太陽のカケラ...60



3階も2階と一緒だが格段に妙な衣装が増えた。
着ぐるみは校内案内係だから数は他と一緒だけれど、あからさまに妙な衣装のヤツらがわらわらと歩いている。

 

「この階はPC関係の部と演劇部、衣装部だけだよ。そりゃ多いよね。もう慣れようよ瑛麻君」

「慣れてたまるか」

「衣装部と仲良くしておけば来年の衣装はマトモになるんじゃないのかなーて思うし、普段の服だっていろいろ助かるんだよ?」

 

今度はサチが説明してくれながら、不穏な言葉を聞いてしまった。
可愛らしくにぱっと笑うその姿、いや、今は空手着だけど思い出されるのは数々の疑問しか浮かばない偶に恐怖も浮かぶ普段着で。

 

「ひょっとしてサチの服は衣装部なのか」

「そうだよー。兄さんのお古をリメイクしてもらってるの♪」

「・・・そっか。そりゃすげえな」

 

心なしか棒読みな瑛麻だがサチは見知った生徒を発見したらしくそっちに向かって行ったから怒られる事はなかった。変わりにナオが苦笑しながら教えてくれる。

 

「まあ私服までお願いしちゃうのってそんなにないけど、いろいろと助かるのは本当だよ。仲良くしておいた方がお得なのは間違いないね」

「来年の衣装を考えりゃそうだよなあ・・・ちっ」

「そんな嫌そうな顔しないの。はい、着いたよ。こんにちは、ちょっと見学しても良いですか?」

 

がらりとナオが開けた扉は校舎の一番端だ。ナオを先頭に瑛麻と和麻も後ろから入る。

部活に使用されてはいるが元は教室と同じ造りなのだろう。広さは教室よりもだいぶあるが造りが一緒だ。
でも衣装部と言う名前の通り、部屋の壁をぐるりと衣装が囲んでいて中央にミシンやら机やら布やらでぐちゃぐちゃと言う印象だ。正直人一人通るのもやっとな状態に瑛麻も和麻も唖然とする。

 

「ここが演劇衣装部の一室ね。他にもあるけど。部長、いますか?」

 

そのごちゃごちゃの中でも生徒が多い。全員がエプロン姿でせっせと布と格闘しているあたりは内容はともかく立派な部活だとは思う。が、ナオが声をかけても誰も振り向かない。一心不乱すぎだ。

ナオが軽く肩を竦めて、瑛麻と和麻は良く分からないからある意味異様な光景にもう見学はいいかなーなんて後ずさりしようとしていたら部屋の奥から誰か来た。

 

「悪いな、部長なら奥で布と戯れてる。ん?珍しい顔が来たな」

 

来たとは思ったけど見なかった事にして帰ろうと瑛麻と和麻が一歩後ずさる。
いやだって、ここ、高校だったよな?なのに、なんでスキンヘッドの、どうみても成人超えてるヤツがいるんだ!しかも2mくらいあるんじゃないのかこのスキンヘッド。私服だから余計に老けて・・・いや、そもそも学生なのか?
えらい強面だしデカイし体格だって良い。ジーンズにシャツと言う姿もまた学生らしくない。
司佐も中々の強面だがこの人はさらにすごい。和麻なんて完全に(隠れてないけど)瑛麻の背中に張り付いてしまったではないか。

 

「そこの2人、気持は分かるが取って食ったりはしないぞ」

「気持は分かるけどねえ。瑛麻君、和麻君、柄沼先輩だよ。2年SSクラスで生徒会副会長。ほら、逃げないの」

「べ、別に逃げようとしてた訳じゃ・・・って、え?柄沼って言ったか?」

 

見た目に驚いて、今度は名前にも驚く。あまり聞かない名字だ。
和麻と2人、じっと柄沼と紹介された先輩(なんだろうなあこれでも)を見てみても、知ってる顔と一致しない。瑛麻達の知っている奴はもっと細面で弱そうで神経質なのにこっちはかなり強そうだからだ。

 

「その気持ちすら分かる自分が切ないな。お前らの思ってる通り、院乃都の秘書、柄沼の息子だよ。親には似てないけど」

「!!!」

 

やっぱりか!あの陰険役立たずの息子か!
驚きすぎて和麻と抱き合えば柄沼の強面が少し緩む。笑顔は意外と良い感じだ。

 

「ま、一応改めて。柄沼久士(えぬま ひさし)だ。好きに呼んでくれ院乃都兄弟。お前らは名前で良いんだろ?まあその、大変だったな」

 

うわあ。あの親と全然似てない。中身まで違うっぽい。言葉の柔らかさに感動すらしてまじまじと見ればナオが呆れて溜め息を落としつつ瑛麻の腕をぱしっと叩く。

 

「いやだって!あの陰険の息子だぞ!それがこんな良さそうな先輩だなんて思わないじゃねえか!」

「瑛麻君、それは失礼過ぎるよ」

「いや、構わない。何となく何があったが想像できた。重ね重ね大変だったな」

 

本当に良い人だ!あの陰険役立たずからこんな良い先輩が生まれるなんて!
感動し過ぎて和麻と抱き合ったまま柄沼を凝視していたら戻ってきたサチに背中からどつかれて大変痛い。

 

「だって入り口塞いでるんだもん。あ、久士先輩だ」

「サチも一緒なのか。ま、宜しくな、瑛麻、和麻。それと、部長なら奥に籠もってるから呼んできてやるよ。鏑木のドレスなんだってな、楽しみにしてるぞ」

 

ここにもドレスの、鏑木の魔の手が!
ぎょっとする瑛麻に和麻が瞬時に抱きつきながら押さえに入って柄沼はからからと笑いながら部屋の奥に戻ってしまう。

 

「・・・今からちょっとあの悪魔をぶっ飛ばしてきて良いか」

「瑛麻君じゃ勝てないと思うよ。強さじゃなくて性格的に。勝つ自信あるの?」

 

ナオに呆れられながら言われて思い浮かべる。
ゴージャスな花束をいつでも背負う嫌な男、鏑木・・・うん、勝てる気がしない。

 

「今年は諦めようよ兄ちゃん。それにね、ドレスだって楽しいんじゃないかなあって思うよ。僕も楽しみだし」

「ボクも楽しみだよ?」

「お前らウルサイ」

 

どうしたってドレスから離れられずにぐったりすれば柄沼に呼ばれてぞろぞろと布の山を避けつつ奥に向かう。
しかしこの目立つメンバーが騒ぎながら歩いているのに誰も振り向かないのだから素晴らしい集中力だ。やっている事はあれだけど。

 

そうして、向かった先には一心不乱に煌びやかな衣装を縫っている小柄な生徒と、それを眺めつつ苦笑している柄沼にどこかで見かけた顔も増えていた。

 

「あれ?アンタ見た顔だな・・・テツ、先輩だっけ?」

「おう、覚えててくれたか。久士と一緒に来てたんだよ」

 

きりりとした印象の、桜乃と一緒に来た先輩で弓道部の胴着姿がまた男前だ。

 

「瑛麻君、テツ先輩と知り合いなの?」

「ああ。って行っても桜乃の連れだからって話だけど」

 

驚くナオとサチに簡単に説明すればあっさり納得される。と言うことは桜乃と仲が良いのは周知なのか。札付きの不良だったり、なのにテツと仲が良いのに不思議に思われないと言うのも不思議な奴だ。

 

「喧嘩もするし恐いって噂だけどSSクラスだしボクより暴れないからね、桜乃先輩」

「サチに言われるとすんなり納得できちまうな」

 

この学園の不良が良く分からない。
むしろ誰より注意しなければいけないのはサチだと思うのだが。

 

「いろいろあるんだよ、不良にも。で、見学か?部長はこっちな。渡辺、客だってば。ったく、集中すると全然聞こえねんだよ」

 

そう言えばここは衣装部で一心不乱に煌びやかな布を縫っている小柄な生徒が1人、誰にも目をくれずまだ針を進めている。テツが声をかけても微動だにせず恐ろしい集中力だ。俯いているから顔も分からないし柄沼も溜め息を落として苦笑している。

 

「一応院乃都兄弟の為に紹介しておくか。1年S2の渡辺でお前らとは同級だな。中等部の頃から部長をしている衣装に関してはエキスパートだがこの通りでもある」

 

同級生なのか。驚いて針を進める生徒を見ても全く視線が上を向かない。
こんなに集中して、何も目に入らないのもすごいと思うのだが、それよりも。

 

「何でアンタら2人はここにいるんだ?」

「衣装の直しにって言っただろう?」

「だってこの調子なのに?」

「俺達も来たばかりだったんだよ。メモを置いておけば直してくれるしな」

 

そう言う事か。納得して改めて渡辺と紹介された生徒を見ても瑛麻達には全く気づいていない様だ。

 

「部長が正気だったらいろいろ説明してくれたんだけどこれじゃね。まあ衣装部は概ねこんな感じだよ」

「はあ・・・何かいろいろすげえな」

「じゃあ次行ってみよー。ね、ボクお腹空いちゃった。後は調理部だけだもんね。瑛麻君も和麻君も調理部なんだよね。早く行こうよ」

「腹減ったって、見学前にしこたま食ってなかったか、菓子とか」

「だって成長期だもん。ほらほら、早く」

 

確かにこのまま衣装部にいても邪魔になるだけだろうし、見学はできたから移動するべきだ。が、最後に残っているのは本命でもあり、悪魔の巣でもある部活だ。
左腕にサチがぶら下がってぐいぐいと引っ張られるが気が進まない。
嫌な顔になる瑛麻を全員がスルーして和麻も楽しそうに瑛麻の後についてくる。

 

「これから調理部か?俺らも一緒に行こうぜ、久士」

「いや、俺は生徒会が」

「いいじゃんちょっとぐらい。小腹減ったしさ」

 

ナオだけが部屋を後にする時に丁寧な礼をして、後はぞろぞろと廊下に出る。
小腹が減っているのはサチだけじゃなくテツもで、柄沼も引きずり込まれて苦笑している。

 

2年の2人が加わってさらに目立つ集団になった。サチとナオだけでも目立つのに2年の2人がまた目立つ。歩くだけで注目されるのもいい加減慣れてきたがこの妙な空間の中でも異彩を放つと言うのはなかなかにすごい事だといっそ感心してしまう。

 

「あのね、一応言っておくけど和麻君と手を繋いで歩くのが一番目立ってるんだからね」

「そうか?」

「そうなの。まあ良いけど」

 

呆れるナオに対して瑛麻も和麻も素知らぬ顔だ。

だってこの妙な空間で和麻の緊張が全くほぐれないのだから兄としては安心させるべきじゃないか。もちろん声に出しては言わないけど、ラブラブに見えてこっちだっていろいろあるのだ。



back...next