テーブル席でぎゅうぎゅうになりながらそんなやりとりをしていればあっと言う間に時間が過ぎて、モーニングの時間が終わる頃に君琉が帰った。
モーニングの終わる頃は丁度客の空く時間帯で、昼近くまではまったりだ。
テーブル席から移動して(もちろんお姫様抱っこでだ)カウンター席の、定位置に座れば司佐が内に入って洗い物をする。
司佐の両親は一休みで家に行くからこの時間帯は司佐一人の事が多い。和麻もカウンターの内で手伝って、そんな2人をぼんやりと眺める。至福の時間だ。
「お前本当に好きだよな。ぼけっとしてるの」
「違うよ司佐。兄ちゃんは司佐を眺めてうっとりしてるんだよ」
ぼんやりしていたらカウンターの2人に笑われて、けっと横を向けば客が入ってきた。からん、と音を立てる扉を眺めつつこの時間に珍しいと思えばまた見知った顔だった。
「やっぱり帰ってた。おっす瑛麻、和麻。司佐も久しぶり〜」
桜乃だ。金色の髪に軽薄そうに見える笑み。黒のシャツにジーンズで朝から元気だ事だ。
そして、桜乃の後ろからもう一人。こっちは背が高くて和麻くらいだろうか。白のTシャツに擦り切れたジーンズで全体的に厳つい雰囲気の、見かけは年上だろうがはじめて見る顔だ。
「おう、久々だなチビっ子。何飲む?」
「俺はチビっ子じゃないっての。もー」
一人で賑やかに店に入ってカウンターの、司佐の正面に腰掛けてやがる。
連れの男も隣に腰掛けてぺこりと頭を下げた。こっちは礼儀正しい様だ。
「あ、これ俺のダチでテツ、橘 哲生(たちばな てっせい)」
「はじめまして。桜乃の同級です」
しかし随分と姿勢の良い奴だ。和麻と視線を合わせて瞬き一つ。それからテツを観察していれば向こうも気づいた様で驚いた顔をしている。何だ?
「いや、すまない。ここに来る間に桜乃から話しは聞いていたんだが」
どんな話しをしたんだ桜乃は。と言うか何を言ったんだあの馬鹿は。
驚いて、それから気まずそうにしているテツはあからさまに司佐と瑛麻を視線で往復している。そうか、そう言う説明か。
「和麻、ちょっと行ってこい」
「全く、桜乃は馬鹿なんだから。お仕置きだよ」
「ぎゃ!」
残念だ。ここで瑛麻が動ければ蹴りの一発でも入れてまた綺麗に飛ばすと言うのに。桜乃を睨んで和麻が動けば面白い様に顔色が変わって悲鳴を上げている。
そんなに怖いんだったら最初から変な説明をしなければ良いのに。
「お前ら店で騒ぐんじゃねえっての。和麻、後で俺が説教しとくからプリン食え。瑛麻もだ。テツって言ったか?お前にもサービスしてやる。チビっ子はなしな」
和麻が席カウンターから出ようとすれば司佐に止められてプリンを渡されている。もちろん瑛麻の分もで、桜乃を抜かしてテツの前にも一つ。
プリンは司佐の母お手製のものだ。和麻はうきうきとカウンターの中なのにスプーンを手に取って早速嬉しそうな顔で食べはじめている。可愛い。
瑛麻はまだお腹がいっぱいで珈琲ですら持てあまし気味なのでそっと和麻の方にプリンの容器を押しやっておく。そんな、普段通りのやり取りに、けれど一人は普段通りじゃなかった様だ。
テツが腹を抱えて大爆笑したいのを堪えている。
「あの桜乃がここまでとは・・・くくっ、これは面白いものを見た。足になった甲斐があったな」
「ちょ、テツうるさいよ」
そんなに変なやり取りだっただろうか。あまりの笑いっぷりにきょとんとする瑛麻兄弟に、司佐は苦笑しているだけで桜乃は嫌そうな顔になっている。
ひとしきりテツだけが涙まで浮かべて笑って瑛麻の方を見た。
「あの桜乃がここまでやり込められているとは想像もしなかった。ああ、分かっていない様だから改めて。名前はさっき言ったが俺は風紀の黒、警備だ。2年S1で弓道の特待でもある」
「・・・はあ?」
今、ひっじょーに桜乃とは正反対の自己紹介を聞いた気がする。
思い切り首を傾げれば和麻も一緒で司佐だけがそのままで。
「えーっと、桜乃は不良じゃなかったのか?札付きって聞いたぞ。信じられねえけど」
「その札付きの不良を出会い頭に蹴り飛ばしたヤツに驚かれてもな。まあ、腐れ縁だ」
「しょうがないだろ、バイク持っててここ知ってるのテツくらいしかいなかったんだからな」
テツの前に置かれたプリンをこっそり取ろうとしながら桜乃が説明する。
もちろんプリンは手に入らなかった。
何でも桜乃とテツは中等部の頃から同室で気が合う合わないよりも前に腐れ縁、との事だ。
しかし何度考えても桜乃が札付きの不良・・・似合わないと言うか実感がない。
そもそもあのカオスっぷりが激しい学園で不良と言われても今ひとつピンとこない瑛麻だ。
そんな瑛麻にテツは考えている事が分かったのだろう。美味しそうにプリンを頬張りながら(似合わない)戯れに隣で騒ぐ桜乃の口にも一口放り込みながらにやにやしている。
「不良って言ってもコイツの場合は目立つ様に暴れる事はない。主に学外の噂が尾ひれで札付きになっているだけだ。まあ、ストレス発散とばかりに警備に隠れて暴れるのはどうかと思うがな」
ああ、そうか。テツの言葉で納得した。
そう言えば桜乃は夜の街で喧嘩し放題だった。瑛麻兄弟と一緒に。
「って言うか、あの学園で不良って言ってもイマイチなあって気もするぜ。一年で一番おっかねえのって間違いなくサチしかいない気がするし」
もしくはナオか、カオルか遊佐か。世間一般での不良、と言う言葉には当てはまらない奴らがぽんぽんと浮かんで司佐にも一応説明する。
「ふうん、随分可愛らしいチビだったが強いのか。瑛麻、ほどほどにしろよ」
「分かってるって」
「怪我した兄ちゃんが言っても説得力ないからね」
「う・・・」
ここでは瑛麻も弱い。ついでに和麻の方に置いたプリンはしっかりと瑛麻の前に戻っていて司佐が無言で見つめてくるから逃げられない。
美味しいのは分かっているけどお腹がいっぱいなのは仕方がない。でも逃げられない。仕方がないのでちまちまとプリンを突いていたら桜乃が期待を込めた眼差しで見つめてくるから手招きしてみれば食い付いた。
「お前も良く食うよな」
「瑛麻が食わ過ぎなんだって。あ、そういや学園には何時くらいに帰ってくるんだ?今日だろ?」
「俺が送ってく。そうだな、昼過ぎに出発か。チビはどうすんだ?」
「俺はテツに乗っかってく。街で遊びたいし。瑛麻の怪我がなかったら誘うんだけどなー」
「また今度な。ほれ、もう全部食え」
「やった!サンキュー!」
こうしていると昔に戻ったみたいだ。
司佐の家で、司佐がいて和麻がいて桜乃がいて。まあ、テツもいるし瑛麻と桜乃のやり取りを珍しそうに見ては御機嫌そうだけれど。
懐かしい空気にじんわりと胸が痛んで、ふと視線を落とせば何も言っていないのに食器を洗い終えた司佐に頭を撫でられた。