太陽のカケラ...58



「SSクラスなんだから運動神経も良いしもちろん頭も良いんだから、トモ君だったら大丈夫だよ。あの騒ぎで少しは学園の馬鹿も減ったし、これから良い方向に行くんじゃいのかな。全く、僕とカオルの服だったら入りそうなものなのに、緩いだなんて信じられないよ」

 

ナオの眼鏡がきらりと光り、嬉しそうな声色は最後に呆れに変わって溜め息を落とす。
両手に持つのはきらびやか、としか言いようのない衣装だ。

 

「そう願いたいな。まあ俺らもバリバリ協力しようぜ。ほら瑛麻、動くなっての」

「ほっそいよねー瑛麻君。体重何キロ?ボクより軽いでしょ」

 

風紀委員の部屋から出て数時間後。午後の授業を終え、なぜか瑛麻は自分の部屋で採寸をされていた。

なぜかって、親睦会の衣装だそうで。いや、何で親睦会に衣装が必要なのかと頑張って突っ込んだ瑛麻の努力は全てみんなの失笑でスルーされて自分の部屋なのに逃げる間もなく連行された。

 

「しょうがないよね、兄ちゃんが悪いんだしまた痩せてるし。格好悪くなっちゃうよ、あんまり細いと」

「和麻ウルサイ。お前の衣装は良いのかよ」

「僕は衣装は京橋会長のお古なんだって。サイズがぴったりだって」

「あ、っそ」

 

それにしても、親睦会が立食パーティーだとは思いもしなかったし、そもそも予定の確認なんてしなかったから驚いた。
しかも高校生の立食パーティーなのに制服が駄目だと言うことはどういう事なのだろうか。って言うか、スーツならまだしも。

 

「・・・今更聞くのもアレだけど怖いから聞く。和麻、借りたのは良いけど、それ、仮装じゃないのか?」

「格好良いでしょ?」

「いやだから・・・」

 

どう見ても、仮装じゃないか!と思うのもこの場では、いや、この学園に限っては瑛麻一人だろう。寂しいけど。

 

「もー瑛麻君、さっきから一人でウルサイよ!毎年親睦会の立食パーティーは仮装なんだから。あんまり文句言うなら着ぐるみにしちゃうんだから!」

「駄目だよサチ、正装の仮装なんだからドレスにしないと」

「あ、それ良い案かもな。瑛麻ウエスト細すぎ!」

「・・・もう嫌だ」

 

いっそ泣き崩れてしまいたい瑛麻に周りは言いたい放題でもうどうにでもしてくれ、状態だ。

 

生徒会主催で行われる親睦会。来週にあるそれが、まさか仮装パーティーだなんて誰が思う。その上、正装だなんてもう訳が分からない。

そもそも親睦会の話題が出たのは放課後だった。さあ寮に戻って一休み、の時に丁度話題が出たのだ。
曰く、今年の衣装は何にすると。そこで首を傾げる瑛麻兄弟に当然のごとくサチを筆頭に騒ぎになり、ナオに連行されカオルに捕まり。

 

「親睦会は中高一緒なんだけど、高等部はオマケみたいなものだからね。元々は中等部の一年生の為にあるんだよ。だから仮装で正装なの。そんな衣装持ってる子なんていないし、そもそも生徒主催だから保護者には知らせてないし」

「そこで先輩に頼る事になる!代々受け継がれてきたってのも変だけどそんな訳で先輩達の衣装で間に合うし、仮装なら流行も関係ないし。だいたいのサイズがあるから新入生の分はあるんだけど」

「和麻君は普通サイズだけど、瑛麻君、特殊サイズだったとはねえ。やっぱりボクよりウエスト細いし。もー食べなきゃ駄目だよ」

 

だからウルサイよと言っても無駄だ。ぐったりしながらカオルにあちこち採寸されてナオとサチにダブルで愚痴られ散々だ。
特殊サイズで悪かったな。こちとら正装すらした事ねえよとは口に出しても無駄な文句で、和麻だけがそんな兄の内心を全て分かって生意気にも溜め息を落としている。むかつく弟だ。しかも格好良いし。

 

そう、和麻も衣装合わせと言う事でサチが会長から借りてきたらしい衣装を着ている。
漆黒のフロッグコートに何故かフリルのついたシャツに深紅のリボンタイ。体格も既に高校生と変わりない、いや、瑛麻より大きくてしっかりしているから似合っている。ものすごく似合っている。

 

「・・・なあに兄ちゃん、そんな目で睨んだって知らないよ」

「けっ」

 

若干嫉妬混じりに和麻を観察していたらどうやら睨んでいたらしい。別に睨んではいないが、何かむかつく。
それでも格好良い事には変わりないからカオルが離れた隙に和麻の方に寄って遠慮無く妙な衣装を触ることにする。

 

「目を離すとすぐいちゃつくんだからお前らは。瑛麻、自分の事なんだからちっとは協力的になろうぜ」

 

誰がなるかボケ。離れたと思ったのにすぐ戻ってきたカオルが両手を腰に当てて呆れているが瑛麻の知った事ではない。
脱がされたパーカーを着込みつつ知らんフリしていればナオとサチが何やら唸っている姿も目に入りどうしてそこまで真剣になるんだか、だ。

 

「ほんっとに人ごとだな瑛麻。別に良いんだけど、少しは参加しないと後が大変だと思うんだけどなあ」

「何がだよ」

「だって特殊サイズって言われてるじゃん。それがココでどーゆー意味になるのかを・・・まあ、後でもいっか」

「気になる言い方すんなよカオル。どう言う事だ?」

「教えなーい。おーいナオ、見つかったか?」

 

だから何でそこまで真剣になるんだとツッコミたいけれど、カオルの言葉も気になる。和麻と2人、視線を合わせてからナオを見れば何やら真剣に唸っていて・・・もう突っ込む気力もなくなりそうだ。

 

「まだだよ。でも見覚えがあるんだよね、瑛麻君のサイズ」

「ボクもどこかで見た気がするんだよねー。こんな変わったサイズそうそうないし」

「お前ら失礼過ぎるだろ。俺はそんなに変なのかよ。普通だろうが!」

 

本人を目の前に何て言いぐさだ。気力を振り絞って突っ込めばそれでもナオとサチは真剣に唸ってカオルまで首を傾げて。

 

数秒後。

 

「思い出した!これ鏑木先輩だぜ、ぜってーそうだって!」

「そうだ、僕とした事が。ちょっと聞いてみるね」

「そう言えばそうだったかも。って事は鏑木先輩のお古かあ瑛麻君」

 

カオルが大声を出したと思ったらナオとサチもはっとした顔になってスッキリした顔になってやがる。
これはもう瑛麻の事だけれど、瑛麻の出る幕はなさそうだ。

 

 

そうして。
ばばん!と目の前に出された衣装の数々にすっかりなくなった気力がさらに減った。突っ込む気力もマイナスだが、これは言わないといけないだろう。瑛麻の目の前で広げられる鏑木の衣装は、それはそれもう煌びやかで、確かにらしいと言えばらしい。

だがしかし、その全てがどう見ても女性用の、ドレスやら何やらだと言うのはいったいどういう事だ!

目を半分にして嫌々摘む衣装の1つは深紅のドレス。そして、そのドレスの向こうでゴージャスな花を咲かせる衣装の持ち主がにやりと笑む。

 

「いやまさか俺のサイズで入るヤツがいるとはなあ。それも瑛麻ときたもんだ。お前どんだけ細いんだよ」

「その細かったやつに言われたくはねえよ。つか何だこれ、正気か?」

「そのサイズ、中2の時のだから痛くも痒くもねえよ。正装だろうが」

「・・・そうか、正装に性別は関係ねえのか。いっそ学園ごと潰してえ」

「だから食わなきゃ駄目だって言ったろ。諦めろ、さっき見たけど瑛麻のサイズじゃこれしかねえよ。むしろ俺がいた事に感謝しろ」

「できるか馬鹿野郎!」

 

摘んでいたドレスを鏑木に投げてもダメージはゼロだ。むしろ何をやってもダメージを受けるのは瑛麻だろう。
クッションを抱えてすっかりいじけ君の瑛麻を置いて和麻が興味津々で衣装を広げては何やら関心している。
そもそも普通の中学3年生にこんな衣装を見る機会なんてものはないから自分に害がなければ鑑賞も楽しいものだ。そして気づくのは当たり前の結論でもあり。

 

「と言う事は、鏑木先輩は女装してたんですか?」

 

そう、この衣装が鏑木の物だと言うのならばもちろん所有者も一度は着ていると言う事で。気づいた和麻とクッションに懐いて何やらぶつぶつ言っていた瑛麻も気を取り直して鏑木を見る。
ソファを陣取りつつ足を組む鏑木なら確かに似合いそうだ。そもそも男前と言うより女性的な美貌の持ち主で線も細い。

 

「俺のだから当たり前だろうが。今年もドレスだぞ」

 

ふふん、と当然の様に言われてしまった。
そんなに堂々とドレスを前に綺麗な笑みを浮かべてほしくないものである。

瑛麻と和麻で視線を合わせて目を半分にして、横目でちらりとドレスの山を見る。
気づきたくない事実がもう1つ浮かんだからだ。だって、どう考えても数が多い。と言う事は。

 

「割合としては1割くらいだけどドレスの人もいるし、着物の人もいるし、仮装だからね。後、仮装するのは親睦会だけじゃないし」

 

そうか、やっぱりか。その先は怖いから聞かないことにして今現在の問題は瑛麻の衣装がこのドレスの山から選ばないといけないと言う事だ。

 

「いや待て、今から衣装用意すれば良いんじゃねえか。つか着物が良いなら羽織袴でも良いんじゃね。だったらサイズだって」

 

はた、と気づいた。そうだ、何もサイズがぴったりな洋装じゃなくても良いじゃないか。着物ならサイズだっていくらでも調整がつくじゃないか。
一度気づけばもうこんなドレスの山なんて必要ない。ぐったりしていた気持もすっかり元通りになる瑛麻だったのだが。

 

「わざわざ俺の衣装を用意させて着ない、なんて事はねえよな瑛麻」

「言うに決まってんだろ。来週なら今から探せば間に合うしな」

 

鏑木が面白くないと顔にでかでかと書いて瑛麻を睨むが、こっちだって負ける訳にはいかない。
しかしながら、直ぐに鏑木が微笑む。あまり質の良くない、それでも綺麗な笑みで嫌な予感がした。

 

「俺が風紀のトップだって事を忘れてるな。ぜってぇ誰にも衣装の貸し出しはさせねえ。お前らも瑛麻のドレス姿、見たいよな」

 

ふふふと笑う鏑木に今度は瑛麻が面白くない顔をする番だ。
すっかり忘れてたと言うか、そもそも実感さえしていないが、こう見えて鏑木はこの学園の実力者であり、声を賭けたヤツらはいつの間にかドレスを広げて鑑賞しつつ瑛麻を放って遊んでいるではないか。

 

「そうだなー。面白そうだしサイズも合うんだし良いんじゃね」

「確かに面白そうだね。意外と良い線行くと思うけど」

「お祭りなんだし楽しんだ方が良いよね。それに瑛麻君、意外と綺麗だし」

 

鏑木の声に反応した3人はすっかり乗り気で今度はどのドレスが一番瑛麻に似合いそうかなんて選定に進んでしまった。これは、非常に良くない進み方だ。

そして、もう一人。楽しそうにドレスを選定する輪に加わる瑛麻の味方、だったヤツ。

 

「僕も見てみたいな。似合うと思うよ、兄ちゃん」

 

和麻だ。この中では、いや、何もかもをひっくるめて瑛麻の味方なのに、どうしてこんな時だけそっちに行くんだ弟め!
恨めしそうに睨んだって効き目はない。

 

「決まりだな。ま、ドレスが嫌ならもうちと食って太る事だぜ。いやあ、今年の親睦会は楽しみだな。負けねえぞ瑛麻」

「勝負する気なんざねえよ・・・くそ」

 

どうやら瑛麻の衣装はドレスに決定してしまった様だ。




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