太陽のカケラ...66



「え、理事長、どうしたんだその格好」


 理事長をはじめとする教師達は全員が燕尾服で統一している。

もちろん理事長も格好良い燕尾服姿なのだが、明らかに違う。何が違うって高そうな燕尾服にべったりと何かがついていて。


「・・・ケチャップ?」
「おしいな、エビチリだ」
「エビチリ・・・え?何で理事長がエビチリ?かけられたのか?」
「僕を庇ってくれたの」


和麻を庇った結果がエビチリまみれの理事長。と言う事は言い争いのまま乱闘寸前だったと言う事か。

詳しい事情が分からないにせよ和麻を庇ってくれたのであれば礼を言うべきだろう。

ぺこりと頭を下げる瑛麻に理事長が柔らかく笑む。


「気にしなくて良いぞ。飲み物をかけられた経験はあってもエビチリははじめてで関心すらしたしな」
「でも守ってくれたんだろ。ありがとうございました」
「私は和麻だから庇った訳ではない。生徒であれば当然だ」


柔らかい笑みを浮かべながらもハッキリと言い切る理事長は父に良くにた、けれど全く似ていないちゃんとした先生だった。

ひっそり関心していれば和麻を見て今度はからからと笑う。何だろう。


「まあ、声をかけたのは和麻だったから、なんだがね。その衣装、京橋君のお下がりだろう?衣装に負けず良く似合っているなあと声をかけたのが彼らの嫉妬を煽ってしまった様で逆にすまなかったね」


なるほど。確かに漆黒ではあるがかなり目立つ衣装で、そもそも中味も目立つ和麻だ。

そして理事長にはエビチリをかけられた原因まで分かっているらしい。


「大なり小なり昔から似た事はいくらでもあるからね。特にこの学園は権力者の子息が多い。まあ、せめて学生のうちはそんな事を気にせずに楽しめば良いとは思うのだが、なかなか旨くはいかない様でね」


成る程。思い出してみれば良家のご子息、の多い学園だ。この手の騒ぎはつきものなんだろうとは理解できるものの、その中心が和麻なのはいただけない。


「確かに旨くはいかない様ですが折角の親睦会に泥を塗らちまったんじゃたまったもんじゃないですよ理事長」
「おお、鏑木君か。相変わらず迫力のある美人だね。柄沼君も良い面構えだ」
「ありがとうございます。瑛麻、和麻、お前らあっち行って休んでろ。直ぐ行くからあんま離れるなよ」


理事長の前でも鏑木はそのままでひらひらと手を振って追い払われた感だが、会長が風紀の生徒と一緒に中等部の生徒会長らしき生徒と理事長の方に向かってくるから気を遣ってはくれたのだろう。

ありがたく遠ざかりつつ問題の生徒を見ればいろいろと納得してしまった。

会長同士なのに落差が酷い。いや、酷い、と言う程ではないのだろうが、中途半端な印象を受ける生徒だ。

 

何ていうかこう、格好良いには少々遠くだからと言って悪い訳ではない。仮装で正装な衣装であってもこの目立つ奴らが多い中ではイマヒトツでオマケに性格が悪そうな、恐らくは性格が表に出ていて中途半端に狡猾そうな。

ちらりと和麻を見上げて小声で囁く。

 

「和麻、あんなのに喧嘩売られてんのか」
「喧嘩までいってないかな。口だけなのに煩くて」
「口だけだから煩いんだと思うぞ。あんま無茶すんなよな」
「大丈夫、ちゃんと躾ける予定だから。今回はこんな騒ぎになちゃったし煩いから気合い入れて行くよ」
「乱闘闇討ちになりそうだったらちゃんと呼べよな」
「分かってる」

 

こそこそと囁きあっている間に理事長の前で顔色を悪くした生徒達が頭を下げてどうやら騒ぎは終了の様だ。乱闘までいかないのはそれだけの力がないのか、理事長を巻き込んだからなのか。


「そう言えば何で理事長だったんだ?お前の周りにも群がってたんじゃないのか」
「雰囲気が怪しくなった辺りでクマ達に連れて行ってもらったんだよ」
「ああ、あのでっかいのか。そっちは大丈夫そうなのか?」
「僕だってちゃんと学園生活を楽しんでるから大丈夫。友達も一応いるんだよ」
「一応って言うなよ切なくなっちまうだろうが」


転入してからと言うものの思えば中等部の事は全く頭になくて和麻の普段の生活も知らない瑛麻だ。

元々、瑛麻の様に一緒に騒ぐ系統の友人は表だって作らない和麻だから余計に分かりづらい。

軽く溜息を落とせば鏑木と柄沼がこっちに来る。見知らぬ、騎士っぽい生徒達も一緒だ。


「和麻、悪りぃけど今から事情聴取な。この件は高等部預かりになったから。ったく、親睦会だってのに理事長にエビチリなんかかけやがってあの馬鹿。それと、会長も事後処理に入るから瑛麻のペアは・・・遊佐!こっちこい!」


どうやら会長達の親睦会はここで終了の様だ。眉間に皺を寄せた鏑木が大声で遊佐を呼べば当然の様にぞろぞろと全員で近づいて来る。遊佐が会長の変わりと言うことだろうと思うのだが人選が不思議でもある


「一番でかくてお前を押さえられそうだから。それだけ」


不思議に思えば鏑木がにやりと笑んでから理事長と話をしている会長を見て小さく溜息を落とす。

おや、珍しい。

 

「んな目で見んな。言っただろ、基本中等部のいざこざに高等部は手出ししねえんだよ。なのにあの馬鹿共が、面倒臭せえんだよ・・・はぁ」


心の底から嫌そうな顔をする鏑木に和麻と顔を見合わせてしまう。

いつも余裕たっぷりな態度の鏑木にしては珍し過ぎる態度だからで、ぞろぞろと寄ってきた遊佐達も驚いてから苦笑した。

ああそうか、なんて言う空気にもちろん分かってないのは瑛麻と和麻だけで。


「それだけ中等部の事に高等部が関わるのは珍しい事なんだよ」
「そうなのか。意外と大事なのか」


だから会場全体がざわついているのか。まあ理事長がエビチリまみれになっている時点で大事ではあると思う。


「ま、それが俺らの仕事ってね。和麻は事情聴取だけど被害者側になりそうだから直ぐ解放してやる。まだ親睦会は終わらねえんだから楽しんでこい。遊佐、よろしくな」
「了解っす」
「じゃ、行くぞ」


指名された遊佐が元気よく返答して瑛麻の隣に立てばぐるりといつものメンバーに周りを囲まれた。




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