太陽のカケラ...79



気持ちの切り替えが早いのが瑛麻。切り捨てるのが和麻だ。
瑛麻は切り替えるだけで気持ちを残していて、和麻は捨てるから残らない。
この差は大きいけど、見た目ではそう変わらなくて気づく事がない。
でも気づく人は少しだけいる。その一人は血を分けた兄弟だ。

「後でしっかり仕返しするから大丈夫だよ」
「何するつもりだ。別にいいよ、サンキュ。そっちこそ捨て過ぎんなよ」
「それは頷けないなあ」

喫茶店に入って、瑛麻の何も変わらない様子にただ一人和麻だけが気づく。瑛麻も和麻の内を知っているから小声で喋って、エプロンを着ける。
店はそう混んでいないけど、仕込みの手伝いに入る為だ。

「帰ったばかりだから手伝いなんていいぞって言おうとしたんだけどなあ」
「でも落ち着かないし、夜まで暇だから手伝いたいし」
「和麻と同じ事を言うんだな瑛麻も。夜遊びは程ほどにな。まあ折角だから多少は多めに見るけどな」

調理場に入っていた和麻の脇にぎゅうぎゅうになって瑛麻も入る。
3人揃って仕込みをするのはあまりないけど、今日は特別だ。
和麻は野菜の皮を剥いたり刻んだりで手際良く動いて、瑛麻は挽肉を捏ねたり作り置きの料理の準備をしたりする。
客はそんなにいない時間帯だから、こうやって仕込みがゆっくりできる。


程良い話し声をBGMにしながら手伝いを続けて、気づけば夕食の時間だ。
夕食は久々だし、起きてきた司佐も混じって全員で、でも営業時間内だから店の中で取る事になった。
まあいつもの事だけど、今日はテーブル席の1つを空けてもらっての夕食だ。
普段はカウンターで勝手に食べるからちょっと嬉しい。

席は4つ。座るのは瑛麻と和麻、正面に司佐と、もう1つ空いている席は仕事帰りの美咲のものだ。
夕食と言っても準備は自分たちで、客のオーダーを運びながらだけど久々の我が家だから何をしても楽しい。
それぞれ好きなメニューを用意して、美咲の分をどうしようかと、そもそもこの時間に帰ってくるのかも確認しなかったなと思えば丁度良く帰ってきた。

「ちょっと、どうして私には瑛麻と和麻の予定を言っておいてくれないのよ。巧巳(たくみ)と一緒に帰ってきちゃったじゃない!」

美咲は仕事帰りなのもあって店の正面から入るのが普通だ。でも、今夜は1人じゃなかった。
後ろで苦笑しているのは美咲の婚約者で、来年には結婚する予定の巧巳だ。
美咲より数歳年上で、いつもスーツ姿で人の良い笑みを浮かべている人だ。性格も穏やかで瑛麻と和麻にもいろいろと良くしてくれるお兄さんである。

「言ったけど姉さんが聞いてなかったんだろ。それと、巧巳さんが怯えてるぜ」
「ウルサイわよ司佐。瑛麻、和麻、お帰りなさい。今度から私の携帯にメール頂戴よ。折角なんだからお土産の一つや二つ買って帰るのに」
「お土産はいらないけど、メールはするよ。な、和麻」
「うん。ごめんね美咲。久しぶり、巧巳さん」
「2人とも久しぶりだね。大きく・・・はならないか」
「俺を見て言うなっての」

椅子が足りないから巧巳が通路に補助椅子を持って来て座る。席を譲ろうかと言っても聞いてもらえず、美咲は当然の様に司佐の隣に座って何やら文句を言い続けている。
ずっと忙しかったらしく確かに荒れ気味だ。

「こら美咲、騒いでないで早くメニュー決めなさい。巧巳さんはもう決まってるわよ」
「え、もう決まったの。早いわよ巧巳ってば」
「だってお腹すいたし。それに、あんまり時間をかけると司佐君の出勤時間にも差し障りがあるでしょう?」
「俺の事は気にしなくていいけど、姉さんは早く決めるべきだな」
「もう、みんなして巧巳の味方なんだから」

目鼻立ちのハッキリした美人な美咲は店にいるだけで雰囲気が華やぐ。司佐と揃えばかなり目立つし文句を言い合いつつも仲の良い姉弟だ。
巧巳はあまり目立つ風貌ではないけど、とても優しい目で美咲を見ている事が多くていいなあと自然に思う。


そのまま賑やかで穏やかに夕食を取れば司佐は勤務時間で、美咲と巧巳は家に帰る。
巧巳はもう少し、と言うか美咲の愚痴に付き合ってから帰るらしい。お疲れ様だ。
瑛麻と和麻も当然の様に美咲に捕まって連行される。

「ねえ2人とも、まさかもう連休の予定、埋まってるって言わないわよね。半日くらい空いてるわよね。買い物行きましょうよ、夏物買いに」
「僕もご一緒していいかな?若い人のファッションには疎いけど、偶にはお茶くらい奢らせてよ」
「年寄り臭いこと言わないの。巧巳の夏物だって見るんだから。いっつもスーツだから私服が酷いのよこの人」
「女の人はその辺り、上手だよねえ・・・」

ぽんぽんと目の前で交わされる会話が面白くていつも美咲と巧巳が揃うと笑ってしまう。
予定はまだ空いているし、有り難く甘える事にする。

この連休での2人は結構忙しい。
地元の友人達と遊んだり、夜遊びしたり。主に遊ぶ予定ばかりだが、やっと帰ってこられたのだ。

遊び倒すつもりで早速行動開始である。

「まーた夜遊び。別にイイけど、気をつけるのよ。帰りはこっちでいいから何かあったら司佐に電話しなさいね」
「夜はまだ冷えるから上着を持っていった方が良いと思うよ。それじゃ、またね」

美咲と巧巳はスーツ姿のまま酒盛りに移行して夜遊びに行く未成年を暖かく送ってくれる。
美咲はともかく巧巳も煩い事を言わない人で、それだけ瑛麻と和麻を信用してくれている、らしい。美咲は昔からの付き合いなので呆れているだけだけど。

「深夜に忍び込むのは悪いから家に帰るぞ?」
「起こしちゃったら悪いし、大丈夫だよ」
「なーにイッチョマエな事言ってんのよ。寒い部屋に帰るなら起こしても良いからこっちに来なさい。貴方達ならこっそり司佐の部屋に忍び込むなんて朝飯前でしょ」

ちょっと酔っ払いになっている美咲に睨まれれば反論なんてできない。司佐とは違う迫力があって、どうも昔から逆らえない。
でも本当に申し訳ないと思うからどうしようと悩みつつ巧巳に助けを求めればあっさり断られる。

「寒い部屋に帰るのは切ないよ。あ、朝帰りしちゃうってのもありだと思うけど」
「巧巳、イイ笑顔でそそのかさないの。この子達本気で朝帰りって言うか昼帰りするんだからね」
「えー、だって遊びたいお年頃じゃない。いいよねえ若いって。僕もいっぱい遊んでおけば良かったなあ」

巧巳も酔っ払いだったみたいだ。しかも本格的に。
ほんわりした笑顔で語り出してしまって止まらない。美咲に怒られても嬉しそうで駄目な感じだ。

「なんかゴメン。とりあえず忍び込む方向で帰るよ。いってきます」
これ以上いると巻き込まれそうだからと、美咲に視線で急かされて慌てて家を出た。


喫茶店のある通りは商店街になっている。
寂れているし喫茶店は商店街から少し離れているけど、都内だけあってまあまあ人もいる。

瑛麻達の暮らすこの商店街は駅の裏側で寂れている方。
これから向かうのは賑やかな駅の表側だ。
ウラにも繁華街があるが、こっちは司佐がいるから怖くて夜遊びも喧嘩も駄目。それは地元の子供達なら誰もが知る恐怖だから、夜遊びしたい子供達は大抵オモテの繁華街に行く。
こっちはネオンの眩しいまさに繁華街と言った通りで、駅から近い事もあって夜でも深夜でも結構な賑わいだ。

「おお、久々の都会・・・」
「夜なのに外に人がいっぱいだね・・・僕達、何だかんだ言って寮になれちゃったんだねえ・・・」

駅を通り抜けてお目当ての繁華街に向かえば夜でも溢れる人混みに関心してしまう。
これが当たり前だったのはそう遠くない記憶なのに、だ。

「ホントだな。うう、じじむさい気がしてきたぞ」
「僕も若干そんな気持ち」

人混みから浮く事はないものの、少々挙動不審な瑛麻と和麻だ。
あの学園では夜に出歩けばペナルティだし、そもそも外に出たって何もない。
夜なのに明るい空とざわめきに戸惑ってしまうが、それも少しの事。元々こっちが瑛麻達の場所なのだ。そう時間もかからず夜の空気に馴染んで、溜まり場になっている店に到着する。

瑛麻達の溜まり場は繁華街の影にひっそりとあるコーヒーショップだ。
個人経営の小さな店で、繁華街だから主に酔っ払いで賑やかで、なぜかフルーツジュースの方がコーヒーより種類が多い変わった店でもある。

溜まり場にしているのは二階の奥まった席で、ソファになっている所だ。
一階で注文したフルーツジュールを手に向かえば待ち合わせの相手が既に待っていた。

「おっす、おひさ~」
「まあ1ヶ月くらいじゃそう変わらないけど久しぶり、瑛麻、和麻」

元々は白だった、今は微妙にクリーム色になっているソファにだらしなく腰掛けて手を振るのが目立つ金髪頭のアキラ。ピアスもじゃらじゃらで派手だ。
そのアキラの隣で本を読んでいただろう黒髪のにメガネの青年が和紀(かずき)。
良く一緒にいる2人だが、一緒になるとかなり目立つ。

「おっす、久しぶり。悪かったな、いきなりで」
「久しぶり、こんばんは。2人も相変わらずそうだね」

アキラは少し離れた工業高校に通う2年生で、和紀は近くの、本当は瑛麻が入学予定だった進学校の3年生だ。
この2人、見かけも正反対ながら頭の中身も正反対なのに気が合うらしく、だいたい一緒にいる。

「別にかまわねーよ、その後の顛末も聞きたかったし。なあ和紀」
「突然だったからね。結局、和麻に負けて連行されたんだって?賭は勝ったけどみんな和麻に掛けてたからつまらなかったよ」

早速話題になるのは一ヶ月前の、瑛麻の逃走劇だ。結構な人数が参加して笑っていたらしく、その中には司佐も含まれる。
僅か一ヶ月前、されど一ヶ月前。かなり遠い記憶だ。

「ちっ、司佐まで巻き込みやがって」
「話しを持ちかけたのは俺らじゃねーし、そう言や瑛麻と和麻に参加賞があるってよ」
「は?」

何だそりゃ。
そもそも誰が元締めなんだとアキラを睨めば和紀がにんまりと笑む。

「決まってるでしょ、こう言った賭け事の元締めはマスターだって」
「やっぱりか・・・さっきは何も言ってなかったのに」
「注文の時に言ってくれればいいのにねえ」

マスターとは、この店のマスターだ。
子供が引きつけを起こす強面で趣味がボディービルと言う突っ込み放題の人で御年45歳。
大人げない大人だ。

ちなみにこの店、マスターの厳つくて強面のおっさんを筆頭に店員の全員がマッチョで強面だ。
繁華街だから良いのかもしれないけど、潤いは一切ない。
げんなりと、強面がにまっと笑む姿を思い出していれば通じるものがあったのか、話題のマスターが白いエプロン姿で二階席に来る。
注文を持ってきたらしく、違う客に飲み物を置いて、なぜか戻らずに瑛麻達の所にのしのしと歩いてくる。
背も高いから凶暴な熊みたいな人で、大きな手に小さなトレイを乗せている。注文の品なのか、コーヒーショップなのにフルーツが山盛り飾られたジュースが2つ乗っている。
あ、これは嫌な予感しかしない。

「よお、不良兄弟。笑わせてもらった礼に参加賞だ。休みだからって遊び過ぎんなよ」

やっぱりか。
小さいテーブルにかなり目立つグラスが2つ置かれて、強面が笑いながら下に降りていく。

「すげー気合い入ってんな。マスター、流石だぜ」
「コーヒーショップなのにね」

アキラと和紀も派手なグラスを見て笑って、瑛麻と和麻はがっくりと肩を落とす。
このフルーツ山盛りのフルーツジュースはきちんと果物をジューサーにかけて作っている本格的なもので、マスターの趣味らしい。
綺麗に飾られたフルーツ各種になぜか小さな傘らしき飾り物。これで花火でもあれば完璧だ・・・いや、花火なんかあったら泣くしかないけど。

「・・・美味いんだけど、微妙だよな」
「美味しいんだけど、ねえ・・・コーヒーショップなのにねえ」

既にそれぞれフルーツジュースを注文して買っているのにフルーツジュースがプラスされた。





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