太陽のカケラ...75



なんだかもう、別世界に迷い込んだ気持ちだ。
夢みたいに花で溢れる庭と、春の庭。お茶を飲んだ後に案内してもらった違う季節の庭にサチが大好きな池まで見学すればお腹いっぱい、ごちそうさまだ。

「・・・疲れた」
「僕も疲れたよ」

午前中を驚きの連続で過ごしてもうぐったりだ。
腰掛けた瑛麻と和麻が寄り添って疲れていれば後ろの方からサチとナオの笑い声が聞こえてきて。

「そこのラブラブ兄弟、サボんなー!晩飯のオカズが減っちゃうだろ!」
「今日はバーベキューなんだからな!塩焼きは美味いぜ!まあ肉も山ほどあるけどな」

カオルと遊佐に怒られる。
理不尽だとは少々思うものの確かにサボってはいるのでしぶしぶと、でも寄り添ったままで釣り竿を抱え直す。


カオルの家でお茶をした後、真っ直ぐ近くの渓流まで連行されたのだ。
ちょっと休憩したかった瑛麻と和麻だけど元気なカオル達には全く聞いてもらえずしぶしぶと歩いて一時間もかけての連行だ。かなり疲れた。
なのにカオル達は元気いっぱいだ。サチとナオも何度か遊びに来ているらしく慣れた手つきで釣り竿を持っている。

「ねえ兄ちゃん、魚って本当に釣れるのかなあ」
「俺に聞くな、はじめてだって分かってるだろ」

でもコンクリートジャングルで育った兄弟は釣りだってはじめてだ。
そもそも餌らしき物体(と言うことにしておいてほしい)を釣り針につけるのだって遊佐にやってもらってるのに、しかもこれで魚が釣れるだなんて全く思えない。
・・・これで釣れた魚が美味しいともちょっと想像できない。
顔を見合わせて情けない顔をしていたら後ろからカオルの顔と手が出てきて、小さなお菓子を差し出される。

「都会っ子はひよっこだなって言うぞ、瑛麻、和麻。ほら、これ食って少し復活しろ」
「俺はお菓子で復活しないっつーの」
「僕はありがたく頂きます。でも疲れたのは本当だからちょっと兄ちゃんとくっつかせてほしいです」
「言うね和麻。まあ最初はみんな同じ反応だし、くっついててもいいぞ。でも魚はちゃんと釣れよな」
「で、何で俺と和麻の間に入るんだよ狭めぇんだよ」

てっきりお菓子だけ渡して離れると思ったら無理矢理寄り添って座っていた瑛麻と和麻の間にカオルが入って、ちゃっかり座る。ぎゅうぎゅうだ。

「そうつれないこと言うなって。ここだけの耳寄り情報なんだからさよーっく聞けよ」
「は?」

何をそんな。なんて思えばぎゅうぎゅうのカオルがにんまりと笑んで瑛麻を見る。

「さっき紹介した樒美、色っぽいにーちゃんな。俺の彼氏だから」

心の底から嬉しそうに告げられた。でも小声で、後ろの方ではしゃいでいるサチとナオには聞こえない様に。
あんまりにも嬉しそうに言うから、信じる信じないは置いておいてその笑みに見入ってしまって、少し言葉が出なかった。

「・・・それ、マジか」
「こんなん冗談で言わねえって。あと、これ知ってるの家族と遊佐だけな。家族が知ってるのは、まーなんつーか、家が特殊だからってことで。でもな、サチとナオも学園の奴らも知らないから内緒な。でもって、頼りになるおにーさんが悩み毎相談受け付けてやるぜ」

言われた内容が咄嗟に理解できずに和麻と顔を見合わせて数秒か、数十秒か。
たっぷりと黙り込んで、何とかカオルの言葉を反芻していろいろと疑問が出てくる。

「いろいろ聞きてえんだけど、まず、何で俺らにだけ言うんだ?」
「なんか心配だから。友秋も心配だったんだけど、あそこはあれで上手くいってるみてーだし。でもなんか瑛麻は心配なんだよなー」

どんな心配だ。しかも瑛麻が学園に来てまだ一ヶ月と少し。なのにそんなに心配なのか。
無言で睨めばなぜか脇を突かれる。

「あと、ちょっとだけそーゆー話ができたらいいなって思ったのもあるぜ。俺は樒美が好きだけど、誰にでもできる話じゃないしさ。そう言う意味でも瑛麻がいいなって俺の勝手な思い込み。ま、改めてヨロシク」
「何がヨロシクだよ・・・ったく」

要するに、心配されているけどその辺りの、同性の年上を恋人にしている者同士語り合いたいこともある、と言う訳か。
にかっと笑ってぎゅうぎゅうなのに無理矢理握手したカオルに瑛麻も溜息を落としつつも軽く握り返す。語り合うことはまずないと思うけど、不思議と悪い気はしない。

「カオルー!なにラブラブ兄弟に挟まってぎゅうぎゅうしてるのー!」
「早く魚釣ろうぜー!つか、お前がサボってどーすんだよ!」
「今行くー!」

後ろの方から釣り竿を持ったサチと遊佐が怒鳴って、カオルが立ち上がって掛けていく。
横目で後ろ姿を見ていたら和麻がぷっと吹き出した。

「不思議な人だよね、カオル先輩って。なんだか、すごく頼りになるなあって思うんだ」
「・・・全面的に同意はしないぞ。でもまあ、変な奴だよな」
「そんなこと言っても兄ちゃん、いい顔してるよ」
「ふん」

カオルの抜けた隙間を埋めて寄り添いつつ釣りの続きだ。
後ろでは遊佐が川に落ちたとか、ナオが大漁だとか騒いでいるけどまだまだ瑛麻兄弟は休憩時間だ。


そうして、瑛麻兄弟だけがまったりと川辺で釣り糸を垂らして。
割と休憩できたなあと思った頃に夕暮れが近くなって撤収になった。

これからバーベキューだそうで、戻ってきたのはカオルの家の縁側近く。
爺様と婆様、樒美と花梨がいろいろと道具を用意してくれていて、瑛麻達はカオルを前に釣果報告だ。

「んで。瑛麻が2匹で和麻が3匹。はじめてにしてはまあまあって言ってやりてえけど、お前らくっつきすぎなんだよ。あとピチピチの魚見て微妙な顔すんな」
「いやだってよ、それ、食うんだろ?」
「当たり前でしょう。瑛麻君、料理できるのに魚は駄目なの?」
「俺の知ってる魚はスーパーで切り身になってるか刺身になってるかだ!」
「それ威張って言うことじゃないと思うんだよね」

しょうがないじゃないか。生まれも育ちも都会っ子。魚なんて切り身が当たり前だ。
いや、魚屋にはちゃんといたけど、捌く気は全くない。

「釣れただけいいんじゃねえか?魚は俺が捌くっつーか、串焼きだからそんな手間でもないし全部やるぜ。お前らは爺様達の手伝いしてくれや」

魚の入ったカゴを囲んでわいわい騒いでいたら遊佐が頼もしい提案をしてくれる。
頼もしいナイスガイだ。
にっこりと微笑んで魚の入ったカゴを遊佐に渡せば全員に呆れられるけど、気にしない。
そして料理のできる兄弟だからちゃんとお手伝いもする。と言ってもバーベキューだから精々野菜を切ったり肉を切ったりだけど。

「瑛麻君、和麻君、手際良いね。尊敬するなあ」
「ナオは全く駄目なんだな。かなり以外だ」
「ナオ先輩。何でもできる人に見えますもんねえ」
「誰にでも得手不得手はあるんだよ」

瑛麻達には簡単なお手伝いも全くできない人がいた。ナオだ。
野菜を切ろうとすれば有り得ない音がして、肉も以下同文。料理は全く駄目とのことで食器を運んだり細々とした手伝いをしてくれる。

「カオルのお友達、お花の子以外はお料理が全くダメだと思っていたんだけど、上手だねえ。今は男子でもお料理ができた方が良いと思いますよ」

てきぱきとした仕草は喫茶店の手伝いをすることもあるからで、瑛麻と和麻の腕は商売用だ。
婆様が満面の笑みで褒めてくれて少々こそばゆい。
そして、お花の子、は鏑木のことみたいだ。カオルが笑いながら教えてくれた。
婆様でも鏑木の背後にはゴージャスな花が見えるらしい・・・流石と言うべきか呆れるべきか。

「火の準備ができたぞい。カオル、サチ、ちゃんと番をしとるんだぞ」
「もちろん」
「任せておじいちゃん」

こっちの2人は最初から料理を手伝う気はないらしく活き活きと火の見張りと焼き係だ。
なにせ瑛麻達だけじゃなくて、これから帰ってくるカオルの両親や家の中にいる人達も夜になれば参加するだろうから、とのことで大がかりになっている。
樒美と花梨はにこにこしながら鉄板でできる料理をしていて見た目もあって微笑ましいし綺麗だ。少しでも見惚れると遊佐から睨まれるけど。

「にしてもすげえな。バーベキューってこんな大がかりだったか?」
「カオルの家だもの。僕達も何度かお邪魔したり泊まらせてもらってるけど夜はいつも宴会になってるんだよ。大人数で。これから増えると思うし、そうそう、遊佐の家も近いから夏樹の家の人達もくるよ。遊佐とカオル、血の繋がりはないけど親戚なんだって」
「へ?」

何だそりゃ。首を傾げれば爺様が近くにいたからナオが呼んで、笑顔で説明してくれた。
何でも神野樹の家は見た目もでかいけど中身もでかいらしく、大昔は親戚で、代々続く神野樹の分家だそうだ。

「この家の規模で大昔って言うと嫌な予感しかしねえんだけど」
「ほほ、ざっと平安までは辿れるぞい。そんな訳で夏樹の、遊佐は親戚扱いなんじゃよ。分家じゃが位置は昔からあまり関係ないがの。その辺りの話を聞きたければ夜にでもみっちり講義してやるぞ。興味あるか?」
「ごめん、全然ない。でも聞かせてくれてサンキュ、爺様」
「うん、良い子じゃの。良い子にはちょっぴりサービスしてあげたくなるのう。瑛麻君、酒はイける口かの?」
「ちょっとお爺さま、ダメだよお酒は。お婆さまに言いつけるよ」
「おお、ナオ君はしっかりしとるの。しょうがない、それじゃあとっておきの落雁をプレゼントじゃ」

どこから出したのか、爺様が瑛麻と和麻、ナオに小さな包みをくれる。
落雁って何だと思って包みを開けたら砂糖だった。

「瑛麻君、和麻君、まさかとは思うけど、その様子だとはじめてだね・・・それ、ちゃんとしたお菓子だからね。昔からあるとても上品で美味しいお菓子だからね」
「お菓子・・・」

砂糖の塊にしか見えない、と言いかけてやめておいた。
ナオの視線が怖かったのとどうしてか遠くから睨まれた気がしたからで。

「・・・?」

何で睨まれるんだろう。不思議に思いつつも綺麗に包みなおして後のお楽しみにすることにした。
だってもう肉が焼けて、ちょっと焦げている匂いがしているからで。

「こりゃカオル!肉を焦がすんじゃない!」
「魚の用意できたぜって焦げてるじゃねーかカオル!サチ!ダメだろ野菜はともかく肉は焦がすな!」

わらわらと全員で鉄板に集まって大騒ぎだ。





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