太陽のカケラ...63



こんな時ばっかりより嫌な方向に予感があたりやがる。
いっそ関心して拍手でもすればちょっとはこの状況が良くなるのだろうか。もっと悪い方に進んでしまいそうだから拍手なんてしないけど。


野次馬が引き上げた後で待っていたのは見知らぬ生徒による(演劇衣装部メイク係との事だ。覚える気は全くないぞ)メイクだった。

瑛麻には全く縁のないそれらを施された後は顔がやけに重たくて息苦しくなり、渡辺が見つけてきたショールはドレスに合わせた漆黒に即興で真珠っぽい飾りのついたまさにお揃い。

多少暖かくなって気が緩めば迎えに来たのは会長と言う有様で。


「以外と儚げ属性だったのか瑛麻は。弟は帝王みたいだったのに似てない兄弟だな」
「会長に言われたくねえよ。何で俺の護衛が会長なんだよ間違ってんだろ鏑木先輩にでもついてろよ絶対目立つからその方が」
「む、目も意外とでかいな。そう上目遣いで睨まれると開いてはいけない扉をだな」
「蹴って良いか、良いよな」
「履き慣れないヒールでそのスリットでできるならやってみろ」
「・・・・くそっ」


どうやらドレスにつく特別護衛はお揃いの衣装らしい。と言うのも会長の衣装が瑛麻のドレスと同系色でファンタジー系の衣装だったからだ。
但しこっちはがっちりした礼服みたいなデザインで全部が漆黒。


膝まである上着にズボンにブーツ。

全部に漆黒の刺繍があって真珠っぽい飾りが散らばっている。見事にお揃いで頭痛しかしない。
オマケに歩き慣れないヒールだから会長と腕を組んでいる。これは何の罰ゲームだろうか。


そうこうしている内に親睦会の会場まで着いてしまって例えるなら戦場に無理矢理引きずり出される気分だ。
うんざりと隠さずに顔に出しても会長は鼻で笑うだけ。男前に鼻で笑われても嫌味がないのがすごい。そこは素直に関心しよう。
しかしながら会場に入る直前で会長の表情が変わる。それは頂けない。


「まあ気づいていると思うが俺が瑛麻の護衛なのは院乃都関連の紹介をする為でもある。会場を一周しながら紹介するから覚えろよ。ぶちのめそうが何しようが俺は止めないけど程ほどに対策練っておけよ。巨大企業である事には変わらないから当然ながら直系のお前と弟は注目されてるからな」


おや?とは思ったのだ。護衛がつくにしても会長だと言う事に。

すっかり忘れていた院乃都なんて迷惑な名前に瑛麻の表情も変わる。会長の様な真剣なものではなくて、心の底から嫌そうな表情だ。


「・・・関係するつもりもねえし関係したくもねえけど和麻の名前を出すなら気合い入れてやる。全員ぶちのめせば迷惑も何もねえからな」


迷惑で面倒。瑛麻にとって父の持つ名はただただそれだけだ。
関わるつもりは全くない瑛麻だが、そこに弟の名があるのであればドレス姿でも暴れてやろうじゃないかと気合いを入れるだけ。

気合いを込めてぎろりと会長を見上げれば今度は溜息を落とされた。


「サチみたな事を言わんでくれ。全く、お前ら似たもの同士か。頼むから程ほどにしてくれよな。行くぞ」
「おう。行ってやろうじゃないか」


会長のおかげで気合いは十分、戦闘開始である。

 

親睦会は開始の合図を理事長が行い、後は着飾った生徒達が会場に散らばって親睦を深める立食パーティーになるとの事だ。特にイベントもなく親睦会そのものは2時間程度で終わるらしい。

瑛麻の様にドレス、要するに女装になる生徒の脇にはペアになる護衛が必ずついて、その他にもいろいろと、あの寮でのイベントみたいな護衛の役目を担う生徒がいるらしい。

相変わらず妙な所で配慮が細かい。


「でなければ馬鹿騒ぎもできんしな。ちなみに、女装できるのは中2からだ」
「制限でもあんのか?」
「新入生に女装なんて酷だろうが。どうしてもってんなら生徒会長を通して許可を得る必要がある。今のところ俺が知る中では鏑木一人だけだけどな」
「・・・筋金入りか、女装好きなんかあの悪魔」
「好きと言うよりは自分の外見がどう見えるかを最大限に利用して楽しんでいるみたいだ。お前も楽しめばどうだ?」
「楽しめるか・・・」


これがドレスでなかったら適当に楽しめたかもしれないが無理だ。
むすっとすれば笑われるのだがやはり男前はずるい。笑われてるのに腹が立たない。
しかもそんな男前と腕を組んで会場に入ったものだから当然ながら注目度は一番である。あちこちから視線がざくざく刺さる。


すっかり忘れていたが会長の人気は学園でも一番で当然ながら違う意味での人気も一番。
そこに女装した瑛麻が腕を組んで登場となれば刺さる視線の中にも野郎らしくない嫉妬が含まれたものが・・・・と思ったのだが。


「誰あの美人!悔しいけど綺麗っ」
「随分儚い印象の人だよね、あんな人いたっけ?」
「ショールで隠れてるけど背中の色気がたまんねえな。あれ誰だ?」


もっと違う意味での注目度がざくざく突き刺さってしまった。これは嬉しくない。

いっそ嫉妬とかされれば暴れる理由にもなるのにこれはダメだごっそりと精神的な何かが削られる。


「俺と歩いていてこの人気か。流石と言うべきかご愁傷様と言うべきか。いや、以外な事ばかりだな」
「笑うなよな。くそ、後で闇討ちしてやろうか・・・と、会長、和麻いた和麻!ちょっと寄ってくぞ!」
「注目されて誰だろうって噂されてるのにそれか。本当に弟好きだよな」
「どうせ直ぐばれるだろ?それに院乃都関係の説明なら和麻も一緒に聞きたいだろうし、行くぞ」
「はいはい、見た目は消えそうな儚い美女なのにな」
「それはもういいって。おーい、和麻ー!」


手を振って遠くに見える和麻に声をかければ周りがざわりと揺れる。

この一ヶ月ですっかり見慣れたラブラブな兄弟だ。瑛麻の声に儚げな美人の正体が瞬時にバレて声をかけられた和麻が驚いた顔で駆け寄ってくる。


「兄ちゃん、ドレスなのは知ってたけど・・・」
「何だよ、どうせ似合ってねえよ。お前良いな格好良くて」
「ううん、すごく似合ってると思うけど・・・京橋会長とお揃いなのに全然負けてないのがすごいなあって。鏑木先輩も見たけど負けてないよ」
「はあ?んだよそれ。いや、もう考えると頭痛くなるからそれはもういいや。会長、和麻も一緒で良いよな」
「別に構わんが、そっちもそっちで大変そうだな」


会長が苦笑して和麻の後ろを見る。瑛麻は気づいていなかったのだが和麻の周りには大勢の生徒がいてどうやら囲まれていたらしい。


ぞろぞろと中等部の生徒が和麻の背後に固まりつつも微妙に距離を置いて興味津々の視線を向けてくる。
友人にしては妙な感じで、和麻の袖を引っ張れば小声で友達じゃないよと呟かれる。


「いわゆる取り巻きってやつだ。苦労するな」


会長も小声で兄弟にだけ聞こえる様に囁く。そうか、取り巻きか。まだ転入して一ヶ月なのに人気者と言う訳か。

確かに苦労になるのだろうが瑛麻の感想は別だ。ちらりと和麻を見上げて視線で告げる。あんまやりすぎるなよと。もちろん返されるのは綺麗な微笑みだ。


「和麻、会長が院乃都関係の説明してくれるって。行くか?」
「んー、そうだね、興味はあるかな。でも僕が一緒で良いのかな。兄ちゃんと京橋会長ってペアなんでしょ?」
「別に良いぞ。って言うかお前ら・・・まあ良いか。和麻、そっちのトモダチはどうするんだ?」


どうやら会長には視線での会話が分かったらしい。なのに態度を変える事なく悠々とした態度なのが会長らしい。

この男前はどこまでも何もかもが男前だと言う事か。


「京橋会長に誘われたからって言ってきます」
「おう、俺の誘いだって言っておけ。その方が納得しやすいだろうしな。そろそろ理事長の挨拶もはじまるから丁度良いだろ」


ざわざわしている会場だがまだ親睦会がはじまった訳ではない。理事長の挨拶をもって開始となるのだ。

教師と生徒が全員集まったのを確認しての挨拶で、会長が視線を壇上に向ければ丁度理事長が出てきた。

 

教師達も正装するのが決まりで今年は燕尾服かと会長が呟く。どうやら教師達は燕尾服か羽織袴で統一するらしく年ごとに変えているらしい。ご苦労様だ。


「みなさん、適度に静粛に。親睦会ですから普段の式典の様に畏まらなくて良いですよ。では・・・」


親睦会だからとゆるやかな挨拶がはじまって、ざわついていた会場が少し静かになる。

成る程、普段の式典であれば私語厳禁と言う態度で接する教師達も今日は程ほどに、と言うスタンスなのか。

こう言う所は旨いなあと関心しつつ改めて会場を見渡せば仮装で正装、しかも男子生徒が約1000人。なのに妙に派手でカラフル。妙な空間だ。

会場は入学式にも使ったホールだから広いけれど、あちこちにテーブルが設置されていて料理がのっかっている。本物のパーティー会場だ。飲み物は当然ながらジュース類のみで乾杯はなしとの事だ。

 

既につまみ食いをしている生徒もちらほらいて、まあ全員が育ち盛りだから教師もゆるく咎めるだけにしている様だ。つまみ食いの中にサチと遊佐が見えたのは気のせいにしておこう。

 

そして会場の中でも一際目立つのがやはり女装の生徒達だろうか。

恐らく一番目立っている鏑木は見えないがあちこちに綺麗な生徒がいる。

・・・女装が似合う生徒だけなのだろうか、と思う程に見かけるドレス姿が美人揃いなのに軽く目眩がする。


「そんなの当然だろうが。マッチョの女装はまた別に機会にな」
「そんな機会はいらねえよ」


そっちもあるのか。余計な疑問を持つもんじゃないなと嫌な予感を振り払って、気づいたのは会場の至る所に配置されているファンタジーな部類の同じ衣装の生徒達だ。

深い赤色の衣装に黒に黒の豪華な刺繍の入った布を斜めにかけている。瑛麻の感想だとファンタジー映画で剣を持って戦う、騎士みたいな感じだ。


「あれは風紀の黒と赤だが今回は志願者で風紀に認定された一般の生徒も混じってるぞ。仮装したい奴もいるからな」
「仮装って言い切ったな。まあ鏑木先輩みたいなのもいるだろうしなあ」
「ちなみに、生徒会は俺と副会長以外は運営になってる。あの衣装とお揃いで刺繍が金色の奴らがそうだぞ。人数が少ないから見かけるかどうかは分からんがな」
「いろいろ凝ってるよな」
「そりゃあエリートだろうが何だろうか野郎でガキばっかだからな。締める所はきっちり締めないと直ぐにぐちゃぐちゃになるだろ」
まだ入学して間もないがイベントの全てに細かい配慮がされている事には気づいている。そ

こは素直に関心しているのだがまとめる方は大変そうだ。会長らしからぬ疲れと微妙な嘲りを含んだ呟きに驚く。


「・・・お疲れさん、生徒会長」
「ホントにな。ま、だからって血の気の余る男子高生に大人しくしてろってのも無理だからな」


まじまじと会長を見上げていたらふいに悪い笑みを浮かべた。

見た事のある笑みだが、それは会長ではなくてもっと可愛らしくて残酷なもので。


「やっぱり兄弟か。そうだよな」
「そう言う事だ」


あのサチが弟で兄が大人しいなんて、あるかもしれないが会長を見る限りではないだろうと妙に納得してしまう。




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