太陽のカケラ...49



まさか司佐が人前で瑛麻にキスするなんて。でも、怒ってる。
じわじわと怒っている空気が司佐の車の中をぐるぐる巡って、助手席に座る瑛麻をちくちくと攻撃する。


学園からは高速道路を通って司佐のアパートに帰る。その途中、無言の時間が続いて何ともいたたまれない。和麻は普段通りだけど、瑛麻は針のむしろな気持だ。


「そう言えば昨日の騒ぎで聞き忘れちゃった。兄ちゃん、後でちゃんと誰にやられたか教えてよね」


司佐はずっと無言で運転をしているのに和麻が後ろからさらりと言う。
この空気が読めないのか!と言いたいけれど、和麻の場合は絶対知り尽くしての言葉だ。


「だ、だから俺は知らないって。知ってるのはたぶん2年で20人くらいでナオと友秋を暴行しようとしたくらいだって」


そもそも瑛麻は部外者だったハズだ。たぶん。
小さな声で答えれば運転席の空気が変わる。


「・・・暴行?」


司佐の声が低い。怖い!
らしくなく、いや、司佐の前ではいつだって瑛麻は弱いのだ。うーと唸りながらちらりと横を見る。


「男子校で中高一貫だから、多いっぽい。俺は関係なさそうだけど」
「だが、怪我はしているだろうが。バカ」
「う・・・ごめんなさい」


司佐の車は大人数で遊びに行く事も多いからワゴン車だ。空間が広くて、だからこそ司佐の静かな声が響いて余計に怖い。
びくびくしていれば丁度パーキングに入った様で静かに車が止まる。


「和麻、悪いけどちょっと買い物頼まれてくれるか?俺はブラックな」
「ゆっくり買い物してるから大丈夫だよ。司佐、ちゃんと怒ってね」


瑛麻を取り残して怖い会話が交わされる。和麻は全面的に司佐の見方だ。特にこんな時は瑛麻の敵にもなる。
もう俯いて身構えるしかない瑛麻にやや間をおいて、深い溜め息が落ちた。司佐だ。もう泣きたい。


「全く、そんなビクビクすんなっての。瑛麻、顔上げろ」
「だって、怒ってる」
「ああ、盛大に怒ってる」


なのに素直に言う事を聞いてしまうのは昔からの癖。恐る恐る司佐を見れば大きな手が伸びて頬の、絆創膏の所を撫でられた。


「心配するだろ。恋人が怪我してボロになった挙げ句に男子校で暴行騒ぎなんて。俺の気持ちも推し量ってくれるとありがたいんだがなあ」


真っ直ぐに瑛麻を見下ろす司佐の表情はとても優しいものだった。怒っているのにちゃんと瑛麻を心配してくれていて、心が鳴る。


「・・・俺、司佐の恋人?」
「お前なあ。恋人だろうがちゃんと」


そうだろうか。ずっと瑛麻の片思い状態だと思うのに、恋人なのだろうか。
真っ直ぐに、想いを込めて見つめるその視線は自覚はないものの瞳が全てを語る。もちろん瑛麻は分からないが司佐がふわりと笑んだ。


「もうちょい大人になるまでいろいろオアズケにはしてるけど、俺はちゃんと告白に応えた。だから恋人だろうが。しかもあんな美形に囲まれてるなんてまだ入学して一週間だろう。それもずっと一緒なんだろ」
「へ・・・?」


何か今、とても貴重な言葉を聞いてしまった気がする。
ぽかんと口を開ければ頬にあった手で額を小突かれた。


「察しろ。そして少しは信じろ。俺は絶対に瑛麻を見捨てない、裏切らない、守る。忘れたのか?」


忘れてなんてない。けれど、それは恋人になる前の遠い記憶の中の約束だ。もちろん嬉しいけれど、恋人になったのに何も、手を出してくれない司佐を・・・それでも信じている。


「信じてるよ。もちろん・・・なあ、キスして」
「車の中ではダメ。帰ったらな」
「恋人?」
「乳繰り合うだけが恋人じゃないだろ」
「俺、バカだから、分からないよ」
「嘘付け」


見つめ合ったまま交わす言葉に愛の言葉はないし、キスもない。瑛麻の思う恋人とは違うと思うけれど、司佐がそう言うのならば全てを信じると決めている。これが、盲信であればいっそ楽かもしれないけれど、心の奥底ではとても冷静な瑛麻もいる。


信じてる、誰よりも。
けれど、恋人と言い切るには想いが一方的過ぎるのもまた事実として認識している。


「もう少しちゃんとバカになれ瑛麻。でも乳繰り合うのはせめて高校出てからだからな」
「・・・ケチ。じゃあキスしてくれよ」
「それは家に帰ってから」


こういう場合、たとえば瑛麻が襲いかかったとしてもビクともしないから無理だ。ちゃんと司佐の同意を得てからじゃないと何も進まないしできない。
恋人だとは言ってくれるし、ちゃんと告白も受け止めてはくれているけれど腑に落ちない気持でいっぱいにもなる。
軽くあしらわれている訳ではなくて司佐は司佐なりに考えてくれているのだとも分かっている。
瑛麻はまだ子供で司佐は大人。その差も。納得はできないけれど。


「と、来た来た。悪いな和麻。今日は和麻の好きなメニューにするぞ」
「ホント、ありがと。司佐」


そうこうしている間に本当にゆっくりと飲み物を買っていた和麻が戻ってくる。
出来の良い弟は何だって上出来で、空気だってばっちり読める。
瑛麻には甘い珈琲を買ってきてくれて自分はお茶を飲みながら機嫌良く席に戻って、また車は静かに走り出した。





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