生徒会主催の親睦会が終われば待ちに待ったゴールデンウイークとなる。
この学園はカレンダーに関係なくゴールデンウイークが入る週をまるごと休みにし、遠方から通う生徒達の帰省としているとの事だ。
別に帰省する訳でもない瑛麻にはどうでも良い話で、けれど目の前にぴらりと広げられたドレスを攻略しなければ楽しい連休はやってこない。
そう、ドレスだ。鏑木お下がりの、どこからどう見てもドレス。
漆黒に真珠らしき飾りを散らした夜空みたいな、裾が長くてスリットのきわどい、ドレス。
睨んでも睨んでもドレスはドレス。当たり前だ。
「瑛麻君、そろそろ諦めようよ。ドレスを睨んでも燕尾服には変わらないと思うよ?」
フリルの多いドレスシャツに同じくフリルのついた半ズボンにハイソックス、正装・・・なのだろう一応。しかし野郎なのにフリルが似合う。
そんなサチがからからと笑って瑛麻を見る。
「うるせえよサチ。諦められる訳ねえだろうが。何だこれ、何でスリット入ってんだよ丸見えじゃねえかすね毛晒せってのかよ」
「言う程ないよね、すね毛」
「ナオうるさい。あるにはあるだろうが。言っとくけと剃らねえかんな」
さらりとナオが瑛麻の足下を見て笑う。
上から下まで正装に身を包んだナオだが、どう見ても正装を飛び越えたファンタジーな衣装だ。どうやら王子様らしい。
似合うのだがそれを正装にしても良いのか少々悩む。
「剃らなくて良いって、靴下ちょい厚めにしてるからだってさ」
洋装のサチとナオの後ろからカオルが顔出して何やら不思議なことを言う。
派手、としか言いようのない着物姿で春の花をモチーフにしているらしい。
全体的に朱色と桃色なのだが不思議と色気と気品の漂う姿だ。ピアスも普段の素っ気ないシルバーから花の形をしたものに変えている。
「はぁ?・・・くつした?」
「カオル、靴下じゃなくてガーターって言った方が分かりやすいと思うよ。ほら、あそこに見本があるしね。ガーターベルト装着の」
「・・・何だありゃ。何でマネキンに、しかも野郎マネキンがガーターベルトしてんだよ!」
「だって男子校だもん。って言うボクだってあんまり直視したくないよ、あれ。ガーターベルトで股間がもっこりなんてさあ」
「男の夢ぶちこわしだよなー。しかも俺より逞しいマネキンなんて夢に出そうだぜ」
うんざり顔のサチの横に立つ遊佐も同じ顔だ。
なぜか家にあると言う羽織袴姿の遊佐は何て言うか、正装ではなくて時代劇である。
うん、そろそろ突っ込んでも良いだろうか。
仮装で正装なんて、要するに何でもありって言う事じゃないかと。
「その表情で何を言いたいのかは分からないでもないけど、瑛麻君はそのドレスとガーターベルトだからね。そろそろ着替え終わらないとメイクの人が怒るよ」
「メイク・・・俺、確か男子校に入学したはずなんだけどな」
「今更だよ瑛麻君。ボクだって色つきリップくらい塗るよ?」
「だからツヤツヤしてんのかサチは。てっきり飴でもむさぼり食ったのかと」
「怒るよ?」
どうあっても逃げられない。
逃亡防止に囲まれて、ついでに鏑木にも釘を刺されている。
何でもこの親睦会をサボったらペナルティがあるんだとか。
別に親睦会が嫌な訳じゃない。このドレスが、野郎なのにガーターベルトがっ、メイクがっ。
ちなみに、瑛麻達がぎゃあぎゃあと騒いでいる部屋は演劇衣装部の一室である。
どうあっても逃げ出しそうな瑛麻の為にわざわざ部屋を用意してくれた、と言う訳ではなくて着替えが一人でできない衣装の生徒や、女装に含まれる生徒は全員この部屋に集まる事になっているのだ。
さっきから騒いでいる瑛麻達だが、そんな訳で周りには他にも着替えたり騒いだりしている生徒で沢山で大変賑やかだ。
この騒ぎに紛れて、なんてちらりと考えた瑛麻なのだが世の中そこまで甘くない。むしろ厳しい。どうやっても逃げられそうになくて、泣く泣くドレスに着替えるしかない。
大風呂で裸なんぞ見慣れているしその手の羞恥心はないのだが、流石にガーターベルトは別な気持ちで部屋の隅にある衝立の後ろでこそこそと着替える事にした。
野郎マネキンは満面の笑みを浮かべたサチが持ってきてくれて大変有り難いが全く有り難くない。
むしろ今すぐガチムチ野郎マネキンを窓から放り投げたい。もしくは蹴り飛ばしたい。
妙な感触のガーターベルトを嫌々ながらも見本通りに装着し、どうしてかサイズがぴったりのヒールに足を入れて不安定さにぐらつきながらようやく着替えが終わる。
「やっぱり!思った通りだよね!瑛麻の色は黒だって思った!濡れた漆黒に星空みたいに真珠浮かべてさ!いやあ、鏑木先輩の衣装に黒があって良かったよサイズもぴったりだし!あ、その真珠は俺が勝手に追加しておいたから感謝してね!いやあ、俺って幸せ者だよね!」
ぐったりしながら衝立を出れば輝く笑顔の男子生徒が瑛麻を見上げて拍手なんぞしていた。
特に目立つ所のない一般の生徒に見えるが中身は正反対。
このイカれた演劇衣装部の部長、渡辺だ。
その後ろには見張り番兼野次馬になった奴らが集まっていて何アレ細い!とか騒いでいるので蹴り飛ばしたい。
そして実際に着てみて分かった事実がひとつ。
「おい渡辺、何でこのドレス背中丸見えなんだよ。寒いじゃねえかよ」
スリットに気を取られていて着るまで分からなかったのだが、どうしてかこのドレス、袖は手首まであってその先にも黒のレースがありスリットはあるものの裾は床に触れる長さまであるのに。胸元もきっちり首まで隠れているのに。なぜか背中ががら空きなのだ。
首の後ろが真珠っぽい飾りで止まっているだけで、あとは腰までがら空き。寒すぎる。
ぎろりと渡辺を睨んで文句を言えば野次馬が一斉に瑛麻の背後に回ってぎゃあぎゃあ騒ぐ。煩い。
「だって元々がそーゆーデザインだし。寒いならショールあるよ。でも俺としてはそのままが良いんだけどなあ」
「風邪引くわ馬鹿野郎」
「しょうがないなあ。ちょっと待ってて今持ってくるから。確かそのドレスに似合うのがあったハズなんだよねー」
ばたばたと渡辺が部屋を出て溜息を一つ。全く、どうしてこんな事になっているのかドレスを着てしまった今でも信じられない気持ちだ。
おまけにヒールなんて生まれてはじめて履いてはみたものの立つ事すら疲れるし足が痛くなりそうで今すぐ脱ぎたい。
なのに野次馬共は瑛麻の溜息に顔を見合わせて関心している。何だって言うんだ。
「うーん、儚げな美人が溜息って所?」
「以外と儚げ属性か。瑛麻ならこう、なんつーかキリっとした感じになると思ってたんだけどな」
「メイクしたらまた化けそうだよね。できあがりを楽しみに僕達はそろそろ行こうか。着替え終わったら逃げられないだろうしお迎えもそろそろ到着するんじゃないかな」
サチとカオルが関心しながら瑛麻を見て、ナオも頷きつつもちらりと腕時計を見て皆を促す。
「あ?迎え?」
「もー、また全然聞いてないし。あのね、ドレスの人には特別護衛がつくんだよ。動きづらいし親睦会でも馬鹿はいっぱいいるし裏で暴れられるし。だからドレスって嫌いなんだよね」
「サチ、毎年暴れまくって衣装ダメにしてるもんな」
ナオが説明してくれるかと思ったらサチに説明された上に不穏な言葉まで混じっていやがる。
そうか、親睦会でもそれなのか。いい加減うんざりだが、それよりも気になる事がある。
ドレスに特別護衛。嫌な予感しかしない。