太陽のカケラ...70



そんなおかしな乱闘もいつまでも続くものではない。

概ね強盗の2人が不良達を沈めて瑛麻達3人はそれなりに応戦しつつ和麻はちゃっかり首謀者である中等部の生徒会長を蹴り飛ばして満足した様だ。


「・・・何か、消化不良のまま終わっちまった気分」
「僕はそれなりに満足できたけど、まあ、ねえ」
「俺は別に良いけどな。で、あれどうすんのよ」

 

3人で固まりながら地面に転がる奴らを見て、それから強盗を見る。

言葉のない乱闘は恐らく用意されていた敵っぽい生徒全員が地面に転がる事で終了だとは思うのだが、瑛麻としては引き続き消化不良で微妙な気持ちだ。

終わったのだから戻るべきなのだろうとは思うのだが何となく気がそがれてぼけっと立っていたら強盗がくるりとこっちを向いて、走ってきた!


「へ?」

 

なぜ走る!?
驚く間もなく強盗の、恐らく会長が瑛麻と和麻の手を取って、鏑木が桜乃を捕まえて釣られて走り出してしまった。何だと言うんだ。


「間もなく警備員が来るから逃げるんだ」
「何で知ってんだよっ」
「そりゃ事前に連絡しといたからに決まってるだろ」
「まじでか」
「京橋会長達は知っていたんですか?」

 

走りつつ帽子と布を取った二人がとても良い笑顔になっている。あ、楽しかったんだ。

 

「そりゃ知ってたさ。あの馬鹿、雑なんだよいろいろとな」
「で、何で走るんだよ、つかはええんだよ」

 

少し後ろでは鏑木に捕まれたまま走る桜乃が悲鳴を上げているが確かに走って逃げるのは不思議だ。

 

「そりゃアイツ等が発見されたら広範囲の捜査がはじまるからだ。早い所寮内に入っておかないと問答無用で停学になる。たまたま外に出てる奴はご愁傷様だけどな」
「ま、この辺までくりゃ少し緩んでも良いか。桜乃、お前不良なんだからもちっと体力つけとけよ」
「体力馬鹿の鏑木に言われたくないし、どうせひ弱な不良だよっ」

 

1人だけぜいぜいしてる桜乃に鏑木がせせら笑っているがしょうがないだろう。瑛麻と和麻も多少息は上がっているがそれ程でもない。


「で、説明してくれんのか?」


歩きではなくて早歩きでなるべく暗い道を進みながら会長がご機嫌な笑顔でぽん、と瑛麻の肩を叩く。


「あの中等部の会長な、会長になる前からあんな感じの事を繰り返してたんだがいかんせん証拠を残さないくらいには狡賢くてな。俺らは基本中等部に関わらんしでも腹は立つし。そんな所に丁度良く和麻が転入して人気が出て、焦った奴らが速攻で動いてくれた訳だ」
「でも今度の標的は和麻だろ。これは絶対瑛麻が出張って喧嘩してくれそうだし、いい加減俺らのストレスも溜まってるし証拠集めもしちまおうって事で」


鏑木も会長の隣に並んでにこやかに微笑む。

そんな笑みを浮かべる2人を見て、それから和麻と視線を合わせて思うことはただひとつ。


「要するにアンタらのストレス発散に使っただけだろ、それ」

 

そう、どう考えてもらしくもない頭の悪いやり方で思い浮かぶのはそれだけだ。

確かにストレスは溜まってそうだし暴れれば発散もできるだろうけれど。

 

「僕は囮だったって事ですか。だったらもっと早く潰してくれればあんな馬鹿みたいな演説効かないで良かったのに、それに兄ちゃん達もだよ。結局僕1人で全部聞いちゃったじゃない」


この騒動の中心になった和麻が珍しくご機嫌斜めな顔をしてぐるりと周りを睨む。

和麻の言い分はもっともだと瑛麻が謝ろうとすれば会長がポケットから何やら小さな機械を取り出した。

 

「和麻の苦労は無駄にはしないぞ。ちゃんと録音したしこれであの馬鹿を懲らしめられる。ありがとな」

 

どこまでも抜かりのない人だ。しかしあの暗闇の離れた位置で録音なんかできたのだろうか。

 

「場所も分かってたんだ。つかあの人数で暴れられる所なんざ数えるくらいだし。ああ大丈夫、録音したけどこれ使うのは裏でだけだから。何か変な事言ってたら消しといてやるぞ」
「それは大丈夫です。僕喋ってませんから」

 

抜かりがない上に腹黒い。和麻も負けていない感じだけれど。

そして、暴れるつもりだった瑛麻達は完全に会長と鏑木の手のひらの上で踊っていたと言う訳か。

でも不思議と腹は立たず、けれど関心する心もない。あるのはただただ呆れるだけだ。

そして、ここまで抜かりないと向こうの人数も誰がいたのかも全部知ってるんじゃないかと思って会長を見れば。

 

「もちろんあそこで転がってる奴は全員分かってるぞ。これからが楽しみだな」

 

ふふ、と楽しそうに笑って遠くに見えてきた寮の灯りを窺った会長がぴたりと足を止めて瑛麻兄弟を見下ろす。


「そう言えばお前らどこに戻るんだ?言っておくが明日の早朝には強制一斉点呼があるから部屋に戻ってないと特別課題がつくぞ」
「は?」

 

聞き慣れない言葉を聞いて瑛麻と和麻が首を傾げる。強制?

 

「まあ特別規則だから知らないか。夜の間に事件や事故、それに今回みたいな乱闘があった翌日は5時に強制点呼があるんだよ。生徒が巻き込まれていないかどうか、もし何かやらかして逃げてる生徒がいればそれの確認もな」
「ついでに言うと乱闘だった場合、通常だったら外で捕獲された奴から事情聴取の上で判断だけど圧倒的に寮内に逃げた奴の方が有利だぜ。多少理不尽ぽいけどな」


要するに逃げた者勝ちと言うルールになっているのか。しかしそれでは理不尽すぎるだろうと思うのだがこの逃げるが勝ちルールが適応されるのは明らかな喧嘩の場合のみだと会長が捕捉してくれた。

しかしながら問題は全く解決していない。瑛麻は和麻の部屋に侵入する予定なのだ。もし早朝に一斉点呼があれば確実に特別課題がついてしまう。


「俺、和麻の部屋に行く予定だったんだけど」
「は?中等部の部屋にか。だったら特別課題に説教がつくぞ、学年主任の」
「えー・・・」
「当たり前だろう。中等部の寮にいる時点で外に一度出てる事になるんだからな」


それもそうか。折角和麻の部屋でお泊まりできると思ったのに。和麻も肩を落としているからひしっと抱き合ってみるもののやっぱり何の解決にもならない上に鏑木に後頭部を叩かれた。痛い。


「じゃあ会長達はどうすんだよ」
「俺は自分の部屋に帰るだけだ」
「ベランダ沿いで帰れるし」
「鏑木、だから捕まった事ねえんだな。良くあのベランダ上る気になるよな。あ、俺は別に課題あっても良いし適当な先輩の所に潜り込む予定だから」


会長は3年だから和麻と一緒で帰りやすいのは分かるが、あの高さのあるベランダを昇って帰るとさらりと言い切る鏑木に会長と桜乃が呆れている。そして桜乃は課題付き前提で抜け出していたとは。まあ桜乃もSSクラスだから課題はどうってこともないのだろうが。

 

しかし一斉点呼は痛い。全く知らなかった瑛麻だからこのまま会長達に遭遇しなかったら確実に桜乃と一緒に特別課題を貰ってしまった訳で・・・まて。


「おい桜乃、お前知ってて黙ってたのか」
「へ?だって当たり前だろ。強制点呼なんて年に何回かあるし。って何で俺だけ睨まれてんの?だって瑛麻最初から和麻の部屋に行くつもりだったんだろ?まさか何事もなく終わるなんて思ってた訳じゃないよな」
「・・・思ってたよ馬鹿野郎」


知っていて当然みたいに言われてしまった。悔しいが桜乃の言う事も納得できて、余計に悔しい。

1人だけピンチになった瑛麻に和麻は心配そうにしているものの助けにはなれないからと黙っている。

 

さてどうしたものか。うーと寮を睨んでも良い方法なんて一つも思い浮かばない。これはもう予定通り和麻の部屋に泊まって大人しく特別課題と説教でも受けるべきか。いやでもできれば説教は回避したい。


唸りつつもあんまり外で悩んでいる時間もない。そんな瑛麻に会長が軽く息を吐く。


「そろそろ戻らないと拙いから瑛麻は俺の部屋だ。特別課題は諦めろ」
「・・・会長の部屋しかねえのか」
「また別の騒ぎになるよなそれ。だったら俺と一緒に潜り込むか?」
「うーん」


ついつい忘れがちだが闇夜に紛れる強盗になっても会長は会長だ。瑛麻が会長の部屋に泊まっていたとなればそれはそれで違う騒ぎに発展しそうでもある。何せ今日の親睦会ではペアだったから余計に、だ。

桜乃も同じ事に気づいたらしく誘ってくれる。ならば会長よりは桜乃の方に、と足が向けばなぜか会長と鏑木に驚かれる。何だ?


「お前ら仲良いってホントだったんだな。一応言うが桜乃の潜り込む部屋はまず確実に札付きの部家だぞ」
「札付き・・・あのな、強盗に驚かれても今更って気がするんだけど」
「それもそうか。じゃあ瑛麻は桜乃と一緒だな。和麻は俺が近くまで送っていこう。鏑木、間違っても風紀委員長がベランダから落ちるなんてヘマするなよ」
「するかよ。じゃあな」


軽く手を上げた鏑木が最初に移動して闇の中に消えていく。

和麻は会長と一緒に中等部の方へ向かって、桜乃も歩き出したから後をついて行く。




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