太陽のカケラ...67


騒ぎの後は穏やかな親睦会が続き、けれど微妙な影を落としたままで終了となった。


例えるならば消化不良、だろうか。

忌々しいドレスとガーターベルトとメイクから解放されてもまだ消化不良。瑛麻の機嫌は下がったままだ。


「まあね、暴れる隙もないしボクも運動不足で終わっちゃったし」
「偶には大人しくしてないと会長が泣くよ、サチ」
「サチの運動不足はどうでも良いんだっての。ったく、どうなってんだよ中等部はよ」
「どうなってるも何も瑛麻君も見たじゃない。可もなく不可もなく、じゃなくて若干不可に偏ってる生徒会長」
「高等部との落差が激しすぎるだろうがよ」
「兄さん達と一緒にしちゃったら流石に気の毒だと思うなあ。でもね、あんな感じの生徒会って割と多いんだって」
「良くも悪くもお金持ちのお坊ちゃんが集う所だからね。まああれでも一応仕事はしてるし、今後は和麻君に期待もできるから」
「だから和麻を勝手に巻き込むなっての」


事後処理に追われている会長も、直ぐに解放されるはずだった和麻も戻らないまま終了したものだから瑛麻の眉間には深い皺が寄っていてあの儚げな美人からはほど遠い表情だ。


「和麻君も流石にもう戻ってるだろうから消灯前に行ってみたら?」
「あ?消灯前ったってもうそんな時間ねえだろうが」

 

現在の時刻は夕食後の少し経った後。

ちなみにさっきからぶちぶちと文句を言っているこの場所は大浴場だ。

いつもならば会長率いる水鉄砲隊がやかましいのだが今夜は事後処理の為にこの時間の大浴場組が半分以下になっていて静かである。露天風呂からの歌声は聞こえてきてるが。

 

人数が減った事でゆうゆうと大風呂を楽しみつつ愚痴っている訳なのだが、消灯、の言葉にサチがにんまりとよろしくない笑みを浮かべてすすーと瑛麻に近寄る。


「だったら消灯破りする?できなくはないよ。トモちゃんの協力が絶対条件だけど」
「できんのか?」


この寮は流石エリート校だけあっていろいろなシステムががっちりと生徒を保護している。

 

この寮にある消灯とは言葉通りの意味ではなくて部屋から出られなくなる時間の事を指す。

言葉は消灯でも部屋の電気はそのまま使用できるのだが、夜11時以降の出入りは禁止されているのだ。

生徒の動向は全てカードで管理されていて、11時以前に部屋に入っていなければアウト。もちろん外に出てもカードですぐ分かる、そんな仕組みになっているのだ。


瑛麻としては特に必要も感じなかったので破る事も考えていなかっただけだが今は違う。にやりと笑えばナオが呆れた溜息と一緒にサチの頭を押さえて湯に沈めてしまう。


「瑛麻君、聞かなかった事にしてね。そもそもシステム的に破れない事はないけど見張り番もいるんだし監視カメラもあるんだから直ぐばれるよ。当然だけどバレたらもちろんペナルティだからね」
「でも、できるんだろ。それとサチが溺れるぞ」
「これくらいで溺れないよ」
「溺れるって!酷いよナオ!」
「サチが悪いんでしょ。もうこの話はおしまい。それにね、忘れてる様だけれどこの時間にお風呂にいるのは風紀の人も多いんだからね」


そう言えばそうだった。誘われるがままずっとこの時間帯の大風呂に入っていたのだがナオに言われて周りを見れば明らかに注目されている。と言うか見張られている感じだ。

今は裸だから分からないけれど思い出せば脱衣所で黒と赤の腕章を見かけた気もする。


「サチだって会長に怒られたくないでしょ」
「ボクが破るなんて言ってないもん」
「言ってる様なものだよ」


湯に沈んで若干涙目になっているサチがナオに噛みつくがさらりと交わされた上にまた沈められている。

狂犬と恐れられるサチだがどうやらナオには頭が上がらないらしい。

仲の良いやりとりを眺めつつも消化不良な瑛麻の機嫌は上がる事なく下降したままで結局消灯破りの方法は教えてはもらえなかった。

 

と思ったのだが。

 

『破るのは簡単だよ。カードをトモちゃんに預けて消灯前に部屋から出るだけだもん。後は見つからない様に移動すれば良いんだよ。監視カメラの場所も送るね☆』


部屋に戻った瑛麻にサチからメールが届いていた。良い奴だ。

髪を拭きながら届いたメールとやけに詳しく監視カメラの場所を記した添付ファイルに思わずにんまりしてしまう。しかし添付ファイルがきっちりしたメモ書きの見取り図だと言うのは誰かから伝わるものなのだろうか、ちょっと不思議だ。

 

そして戻る方法がないので電話をすれば直ぐに出てくれた。

 


「サチ、サンキュな。んで、これ破るのは良いんだけど戻る時はどうすんだ?」
「他の人の部屋に行きたかったら消灯前に潜り込むだけだし、外に出た場合はね、普通は三年の先輩の部屋に潜り込ませてもらうんだよ。三年生は一階だから。瑛麻君は和麻君の所に行くんだからそのまま泊まらせてもらえば良いんじゃない?和麻君も三年生でしょ」
「なるほど、三年は窓から出入りが出来る訳か」
「ううん、窓にはセンサーがあるよ」
「じゃダメじゃねえかよ」
「大丈夫だって、センサーは侵入者対策になってるの。だからね、窓から出入りする時は最初に中にいる人に開けてもらえばいいんだよ」
「なるほどねえ」


良く考えたものだ。関心しつつもそこまでして消灯破りをしなくとも良いとは思ってしまう。

だって外に出てもこの学園は山の奥。街までは遠すぎるし何もないのだ。


「あ、今呆れたでしょ。折角教えてあげたのに」
「だって外出たって何もねえじゃんか」
「ふふーん、あのね、喧嘩ってのは夜の外の方が思い切り暴れられるんだよ」
「だと思った。まあ教えてくれてサンキュな。俺が言える義理じゃねえけどほどほどにしとけよ」
「だいじょーぶ。夜の外まで行って喧嘩なんてあんまりないし。今度行く時は瑛麻君も誘うから」
「・・・その時があったらな。じゃ、サンキュ。おやすみ」
「じゃーねー。おやすみ〜」


ぷち、と通話を切ってつくづく思う。やっぱりこの学園、普通の不良よりタチの悪いのがいやがると。

 

そして、あれから戻ってこなかった和麻からは既に電話とメールが来ている。

誰にも言っていないのだが、本来であれば瑛麻が消灯を破って外に出る事はないのだ。

既に連絡が来ていて話をしているのだから。

 

けれど現実は中々にイキな進み方をしてくれる。サチとの通話を追えた携帯をまた操作して。


「おっす、消灯の後に外でれるか?」


和麻が心配だから様子を見に行きたい。それは嘘ではない。けれど、嘘でもある。




back...next