太陽のカケラ...80



果物を全員で突きつつ飲みながら話しは続く。
主に両親の離婚と転校に関する事だ。今時だから離婚は良く聞く話だけど、その後の展開が嘘みたいな話で結構な笑い話になったらしい。この辺りでは。
それと。

「怒ったけどね。離婚するにしても転校までセットなんて、それも2人ともしっかり進路まで決めていたのに山奥の学校なんて何事だと思ったよ」
「お前らだったら2人だけでいいのに余計な事すんなよってな。ま、楽しそうで良かったぜ」

ここでも怒ってくれる人がいた。
確かに突然過ぎたし、和麻の話によれば瑛麻が逃走した翌日には院乃都の家に引っ越したから何の猶予もなかったらしい。
引っ越すにしてももうちょっとやり方があるだろうと、2人も怒ってくれて、商店街の顔なじみ達も同級生達も怒ってくれたらしい。

嬉しいなと思う。
普段は馬鹿ばかりやっている悪友に心配されて、楽しそうだと安心されて。

「何か、サンキュな」
「ありがとうね、2人とも。嬉しいなあ。僕ら、幸せ者だよねえ」

ほっと息を吐いて改めて正反対の2人を見ればそれぞれ果物を食べつつ小さく首を傾げて、気にするなと笑う。

「当たり前だろ。テスト勉強一緒にしてくれて喧嘩もしてくれるなんてダチはあんまいねーんだからよ」
「アキラ、いい加減年下に教わるの止めた方がいいと思うけど。俺も瑛麻が後輩になるなーって思ってたから余計に、ね」

その後も学園の話や、最近の話題で盛り上がって、飲み物がなくなる頃には程良い時間になっていた。
夜遊びの本番である深夜だ。
コーヒーショップは24時間営業で、深夜になると酔っ払い客が増えて結構な騒ぎにもなる。外も喧噪で溢れていてぼちぼちはじまる時間だ。

「お、喧嘩のお誘いが来たぜ。どうする?」

そう、酒が入った深夜の繁華街ともなれば小競り合いから本格的な喧嘩まで選り取り見取りだ。オマケに連休だから気の緩んだ奴等がいつもより多めに騒いでくれる。
アキラの携帯にお誘いのメールが来て楽しそうに立ち上がる。
和紀も立ち上がるから2人は参加らしい。

「僕は行くよ。久々だし、ストレス解消しなくっちゃね」

和麻も参加らしい。
やっぱりストレスが溜まってるんだなあと見上げた瑛麻は座ったままだ。

「俺はパス。和紀、その本貸してくれ」
「いいよ。セットで持ってきてるから全部置いて行くよ」
「サンキュ。和麻、久々なんだから程ほどにな」
「分かってるよ、じゃあね」

深夜の喧嘩はこんな感じで参加制だ。
気が向く時にだけ参加するから不参加でも構わない。
いそいそと店の外に出る3人を見送って、瑛麻は和紀から借りた本を開く。カバーがかかっていたから小説かと思ったら、参考書だった。

「やっぱり参考書か。相変わらずだな」

喧嘩が好きな和紀は見た目通り勉強が好きで持ち歩いている本はだいたい参考書だ。
大学受験用の参考書だったり、専門書だったりする事が多いけど構わずに読む。

本当は瑛麻も参加したかったのだが、この休みでは不参加だ。
だって、明日の午後からは念願の司佐とのデートが待っているのだから喧嘩なんかしてうっかりかすり傷でもつけたら後が怖い。

そう、明日から一泊でのデートが予定されている。
この前の、散々泣いた夜の埋め合わせだと司佐から、珍しく司佐から、誘ってくれたのだ。連休の忙しい時期だったから最初は断ったものの、怒られた。妙な気を遣うんじゃねえと。
そのまま押し切られてのデートで、かなり楽しみだったりする。

だって、司佐とデート。しかも一泊。今からそわそわしてしまうじゃないか。
和紀の参考書を眺めつつ、気を抜くとにまにましてしまいそうだ。
流石に1人で参考書を眺めながらにまにま、は怪しいので止めるが。

セットの中にあったノートで問題を解きはじめながらやっぱり心の中はにまにまだ。

そんな感じで勉強しつつ心の中でにまにましていると何人かに声をかけられる。
夜の遊び仲間達と、若干地元の友人達も紛れているが、まあ全員が悪友の部類の入る奴等だ。
溜まり場になっているから人数もそれなりに多くて、適当に話しをしながら悪友の変わらない姿に笑って、何人かが出入りしながら賑やかな時間が過ぎ、参考書も程良く進めばおなじみの顔も来る。

「よっす瑛麻。今日は不参加?」

桜乃と、他に何人か一緒で全員顔見知りだ。
それぞれ飲み物の他に軽食を持っているから遊び帰りなのだろう。ソファ席がぎゅうぎゅうになる。

「ああ、不参加。お前らは?」
「俺らは真面目に遊んだ帰り。お、和紀の参考書って事はアキラもいんのか」
「いるぞ。今は絶賛参加中だぜ。そろそろ戻ると思うけど」
「そっか。なんかここで瑛麻に会うのも久々って気がするなあ」
「確かにな。で、何でテキスト広げてんだよ」
「だって瑛麻も広げてるし。つかさ、折角なんだから和紀のじゃなくてテキストやりゃいいのに」
「・・・あ」

狭いテーブルに桜乃が連休初日にペナルティで配られたテキストを広げれば周りの奴等が嫌そうな顔をするものの、元々桜乃は勉強が好きな方だ。じゃなかったらクラスだってSSじゃないだろう。
瑛麻もテキストを持ってくれば良かったと後悔したものの、そもそも持ち歩いてないので残念だ。

この中で勉強が好きなのは瑛麻と桜乃だけ。
後はテキストの文字を見るのも嫌そうで微妙に視線を逸らしながら話している。別に見るくらい良いだろうに。

「俺らにゃ無理。ああ、早くアキラ帰ってこねえかなあ」
「アキラが来たら和紀だって来るだろうが。俺ら説教されちまう」
「何でアイツ、ガリ勉なのに不良なんだろうな・・・」

溜まり場に集まる奴の中でも和紀は目立つ。と言うか変わっている。
それは瑛麻も思っているから全員で頷いていたら話題の主が晴れやかな笑顔で帰ってきた。
楽しかったみたいだ。

「集まってるみたいだね、みんな。丁度良かった。これからアキラの勉強を見るけど、参加するよ、な?」
「げっ、参加する訳ねーだろ!」

どこをどう見てもお勉強が苦手そうな不良共を爽やかな笑みで捕まえつつ、瑛麻達はスルーする。ほぼ嫌がらせだ。
もっともこの中でスルーされるのは瑛麻兄弟に桜乃だけだけど。
そして、席がいっぱいだから瑛麻は和麻を座らせて上に腰掛ける。これもいつもの事だ。
学園でいちゃついてると評判の兄弟は狭い場所を溜まり場にしているからくっつく事に違和感を持たないのだ。

「相変わらずだねえ和紀。僕らには絶対言わないのにね」
「嬉々として勉強するからだろ。桜乃、そのサンドイッチ一口くれ」
「半分くらい食っていいぞ」

桜乃はくっついて座る瑛麻と和麻を見慣れているから何とも思わない。ぱさぱさのサンドイッチを一切れ貰って、半分を和麻の口に押し込むのも見慣れた姿だ。
和紀とアキラが帰ってきた事によってまた賑やかになり、深夜に再度お誘いが入れば半分くらいが減って、また戻って。

そうこうしているうちに外が明るくなってくる。夜明けだ。
夜明けがくれば帰る時間だ。終電を逃した酔っ払い達も概ね酔いの覚めた眠たそうな顔で動き出して、瑛麻達も動き出す。

「もうこんな時間か。和紀、その参考書面白かった。終わったらくれ」
「今あげるよ。俺はもう終わってるし」
「サンキュ」

溜まり場に残ったのは数人で、何人かは寝ているから叩き起こして帰る準備だ。
結局、喧嘩に参加せず一晩中参考書と睨めっこしていた瑛麻に周りが嫌そうな顔をするものの、軽く蹴ってコーヒーショップを後にする。
まだ夜明けは冷える季節だけど気持ち良い。

「そんじゃ、また今度。来る時は連絡くれよ」
「おう、そっちもな。んじゃ」

繁華街の朝は夜とは違う賑わいだ。
徹夜明けの眠たそうな酔っ払いをはじめ、店を閉めた夜の人達も移動する。まだ始発の時間には早いが歩きながら電車を待つのだろう。
瑛麻達は徒歩だから寝静まっている司佐の家に帰るだけだ。

しかしながら既に朝。この時間は運が悪いと司佐の帰る時間と一緒になる。
今から忍び込むのも悪いなと和麻と顔を見合わせて、まだ誰も起きていない寂れた商店街を歩いていれば案の定と言うべきか、遠くに見慣れたシルエットが2人。
司佐と、司佐とバーを共同経営している君琉だ。
朝日の中でやけに目立つ2人はあっと言う間に瑛麻と和麻に気づいて近づいて来る。

「やっぱり朝帰りか。メシは食ったのか?いや、食ってねえだろ、行くぞ」
「悪い子にはお兄さん達が朝ご飯奢ってやる」

しかも近づいてきたかと思えば司佐が瑛麻を、君琉が和麻を捕まえて歩き出す。
駅の表側には24時間の店がいくつかあるから連行されるみたいだ。

「司佐達、仕事帰りなんだろ。俺らなら別にいいのに」
「勝手にご飯食べるし、家にも帰るよ?」

和麻と一緒に一応反論してみるけど、効き目はゼロだ。
元から逆らう気はないから直ぐに4人並んで歩いて、また駅の表側に到着する。

始発を待つ徹夜明けの疲れた人々でそれなりに席が埋まっている店に入れば当然ながら目立つ。司佐はもちろん君琉もかなり目立つのだ。
例えるなら鏑木と同じタイプで、君琉の方が男性よりの、でも美人。
ノンフレームのメガネに徹夜明けなのに皺のないシャツとスラックスなのに絶対サラリーマンには見えない不思議な雰囲気もある。

店中の注目を集めつつ空いている席に誘導されて少々早い朝ご飯だ。
それなりの味の朝食セットを食べながら君琉が司佐と瑛麻を見て、最後に和麻を見る。

「そう言えば今日はデートなんだろ。和麻はどうするんだ?」
「地元の友達と遊びに行くんだ。うん兄ちゃん、そんな驚いた顔されても困るよ。司佐も驚かないで。僕がビックリするでしょ」
「いやだって」
「てっきり一緒だと思ってた・・・」

当然の様に和麻は遊びに行くと言い切るのになぜか瑛麻と司佐が驚いた顔をする。
和麻も最初から一緒だと思っていたのだ。夕方までは一緒に遊んで、なんて和麻の予定も聞かずに勝手に思い込んでいた。

「お前ら相変わらずなのな。なあ和麻、連休中に予定空くなら俺にも付き合ってくれよ。買い物行こうぜ」
「うーん、美咲にも誘われてるんだよね。でも君琉とも遊びたいから行くよ」
「よし、決まりな。んで、そこの止まってる2人は早くメシ食っちまえ」

君琉と和麻が勝手に盛り上がってどこの店が良いだの話しはじめてしまった。瑛麻にはお誘いはないみたいだ。
それは全く構わないけど、改めて司佐と2人だけでデートと言われると・・・ちょっと困る。

嬉しいけど、緊張するじゃないか。
ちらりと正面に座る司佐を見れば苦笑して、君琉の足をテーブルの下で蹴った。





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