太陽のカケラ...74



家も大きければ玄関も大きくて廊下も広い。なのに全体が想像できない。
案内されるまま進んで行けば扉は全部襖みたいだ。全てに季節の花々が描かれていて美術品みたいだ。としか思えない。今は広い廊下を真っ直ぐに進んでいるだけだけど、どうやら他にも廊下があるらしく、迷子になったらちょっと泣くかもしれない。

驚きっぱなしで辿り着けば部屋の中から遊佐の声と女の子の声がする。
そう言えばカオルには妹がいたはずだ。でも部屋はたぶんカオルの部屋。不思議だなあと和麻と顔を見合わせて首を傾げればカオルが苦笑しながらからりと襖を開く。

「遊佐、真っ先にそっち行くなよなあもう。花梨(かりん)、新顔だぞ。小さいのが瑛麻で俺と同じクラス。大きいのが和麻で1コ下な」
「どう言う紹介の仕方だカオル、もうちょっと別の言い方があんだろうよ」
「分かりやすいとは思うけど・・・兄ちゃん蹴らないでよ」

どうせチビだよと怒る瑛麻に部屋の中から可愛らしい笑い声がして遊佐の声もする。
襖の先はカオルの部屋、で間違いなかった様だ。

寮の部屋より広くて外に面した壁に大きな窓が一つ、どうやらそっちからも外に出られるらしい造りだ。家具は至って普通で目立つのは机と漫画本しか見えない本棚くらいだろうか。
小さなテレビとテレビゲームの本体も散らばって、壁には無造作にカオルの服もぶら下がっている。家は立派でもこの部屋はカオルらしいと素直に思える。

そして、その部屋の中心近くに座っているのは桃色のワンピースを着たカオルの妹で花梨だと紹介された。
兄妹らしく顔立ちは似ているけれど身長はだいぶ小さい。遊佐と並ぶと大人と子供だ。
中学三年生で和麻と同級生。幼さの残る笑顔が可愛らしい。
艶のある黒髪を肩まで伸ばしている姿は久しぶりに見かける本物の可愛らしい女の子、だ。
(だってサチとか高塚先輩とかいるし)

「こんにちは。はじめまして、花梨です。和麻君は私と同じ年なのね。それにしてもお兄ちゃんのお友達ってみんな格好良いんだよねえ。遊佐、負けてるよ」
「うっ・・・和麻ならともかく瑛麻にも負けてるのかよ俺」
「どう言う意味だよ遊佐、蹴るぞ」

可愛らしい笑みを浮かべる花梨に遊佐ががっくりとしつつも何となく嬉しそうなのは気のせいじゃない、だろう。
そう言えばまだ出会って間もない頃、遊佐はカオルの妹、花梨が好きだとハッキリ教えられた訳ではないがそれに近い言葉をカオルから聞いていたのを思い出す。
そうなればにんまりと瑛麻の頬が緩むだけで部屋に上がりながら花梨に軽く頭を下げる。

「ま、はじめまして。2日間よろしく」
「お邪魔します。同級生の女の子に会うの久しぶりだなあ。遊佐先輩、睨まないで下さいよ別に何も思ってないですから」

やっぱり遊佐は花梨が好きらしい。それは別に構わないのだが和麻と同じ中学三年生、には少々幼く見える少女だ。いや、和麻が大人びているだけか。

「同じ年には見えないなあ。和麻大人っぽいもんなー。ま、それはさておき、座ったばっかだけど案内するっつたから行こうぜ。一回りしてサチ達捕まえておやつ。瑛麻達はじめてだろ、庭で花見しながらお茶するんだってばーさまが用意してくれるってさ」
「そりゃすごいな。じゃあ荷物おかせてもらうわ。遊佐は・・・分かった分かった、だから睨むなって」

どうやら遊佐はカオルの部屋で花梨と一緒にいたい様だ。また睨まれるけどどうしたって笑ってしまう。ただあんまり笑うと悪いからカオルの後についてまた廊下に出る。

今度は家の中を案内してくれるとの事だけど、どうやら仕事でも使っている家らしく、ある程度の立ち入り禁止区画があるらしい。
家の中で区画ってどんだけだと、普段だったら笑う所だけどここでは笑えない。

「出入り激しいからなーウチ。一応住んでるのはじーさまばーさまに親と妹だけだけど親戚連中とか村の人とか勝手に入ってくつろいでるし。あの向こう側で賑やかなのもそうだぜ」
「はあ・・・俺らにはあんま想像できない世界だな」
「そうだね。僕達、アパート住まいだったし近所の駄菓子屋さんは子供ばっかりだし、司佐の店とも違うもんねえ」
「俺にはそっちの方が想像できないかもな。あとサチとナオの所も」

昔ながらの、とでも言うのだろうか。広過ぎる家だけどあちこちに人の気配があって賑やかで、例えるならば寮みたいだ。
案内されるまま、迷わない通路を通りつつどこにでも誰かがいて驚いたり、ヒノキ風呂の大きさにもまた驚いて。

「で、これが神野樹自慢の庭だ!つーても手入れしてるのは一部で奥は家で食う用の畑だけど。あ、商売用の田んぼ畑はもっと奥な」

今日で何回目かのトドメを刺された。
カオルが笑顔で両手を広げる後ろに広がる庭、その圧倒的な存在に瑛麻も和麻も足が止まる。呼吸すら止まりそうだ。
良くテレビや教科書で見る整った庭園とはまるで違う、色とりどりの花と木で溢れた庭を何と言えばよいのだろうか。素直に思う気持ちは綺麗、そしてみっしり、の二言になるけど。

「す、げえな。家もすごいけど庭も、驚いた」
「さっきも見たけど改めて近くに来ると迫力が違うよね」
「驚き過ぎだっての。まあ褒めてくれるのは嬉しいんだけどよ。ああそうだ。庭の奥に離れがあるけど、あっちは立ち入り禁止になってるんで悪いけどヨロシクな。面倒臭くて悪りぃな」
「それは別にいいけど、離れって言われても見えねえぞ」
「奥まで歩けば見えるって。別に行ってもいいけど使ってないから行ってもしょうがないってのが本音かな。池はあっち、ばーさま達もいると思うぜ」
「お、おう」

家の中を案内されつつ、出口は縁側だった。
その縁側から見える庭が本当に、まるで夢みたいな綺麗さだった。果てが見えないくらいに花と草木で溢れて、素直に感動する。
家には圧倒されたし、庭も同じく圧倒されるけど、それよりも、ただ綺麗だ。

「ほらぼけっとしてねーで、その辺のサンダル勝手に履いていいから。和麻も、瑛麻にしがみついてないで早く!」

瑛麻も驚いているけど和麻だって同じだ。すっかり家の大きさと雰囲気と庭の迫力に怯えて瑛麻の背中にしがみついている。可愛そうに、と抱き返してあげれば後頭部にカオルの突っ込みが入った。だから痛いっての。

「全く、驚きすぎだっての。ほら、行こうぜ」

しょうがないじゃないか。まさかカオルの家がこんなんだったなんて想像もしていなかったし、例えあらかじめ聞いていたとしても同じくらい驚いていただろうと、和麻と手を繋ぎながら庭に出れば呆れ顔のカオルの後ろに1人、はじめて見る顔が立っている。
ラフな格好の、妙に色気があると言うか、美形と言うか、不思議な雰囲気の青年だ。

「お友達の後頭部に突っ込み入れちゃ駄目でしょ、カオル。はじめての人はみんな驚くの、慣れてるのに」
「だって進まないし。それよか樒美(しきみ)が来たってことは準備終わっちまったのか?」
「うん。婆様に呼んできてってお願いされたよ。お友達も待ってるし、お菓子がなくなるから早くって」

柔らかい口調でふわりと微笑む青年の腹にカオルが軽くパンチを入れている。家族、ではなさそうだけど妙に空気が馴染んでいる。
手を繋いだまま兄弟揃って首を傾げれば樒美と呼ばれた青年が綺麗に、ふんわりと微笑む。

「はじめまして。僕は樒美って言うんだ。カオルの親戚で、今は住み込みで爺様のお手伝いをしてるの。よろしくね」

話し方もふんわりとしている人だ。今までに見たことのないタイプで、でも嫌な感じは全くない。何て言うか、纏う空気がとても綺麗な人だ。
カオルと同じ様なラフな格好なのに妙に和風にも見えるのが不思議だけど。
年齢はきっと司佐と同じくらいか、少し下か。

「よろしく。俺は瑛麻。えーっと、お世話になります」
「僕は弟の和麻です。お世話になります」

とりあえず最初に会った人ならばと頭を下げてようやく歩きはじめる。
嘘みたいに綺麗な庭は本当に花で溢れていて匂いがする。屋外なのに花の匂いが風に混じるなんてはじめてだ。
庭の中には細い道があって、石でちゃんと舗装されているのもすごい。
和麻と手を繋ぎっぱなしで、むしろ寄り添いながらおそるおそる歩いていたら樒美がぷっと吹き出した。

「この庭は神野樹の家が代々大切にしているものだからね。でもね、大切だけど僕達と共に生きているものだからそんなにびっくりしなくてもいいと思うよ」
「いやだってよ、踏んじまったら怖ええし」
「僕達、こんな綺麗なお庭、見るのもはじめてだし、どうしていいかよく分からないんです」

生まれも育ちも東京の、コンクリートジャングルな兄弟だ。土に触れた記憶すら怪しいのに、いきなりこの庭は難易度が高すぎる。
和麻なんかずっと緊張してかたまっているし、瑛麻だって戸惑いが多い。

「瑛麻達は東京から来たんだもんな。大丈夫だって、ちょっとくらい踏んでもコイツら元気だし、だいたい踏む様な狭さじゃないし、サチ達だって最初はそんな感じだったし」
「東京かあ。あの土地は緑が少ないものね。じゃあ帰る時にお花摘んで、持って帰ると良いよ。折角だもの、堪能していけばいいと思うんだ。お友達は花より団子みたいだけどね」
「花より団子なのはサチだけだってば。ナオはちゃんと・・・たぶん見てると思うぜ」

歩いて数分。庭なのに数分ってどんな距離だと思いつつも溢れる花に見惚れたまま辿り着いたのは木に囲まれたちょっとした広間だった。
まあるい形にぽっかりと空間があって、周りは全て花の咲く木。桜に桃、梅もある。
地面は土と芝生で、良い位置に大理石のテーブルセットがどん、とある。どんな豪邸だと思えど大理石なのにどうにも和風だ。
そして、そのテーブルセットにはサチとナオ、カオルの爺様と恐らくは婆様だろう人に遊佐と花梨、勢揃いだ。

「すげえ、春っぽい」
「春っぽいじゃなくて、ここは春の庭だよ。今が一番綺麗なんだぜ」
「・・・その言い分だとひょっとして」
「ご名答。他の季節のもあるぜ。まあ土地だけはあるしなー、っと、庭の話はまた後にしてオヤツにしようぜ」

春の庭、庭に四季があるなんて恐ろしい広さけどもうここまで来たら突っ込むのは止めにしよう。ひっそりと和麻と頷きあって先に椅子に座るカオルと樒美の後を追う。
流石に人数が多いとあって椅子は元からあっただろう大理石の立派なものの他に持ってきたらしい折りたたみ椅子もある。

「瑛麻と和麻は石の方な。はじめてのお客様だし」
「遠慮せんで良いぞ。にしてもまた男前な兄弟じゃのう」
「可愛らしいわねえ。ほらカオル、紹介はないのですか?」

勧められるまま断るのも何だからと素直に座れば正面に爺様と婆様がいる。
さっきは作業服だった爺様はきりりとした和服姿になっていてなかなかに格好良い。婆様も明るい色の着物姿で美人だ。

「そう急かすなって。まあ分かってると思うけど、今年からの外部入学で俺らのダチだよ。小さい方が兄ちゃんの瑛麻で俺とサチと同じクラス。大きい方が弟の和麻で中等部3年のSSな」
「だからその紹介は止めろっての」
「一番分かりやすいんだから諦めろって。んで、まあこっちも分かってるだろうけど俺の爺様と婆様な。後、ここにいないのは両親だけだけど夜には帰ってくるからその時にでも。そうそう、家の中にもいっぱいいるけど、そっちは別に構わなくていいぜ。出会ったら適当に喋ってれば自己紹介してくれるかもだし」

家族はかろうじて紹介してくれるものの大ざっぱすぎる。カオルは満足気に笑っているけど全員が呆れ顔だ。
もちろん瑛麻も和麻も呆れ顔で隣に座っているカオルを肘で突くけど紹介はしたぞ、と続きがない。

「全く、まあカオルの言う通りなんじゃがの。まあ話は茶を飲みながらにするかのう。樒美、入れてくれるかの」
「うん。良いお茶があるしお菓子もあるから沢山飲んで食べてね。おかわりは沢山あるよ」

テーブルの上には山になっている、どう見ても高そうな和菓子と、これまた高そうな、湯飲みじゃなくて茶器と言うべきか。
爺様に言われた樒美が緊張しなくて良いよ、一気飲みでもいいんだから、なんて笑いながら優雅な仕草で茶を入れてくれる。




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