太陽のカケラ...76



肉、肉、肉、肉・・・どうして一番大きい鉄板には肉しかないんだろうか。
野菜の鉄板はないのか、いや、釣った魚の鉄板はないのか。

「瑛麻、今日くらいはめいいっぱい食えよな!サービスするから!」
「そうだよ瑛麻君、余ったらボク貰うけど、まずはお肉食べようね!」

良い具合に日も暮れて少々肌寒いながらも次々と肉が焼かれて瑛麻の皿が山盛りになっていくし他のみんなの皿も山盛りだ。
庭には簡易テーブルと椅子があるから座って食べられるものの、瑛麻達は達ながら歩きながらの夕食だ。でも焼く係の2人に掴まったまま未だに脱出できない。

「俺がこんな山盛りを食えると思ってんのかお前ら。サチ、あーん」

山盛りの肉は確かに美味そうだけど、2枚で十分。
1枚と言わないだけやる気のある瑛麻だが、当然ながら許してもらえない。余った肉はサチとカオルの口に放り込もうとするものの中々成功しない。

「あーん、お肉美味しい!って、ダメだよ、残りは瑛麻君のなんだからね」
「この後は魚もあるんだぜ。そろそろ焼けたと思う・・・遊佐ー!魚、瑛麻にやって!」
「おう!丁度良くできあがったぜ!」

いらない。そんなに食えない。
口で反論しても言いくるめられそうだからこっそり逃げようとすればナオに見つかって捕獲され、頼みの綱の和麻はなぜか爺様と意気投合してテーブルにいる。身方がいない。


結局どこにも逃げられずに食べて食べて。瑛麻にしては珍しく吐き気がするくらいに食べて、そのまま大きな風呂に連行されて休む間もなく布団に転がれば割と瀕死になっていた。
なのに、まだ庭ではバーベキューの続きと言うか大人達の飲み会が続いていて部屋まで声がうっすら聞こえてきて賑やかだ。

「お部屋、やっぱり大きいんですね。本当に僕と兄ちゃんだけで使って良いんですか?」
「おう、部屋はいっぱい余ってるし気にすんなって。何かあったら携帯でヨロシク。あと、水とか茶とか飲み物関係は2つ隣の部屋の冷蔵庫にあるから勝手に飲み食いしてくれな。遠慮すんなよ。そんじゃおやすみ~」

瑛麻と和麻に用意された部屋は寮の部屋よりも大きくて、前に住んでいたアパートよりも大きかった。
流石と言うべきか、広い部屋に布団が2組みとテーブルだけ。ちょっと寒い印象だけど落ち着ける。
ふかふかの布団に転がりつつふくれた腹をさすればもう眠い。いつもはまだ起きている時間だけどいろいろあって疲れた。あと食べ過ぎか。

「兄ちゃん、ちゃんとお布団かけないと風邪引いちゃうよ。ほら」
「うー・・・苦しい」
「まだ言ってる。眠いならもう寝ちゃった方がいいよ」
「おう・・・なあ和麻、楽しかったか?」
「うん。いろいろはじめてだったけど楽しいよ。あとお庭がすごく綺麗で来れてよかったなあって思う。兄ちゃん、ありがとね」
「礼はカオルに言っておけ・・・だめだ苦しい」

和麻に転がされつつ布団の中に入ってもまだ苦しい。
唸る瑛麻に和麻が小さく笑って、いつの間にかぐっすりと眠っていた。


夢も見ない深い眠りでぐっすりと。
瑛麻にしては珍しく熟睡していたのだけど、早めに眠ったこともあって早く目が覚めた。
まだ5時だ。

「・・・少し早いな」

むくりと起き上がって隣を見れば和麻がイイ寝顔で布団にくるまっている。何だか少し懐かしい気持ちだ。
アパートの時は一緒の部屋だったから和麻の寝顔を見るのが当たり前で、距離が近いのも当たり前だった。いずれは離れただろうけど、それは今じゃなかったはず。
でかい図体の弟だけど、すうすうと眠る寝顔は子供っぽくてちょっと可愛い。

欠伸をしてから布団から出て、まだ早いなあと携帯を見ればメールがいくつか届いている。
地元の友人達と、司佐からだ。
明日には帰省する瑛麻と和麻だが、もちろん帰省先は司佐の家。迎えに来てもらうのだ。
何気ない短い文章でも司佐からだと思えば嬉しくてふんわりと笑みが浮かぶ。
迎えに来てもらうのはカオルの家だから、来たら驚くだろうなと思えばちょっと違う笑みも浮かぶ。

「兄ちゃん、携帯に向かってにまにましてるのちょっとアレな人みたいだよ」
「やかましい。つか起きたならまず声をかけろ、びびるだろ」
「だってにまにましてるから観察してたんだもの。おはよう兄ちゃん」
「・・・おう、おはよう」

ずっと見られていたらしい。
いくら和麻でも恥ずかしいじゃないかと、のそのそと起き上がる頭に枕を投げて、一日のはじまりだ。


2日目の朝。快晴で暖かくて朝食は縁側にテーブルを出すとのことだ。
すがすがしい朝食かと思いきや、どうやら昨夜のバーベキューの残りがあるらしい。

「朝からバーベキュー。しかも肉。俺は握り飯を焼きたい」
「お、それ美味そうだな。どうせなら味噌もつけたいな。婆様、味噌貰っていいか?」
「もちろんですよ。2人とも手際が良くて助かりますね。そうしていると兄弟みたいで可愛らしいわ」
「婆様ごめん、それだけは勘弁してくれ、いや、勘弁して下さい」
「何だとう、贅沢なヤツめ。瑛麻の皿に肉追加な」
「だからいらねえっての。つか鉄板でイチゴなんて焼くんじゃねえよ鏑木先輩!」

朝から合流した会長と鏑木も混じってさらに賑やかになっている。
料理上手な瑛麻と和麻、それに鏑木が率先して朝食兼残り物を鉄板で焼いたり軽い調理をして、ご飯その他は婆様と花梨が用意してくれる。
爺様達は畑に行っているそうで、瑛麻達も朝食が終わったら片付けて畑に行くそうだ。


朝から大人数でわいわいと。朝食を平らげて準備万端。
ぞろぞろと歩いて向かうのは畑の一部でビニールハウスの並ぶ場所だ。

「・・・まあ予想はしてたけど、歩いて30分か」
「まだ近い方だって。遠い所は車で移動だし、あと、一応庭の一部だかんなこの辺り」
「普通の庭にビニールハウスはない」

田舎の景色を楽しむよりもやっぱり広さに驚き・・・げんなりしつつ辿り着いたのは爺様と樒美が待っていたビニールハウスの1つで、まだ外なのにふんわりと甘い匂いが漂ってくる。

「お、イチゴハウスか!」

途端に嬉しそうな顔になるのは鏑木で、どうやら甘い物も好きだけどフルーツ全般に目がないらしい。

「おはようさん。朝から元気で何よりじゃの。朝食も終わった様だし、デザートじゃ。丁度収穫の終わった所での、ここはそろそろ終わりじゃし残りを片付けてくれい」
「練乳もあるよ。沢山食べてね」

にっこりと爺様と樒美が微笑めば瑛麻を除く全員で歓声をあげる。
結構な大きさのハウスをまるごと。いくら収穫が終わっているからと言って・・・。
呆れていると樒美に小さな器を渡される。練乳入りのやつだ。

「そんな顔しないの。大丈夫、まだまだ食べられるイチゴで沢山だよ」

どうやら食べる分を心配して瑛麻の表情が冴えないと思われているらしい。
ん?と覗き込まれると妙に色気があって綺麗な人だから困る。
何だろう、綺麗さで言えば鏑木とどっこいどっこいだと思うのだけど、タイプが違うのか。

「ちょっとそこいちゃつかなーい!ほら行くぞ。あと瑛麻は絶対食い分が少ないなんて思ってないから。逆だから」
「え?そうなの?ダメだよお年頃なんだから沢山食べなくちゃ。そう言えば昨日も食が細かったねえ。カオルはいっぱい食べるのに、見習わないとダメだよ」

無理です絶対。口に出す前にずるずるとカオルに引きずられてビニールハウスの中に連れ込まれてしまう。
うーん、ちょっと申し訳ない気持ち、になるのだろうか。

「別に妬いてはないぞ。でも必要以上にくっつくの、なしな」

それを妬いていると言うのではないだろうか。声に出すのも何なのでじっとカオルを見ていたら軽く肩を叩かれて、早く食うぞとばかりにまだイチゴのある場所に連れて行かれる。

収穫が終わったとは言っていたけど広さの分、なかなかどうして量が多い。
と言うか明らかに瑛麻達の為に多めに残しておいてくれたみたいだ。

「うまーい!やっぱ採りたて最高っ」
「鏑木先輩、輝いてるねー。ホント好きだよね」
「あったりまえだろ!練乳なくても美味いぞ!いやあ幸せだ、カオル、さんきゅーな!昼食は腕ふるっちゃうぜ!」
「やった!久々の洋食っ!」
「先輩さんきゅーっす!すげー嬉しいっす!」

フルーツ大好きな鏑木が輝く笑顔で宣言すればカオルと遊佐が大喜びだ。
不思議に思えばナオがこっそり説明してくれる。
カオルと遊佐の家は昔ながらの和食が多い、と言うかオンリー和食らしい。

「だから食堂だと洋食ばっか食ってんのか」
「鏑木先輩、料理上手だからたまにカオルの家に遊びに来ると作るんだって。お爺様達にも好評らしいよ」

確かにあの家で洋食がフルコースで出てくることはなさそうだ。昨日のバーベキューはまた違うだろうし。
そうと決まれば瑛麻の出番もありそうだ。和麻と視線を合わせてこっくりと頷きあう。
昼食が今から楽しみだけど、その前に目の前にどさりとあるイチゴを攻略せねば、だ。



確かに採りたてのイチゴは美味い。
スーパーにあるのより美味いとは思う。でも、それも適量に限り、と大きい文字で付け足したい。

「でも頑張ったよね、瑛麻君にしてみれば。肉より野菜とかの方が好きみたいだし、草食?」
「お前らの量がおかしいだけだっつーの」
「いや、瑛麻の量じゃ平均男子高生の半分だと思うがな」
「大食らい兄弟に言われても納得しねーよ。サチ、会長、喋ってる暇があんならさっさと挽肉捏ねてくれ」
「はあい」
「へいへい」

ビニールハウスを攻略すればもう昼前で、お世話になって沢山食べさせてもらったお礼に鏑木と瑛麻兄弟を中心に昼食を作ることになった。
お礼と言っても材料は全てカオルの家にあるものだけど、洋食が珍しいらしく作ると言ったらとても喜んでもらえた。瑛麻にしてみれば洋食の方が多いから妙な気分だ。

調理場所はやっぱり庭で、人数も多いし全員でわいわい騒ぎたいからどうしてもこうなるらしい。
台所もかなりの広さがあるらしいのだけど、そっちは家族のもの。瑛麻達が荒らしてよい場所じゃないからと、婆様に使ってくれと言われたけど遠慮した。

「本当に良い子ですねえ。カオル、遊佐、少し見習ったらどうです?特に料理の腕を。私も偶にはハンバーグを食べたいですよ」
「うう、期待されてもなあ」
「俺らじゃなあ・・・」

手際良く準備を進める鏑木と瑛麻兄弟に婆様がご機嫌な笑顔でさくっとカオルと遊佐を刺している。結構痛そうだ。

今ここにいるのは瑛麻達の他には婆様だけ。
爺様と樒美は料理ができあがるまで仕事でカオルの両親も同じく仕事。花梨は残念そうにしながらもともとの予定があったらしく出かけている。昨日より家の中の人数も少なくて、でも賑やかだ。

「しかしお前らホント手際良いのな。なんつーか、趣味の域を超えてるよなそれ」

肉の味付けに付け合わせの料理にスープに。騒ぎながら誰よりも手際良く瑛麻と和麻に鏑木が感心している。珍しくからかう色のない表情だ。

「だって自炊だったし。両親ほとんど家にいなかったからなあ。んで、世話になったのが喫茶店だったから俺と和麻の得意料理はだいたいそっち系だぞ」
「チーズハンバーグとか作れますよ。鉄板だし、チーズもあるし、どうします?」

手際が良いと褒められてもいつものことだ。慣れた動作にむしろほっとするくらいで、そう思えば普通の男子高生はあんまり手慣れてないだろうなあとも思う。

「チーズハンバーグ!ボク大好き!和麻君格好イイー!」
「いやあ鉄板でハンバーグとはなあ。いいなこれ、今度からカオルの家にお邪魔するときは絶対に瑛麻と和麻を誘うぞ。なあ?」
「もちろんっすよ!瑛麻、和麻、ありがとう!」

和麻がチーズを手にした途端にすごいテンションだ。食堂でも同じメニューはあるのになんでここまで。あまりにもテンションが高すぎて和麻なんか若干引いて瑛麻にぴたりと寄り添ってしまったではないか。

「お前らうるさいよ。チーズでも餅でも入れるし作るから少し離れろって。あと騒いでないで手伝え」

しょうがないので瑛麻が前に立って庇いつつ妙なテンションの奴らを一度引き離してやっと料理が進む。
昨夜も使った鉄板の上でじゅうじゅうと焼かれるハンバーグと材料があったからなぜか一緒にされた焼きそばとピラフ風味のご飯。どれもイイ音と匂いだ。
鏑木も料理部長なだけあって上手だけど、喫茶店メニューは得意ではないらしい。1人だけ熱心にデジカメで鉄板を撮影する姿は普段の悪魔がなりを潜めて本当に好きなんだなあと思わせる。

出来上がった料理達は熱々のまま皿に、折角だからと喫茶店風に盛れば婆様にえらく感激されて、戻ってきた爺様と樒美にも感動されて好評のうちに騒がしい昼食がのんびりと進んでいった。




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