太陽のカケラ...45



「瑛麻君、ごめんね。怪我、痛いよね。僕、逃げるだけで何もできないし・・・僕も原因なのに」
「俺の短慮が招いた事でもある。すまなかった。その、気が済むならいくらでも殴ってくれ。何でも言いつけてくれ。悪かった」


部屋に戻ったら戻ったで泣きはらした顔の友秋と、顔の半分を変形させた篤斗に出迎えられた。


「友秋が無事なら良い。俺はかすり傷だし心配してくれんのは有り難いけど泣くな。真っ赤だぞ」


泣き顔の友秋を見て改めて思う。これは危険だと。
良く見れば整った顔立ちに線の細い印象が余計に危うい。綺麗な笑顔で、ほんのりと笑う友秋の方がもちろん魅力的だがそれは健康的な、友人の視点としての魅力だ。が、この雰囲気であれば襲われやすいと言う理由にも感心するばかりだ。納得はしないが。
軽く友秋の髪を撫でて笑顔を見せれば少しほっとしたのだろう。痛ましい笑みの上に涙が一粒零れる。


「大丈夫だって。ほら、泣かない。それと、篤斗」


ぽん、と軽く友秋の肩に手を置けばまだ震えていた。そのまま隣に立つ篤斗を睨み上げれば申し訳なさそうな表情をしながらも視線は反らされず真っ直ぐに瑛麻を見る。


「サチにやられたみたいだから俺は止めておくけどな。お前、友秋を好きで守りたいってならもう少し考えろ。次、同じ事があったらお前は友秋を失うかもしれないんだぞ。いつも助けが入る訳じゃない。お前の為にじゃない、お前が好きだと言って守ると誓った相手を絶対に手放すな。ましてや拙い陽動に乗せられて側を離れるんじゃねえよ、馬鹿」
「すっ、すまない」


静かに言い放つ言葉がサチの拳より耐えたのか、篤斗の目も真っ赤になる。このままだと二人とも大泣きしてしまいそうだがまだ後ろには2人も使えている訳で。


「友秋先輩、泣かないで。篤斗先輩は泣いても良いと思うけど」
「お邪魔しまーす。あ、俺は瑛麻の知り合いだから無関係ね。そこの所キッチリ頼むね。これ以上睨まれたら俺死んじゃうから」


和麻と桜乃、特に桜乃の姿に友秋と篤斗が驚く。それはそうだろう。札付きの、と言われている人物だ。
青ざめる友秋に篤斗が一歩前に出る。そうそう、その調子。


「これ、桜乃は俺の知り合いだから大丈夫だぜ」


安心させる様にトンと篤斗の胸を軽く叩いてリビングに移動する。5人も入ればそう広くはない廊下も狭い。ぎゅうぎゅうになりながらリビングに入ればほっとして、痛む身体がもう動きたくないとソファに沈む。
はふ、と息を吐けば友秋が泣きそうな顔で救急箱を持ってきて、和麻が当然の様に受け取る。身体中が痛んできたけど面倒だからソファに沈んだままでいたら和麻にべりっと服を剥がされた。


「やっぱり酷いじゃない・・・誰?」


そんなにお気に入りではなかったけれど、それなりに気に入っていたシャツもパーカーもダメそうだ。なんて和麻に剥がれた服を眺めていれば怒られる。


「誰って言われても俺は知らん。会長とか鏑木なら知ってるんじゃないのか?」
「後で聞く」


べりっと向かれた瑛麻の上半身。あちこちが内出血で切り傷まであって思っていた以上に酷い姿だ。
同じ年の少年に比べ線が細い身体に色も白いから余計に傷の悲惨さが目立つ。
友秋はお茶の用意をしながら瑛麻の傷を見て涙を零し、篤斗は痛ましそうに視線を反らした。桜乃と和麻だけが平然と、但し和麻は怒り狂いながら傷の手当てをしようと手を伸ばしたのだが。


「あ、後で大風呂入るから手当は夜にするわ」


けろっと瑛麻が言ってしまった。この怪我で風呂。それも大浴場。
みるみる間に和麻から黒い何かが湧き出て隣に座っていた桜乃がじりじりと後退する。


「兄ちゃん?この怪我でお風呂なんて、何言ってるの?」
「だって汗臭いし汚れたし、それにアイツ等に風呂で説明って事になっちまったし」
「お風呂で、説明?何でこの怪我で?って言うか兄ちゃん大浴場組なの?」
「おう。メンバーはカオスだけどデカイ風呂は良いぞ」


瑛麻だけが和麻の怒りに気づいていなくて大浴場を思い浮かべて笑顔になっている。
もう和麻から出る黒い何かは友秋も篤斗も後退させて、桜乃なんて部屋の隅にまで逃げているのに。


けらけらと笑う瑛麻に静かに、けれど瑛麻以外の人間にははっきりと和麻の何かが切れた音がした。救急箱の蓋を閉じながらにこり、と微笑んで瑛麻を見て、部屋の中をぐるりと見てからまた瑛麻に視線を戻す。


「・・・分かった。じゃあ今から僕と一緒にお風呂入ろう。勿論部屋のお風呂ね。そうしたら傷の手当てして、全員呼んで。部屋に入りきらないのなら共同空間でも何でも借りて。先輩、今すぐ手配して」
「へ?何でだ?別に良いじゃん。かすり傷だし、大袈裟だぞ、和麻。だいたいどさくさに紛れて何で一緒に風呂なんだよ」
「兄ちゃん、そろそろ従ってくれないと、怒るよ僕」


それでもけらけらと笑う瑛麻に和麻の両手ががっしりと瑛麻の肩を掴む。視線を合わせてにこにこと微笑む弟の表情に、ようやく瑛麻の口が閉じた。本当に、ようやく。和麻の怒りが正しく瑛麻を包み込む。


「・・・悪い。けど、地元組が家に戻ってるからやっぱ風呂は外せないと思うんだけど」
「だったら今すぐ呼び戻して。誰か連絡先知っている人、いますね。今すぐ連絡して下さい。僕たちお風呂入ってきますから」
「いやだから、何で一緒になんだよ」


部屋の中が完全に和麻の空気に支配されている。中学生が怖くて一言も口を挟めない。こんな怖い和麻を前に平然としていられる瑛麻はやはり兄だと言う事か。
桜乃はガタガタと顔を青くしながら部屋にあったクッションを抱えて震え、友秋は篤斗の腕に抱きついて、篤斗も友秋を守る様に見えて実は背中に手をまわして守ってもらっている有様だ。


確かに瑛麻の怪我は酷いものだとは思うが、それよりも和麻が怖い。
そして、何で一緒に風呂に入るつもりなのだと口に出しては言えないけれどみんなが思っていれば。


「だって兄ちゃん、右足怪我してるでしょ。ずっと庇って歩いてたよね。骨は折れてなさそうだけど捻挫だったら後に引くから僕の治療が終わったら保健室にも行くからね」


言い切られた。こんなのかすり傷だと、そう思って隠していたのは事実な瑛麻だ。ち、っと嫌そうに横を向けば和麻に持ち上げられる。兄なのに、米袋を持つかの様に持ち上げられた!


「和麻!何すんだよ!」
「兄ちゃんが言う事聞かないからでしょ!ほら、お風呂行くよ!入りたかったんでしょ!」
「一人で入れる!ってか大風呂に行くんだってば!」


兄弟なのに、兄なのに、こうも軽々と弟に運ばれるなんて。
暴れたって体力の落ちている今はどうやっても和麻に敵わず、唖然とする3人をリビングに残したまま風呂まで運ばれた。






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