女性か。まあ結婚してるし、とは思わない瑛麻だ。
だって司佐は『モテる』。じっと店に入ろうとする司佐を見上げてもあまり効果はない。このあたりの微妙な気持ちは司佐の中に存在しないからだ。

瑛麻の視線に全く気づかずに司佐は店の扉を開けて、店内全員の視線を独り占めする。隣にいる瑛麻には誰も注目しない。

「いらっしゃ・・・司佐さん、来てくれたんですか!」
「ああ。近くに来たんでな」

そして驚いた声を上げるのは店の店主っぽい、司佐より少し年上に見える青年だ。
黒いエプロン姿の青年は満面の笑みでわざわざカウンターから出てくる。もちろん瑛麻に視線は向かない。司佐が目立ち過ぎるのだ。
けど司佐はちゃんと瑛麻を前に出して一緒だと言葉なく知らせてくれる。すると青年が驚いた顔で瑛麻を見て、司佐を見てまた瑛麻を見る。どう言う見かただ。
司佐も呆れて瑛麻の肩に手を置くと軽く抱き寄せてくれる。

「あのなあ。ったく、奥行くからな」
「す、すいません。どうぞ」

どうやら食事をする訳ではないみたいだ。瑛麻の肩に手を乗せたまま誘導されて、周りの視線でざくざく刺されつつ奥に行く。

奥は店じゃなくて、工房みたいだ。瑛麻には良く分からない機材がみっしり詰まったそう広くない、プレハブ?だろうか。
扉は引き戸で司佐が勝手に開く。

「ういっす。やってるか?」
「あら!司佐じゃない!やっだ久しぶり相変わらずイイ男ねー。あらあら、随分可愛い子連れて、まさか、司佐なのに犯罪なの?貴方なら選り取り見取りじゃないの!」
「とりあえず黙れ。やかましい。瑛麻が驚いてるだろうが」

良く喋ると言うか勢いのある人だ。さっきの青年も言葉なく結構な感じだったけど、こっちはこっちでまた別のタイプみたいだ。
年齢はさっきの青年と同じくらいの、ラフな恰好で長い髪を一つに纏めた人だ。
美人とは言えないものの妙な華やかさがある。勢いに飲まれた瑛麻は半歩下がって司佐の背中に隠れれば近寄ってきてじっと見られる。

「ちょっとイイわねその子。何なに、司佐とどーゆー関係?ちょっとお姉さんの所に来ない?貴方に似合いそうな指輪があるのよ。ネックレスもお揃いで。いいわあ創作意欲を刺激してくれるわこの子」
「だから黙れっての」

勢いがよすぎる。興味津々過ぎる視線に司佐が呆れて瑛麻を背中に隠してくれるけど、追いかけられる。司佐の友人じゃないのか、司佐の方がイイ男だからそっちに行ってくれと一歩逃げればじりじりと追いかけられる。

「・・・司佐」
「分かってる。だからどけっての。帰るぞ。返品だからな」
「あ!それは嫌よ!折角作ったんだから持って行って貰わなくちゃだし食事もしていってよ!旦那が司佐のファンなのよう!」
「知ってるけど、正直あの視線は辛いから早く帰りてえんだよなあ・・・」
「それはまあ、ごめんねえと言っておくけどイイ男なんだからそれくらい我慢しなさいよ。はい、注文してくれたやつよ」

どうやら司佐かアクセサリーのパーツを注文していたらしい。しっかりと背中に隠れながら除き見ればシルバー細工のパーツが数点と、司佐にしては珍しい硝子細工のパーツがいくつか。瑛麻は興味のない世界だから見る事はあってもそれだけだ。
今も司佐が受け取ったパーツを検品しても何とも思わない。そんな瑛麻を珍しそうに見るのは工房の女性で。

「珍しいわねえ。親しそうなのに司佐のアクセサリーに興味ないんだ」
「俺は別に、ないなあ」

司佐はアクセサリーが好きで耳も首も手首も指もじゃらじゃらしているし、司佐に憧れる人は皆もれなく同じだ。身近な例で言うと桜乃がそうだ。
でも瑛麻も、そう言えば和麻もアクセサリーに興味がない。恰好良いなあと思う事はあってもそれだけだ。

「コイツは別。でもそんなんだから飾ってみたくもなるってもんだ。ちょっと借りていいか?」
「もちろん良いわよ。折角だからコーヒーくらい奢るし持ってくるわね。君、ケーキとか食べる?」
「俺?俺はコーヒーだけで」
「持って来てくれ。瑛麻、もちろん食うよな」

食べないと駄目らしい。工房を借りると言った司佐が勝手に道具をいくつか取り出して、その辺の素材も手に取りながら司佐を睨む。
腹は減ってないと言っても無駄だから大人しく頷けば工房の女性が驚いた顔になってから、大声で笑って店に行く。

「?」

何だろう。不思議な感じだ。
首を傾げれば司佐に手招かれるから近づいて、手を取られる。

「成長期なんだからもちっと太くなったかと思ったんだけどなあ」
「だから1ヶ月くらいじゃ変わらねえって。手首?」
「ああ、お前に似合いそうだと思ってな。だからこの店に来たんだ。旦那はアレだし嫁もアレだけど、良いのを作るから偶に注文しててな。よし、こんなもんか。ちょっと待っててくれな」

ひょっとしなくても、瑛麻の為に作ってくれるのだろうか。
アクセサリーに全く興味のない瑛麻だけど、それとこれとは話は別。司佐がわざわざ作ってくれるなんて!
しかも既製品じゃなくて、手作り。まあパーツは別だけど、それだって司佐が考えて発注したもので。

「・・・泣いていい?」
「これくらいで泣くなバカ」

感動と嬉しさで胸の奥がぎゅっとなってしまった。





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