太陽のカケラ...65



しかし料理を取りにいった江沼と和麻が戻らない。

随分遅いなあと気づいたのは瑛麻ではなくて会長だった。


「料理を取りに行ったにしては遅いな。どうしたんだ?」
「言われてみりゃ随分遅いな。って噂してれば久士が見えたぜ。でも和麻がいねえな」
「和麻いないのか?」


椅子に座っている瑛麻からは人混みの中から向かってくるスキンヘッドしか見えないが、和麻の身長も高い方だ。

見えないのならばいないのだろうと思うのだが、なぜだろう。

程なくして柄沼が両手に皿を抱えて困った顔で戻ってくる。

接してみれば親切な先輩だけど、見た目の怖さと迫力のある体格で人混みがざっと割れるのがすごい。


「随分遅かったな、和麻はどうしたんだ?」


代表して会長が声をかけて皿は遊佐とナオが受け取った。


「いや、ちょっと離れた隙に中等部の生徒に捕まったみたいでな。後で来ると伝えてくれと言われたんだが」


まだ困った顔のままの柄沼がちらりと瑛麻を見るからピンときた。


「何だよ、やっかいごと?和麻が?」
「いや、そうではないと思うんだが」
「何だよはっきりしねえな」


やっかいごとならゆっくり料理を運んでくる訳はないと思うのだが、はっきりしない柄沼を睨めば視線を逸らされる。何なんだ。


「久士、そーゆーの良くないぜ」


鏑木もイラっときた様で、立ち上がると軽く柄沼の足を蹴る。ヒールだから痛そうだ。ではなくて。


「はっきり言ってくれよ。和麻がどうしたんだよ」


瑛麻も立ち上がって柄沼を睨み上げれば観念したのか、溜息を落とした強面がしぶしぶ口を開く。


「どうも中等部の生徒会に良く思われていないと言うか、ざっくり言ってしまうと派閥ができあがりつつある様だ。特に会長と歩いていたのが気に障ったらしく、俺の目が離れた隙に囲まれたんだが友人、と言うか和麻の親衛隊みたいな集団も出てきて揉めている。ただ表だっては大人しい口論だけで終わりそうだし和麻本人に大丈夫だと言われてしまって、戻ってきた」
「・・・・はあ?」


何だそりゃ。柄沼の説明にぽかんと口を開けてしまった。

しかし理解できなかったのは瑛麻だけだった様で、会長を含め全員が顰めっ面になった。


「面倒な事になったな。まあ注目度は元から高かった様だが」
「中等部の生徒会なあ。どうもイマイチなんだよなあ。今の3年は人材不足だし。あれなら和麻に人気が出るのも分かるんだけどなあ」


会長と鏑木が顔を見合わせて、さっぱり分からない瑛麻は分かりやすく説明してくれそうな人物を視線で探してナオを見る。


「うん、まあね、分かってないよね。じゃあ説明するけど乱闘はなしだよ。中等部の事なんだからね。遊佐、サチを押さえておいてね。カオルは瑛麻君を見張ってるんだよ。先輩方もお願いしますね」
「何で暴れる前提なんだよ・・・ん、そう言う類いの話なら今からダッシュするぞ。お望み通りショール取って裸足ダッシュして蹴りの一発二発」
「カオル、瑛麻君押さえて。基本的に高等部は中等部の事に手出し口出ししないんだからね。じゃあ何も分かってない瑛麻君に分かりやすく説明するよ」


暴れそうな話なのかと身構える瑛麻にさっとカオルが立ちはだかって両脇は会長と柄沼に押さえられてしまった。

これじゃ立ち上がれないじゃないかとナオを睨むものの鼻で笑われた。王子様なファンタジー衣装のナオだからすごく似合う。


「今の中等部の生徒会ね、特に会長なんだけれど高等部の会長みたいなカリスマ性がないんだよ。それなりに人の上に立つ要素はあるんだけど、まあ、あんまり性格がよろしくなくてね。詳しい説明は省くけど不満を持つ生徒も結構多いみたいでね。そこにこの春から颯爽と転入してきたのが和麻君でしょ。院乃都の直系で顔良し性格良し頭も良し。オマケにスポーツもできるでしょ、SSだし。そんな訳でまだ一ヶ月経ってないのにかなりの人気なんだよ。もちろん人気が出れば取り巻きなんかも大量生産されるし、それに伴う嫉妬もね、って、瑛麻君、そんな顔で見上げられると僕でもくらっと来ちゃいそうになるね、すごいな」


やっぱり説明はナオが上手い。

さくっと分かりやすく、そして分かりやすいからこそ瑛麻の機嫌が急降下する。

顔良し性格良し頭良しの辺りではちょっとお花が咲きかけたのだがそもそも院乃都の直系、と言う言葉だけで瑛麻の機嫌は下がる。

ナオを睨んでいる訳ではないのだが自然と目つきが怪しくなり立ち上がろうとするのだが両脇から会長と柄沼に肩を押さえられた。


「気持ちは分かるが基本的に高等部は中等部に関与しない。落ち着け」
「落ち着けるか馬鹿野郎。つか、俺は兄貴なんだから様子見に行くくらい良いだろ」
「今のお前は俺とペアだっての。俺がいったら騒ぎが大きくなるだけじゃないか」
「じゃあペア解消な。って言うか別に来なくても良いだろ」
「今のお前をそのまま行かせられるか。暴れるつもりだろうが」


がっちりと押さえられて動けないのが歯がゆい。

うーと唸る瑛麻と早速押さえられているサチに周りがざわめく。

いや、このざわめきは瑛麻達を見てのものではなくてもっと遠くからで。何だと思えば遠くから騎士の格好をした生徒が走ってくる。

会長に説明された風紀、ではなくて刺繍が金色の生徒会役員だ。はじめてみる顔の、柔らかい顔立ちをした生徒が真っ直ぐ会長の側に来る。


「会長、ちょっとまずい事になった。中等部で騒ぎだ。騒ぎを起こしたのが中等部の生徒会で、理事長まで巻き込まれたんだが相手が理事長の親戚で、ほら、この前転入した」


皆まで言わなくとも説明のすぐ後にこれか。

会長があちゃーと顔を手で覆うものの瑛麻としてはもう黙って座ってはいられない。

騒ぎの報告に押さえていた二人の気がそれた所で立ち上がって駆け出そうとすれば寸前の所で会長に手を取られた。


「待て待て待て、靴を履け裸足で走るな。理事長がいるなら乱闘にはなってないから。どうせお前らだって行くんだろ、鏑木、一応招集かけとけ」
「了解。瑛麻、こう言う時こそ悠然とヒールで歩くもんだぜ」
「何でそんなに落ち着いてんだよアンタら。どう考えても和麻が中心じゃねえか」
「だからこそ落ち着くんだ。見ろ、サチだって大人しくしてるじゃないか」
「遊佐に抱えられてるだけじゃねえか。ったく、分かったよ履けば良いんだろ。行くぞっ」


駆け足で行きたいのに歩いて向かわなければならなそうで苛々が収まらない。

ざわめきは会場中に蔓延して会長が動けばまたざわめきが大きくなる。

何でこんな騒ぎに、と思いつつもヒールで会長と腕を組みながらでは中々早く歩けなくてどんどん瑛麻の目つきが怪しくなっていく。

 

騒ぎの場所は会場の奥で、いらつきながらたどり着けば既に風紀の生徒達が野次馬を遠ざけていて場の中心には煌びやかな衣装に身を包んだ中等部の生徒らしき集団と、和麻がいた。その隣には理事長も苦い表情で立っている。

 

乱闘騒ぎにはなっていないのは一目で分かるのだが一触即発な雰囲気だ。

けれど、瑛麻が気になったのは和麻の側にいるのが理事長だけだと言う事で、取り巻きやら友人やらはどうしたんだと思う前にもう大人しく歩いてはいられなかった。


「和麻!」


会長が押さえようとするもののするりと抜けて慣れないヒールで走る。

がつがつと音を立てながら場の中心に駆け寄る瑛麻に理事長が驚いた顔をする。

そのまま和麻の隣に行こうとしたのだが慣れないヒールで走ったから思う様に止まれず、そのまま和麻に追突して抱きしめられる。格好良い登場にはほど遠いがインパクトは絶大で、またまわりがざわりと揺れた。


「兄ちゃん、そんな格好で走ったら危ないよ」
「え、瑛麻なのか・・・?」


軽く瑛麻を抱き寄せて困った顔で笑う和麻にほっとして、それから理事長の唖然とした呟きにようやく今の姿を思い出す。が、今はそれどころじゃない。


「大丈夫か?何か言われたのか?怪我は?つか何で和麻一人なんだよ、他の奴らはどうしたんだ?」
「兄ちゃん落ち着いて。僕は大丈夫だよ。ほら、みんなびっくりしてるよ」


和麻は瑛麻より体格も良ければ身長も高い。今は会長のお下がりだと言う漆黒の衣装に身を包んでいて大変格好良い。

そんな姿の弟に軽く抱き寄せられる兄の姿はドレスとメイクの威力で儚げな美女になっていて寄り添う姿がちょっと違う世界の扉を開きそうな程で。


「・・・こほん。あー、言葉からすると本当に瑛麻なんだな。驚いた。ひとまずは京橋君、鏑木君、わざわざすまないね」


高等部の生徒にとっては慣れた兄弟の姿ではあるが衣装とメイクの力は絶大だ。

唖然とする周囲に理事長が最初に我に返って咳払いをしながら苦笑する。瑛麻もその声にようやく理事長がいたんだと振り返って、驚いた。




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