太陽のカケラ...43



屋上に向かえばようやく黒い空気がなくなって、お祭り騒ぎに戻れた。
三階建てでも天井が高い造りのおかげで結構な数の階段を上り、その間にもあちこちで楽しそうにじゃれる1年と2年の姿を見かけて頬が緩んだ。
瑛麻達を襲った馬鹿共は特殊らしく、拳と拳の語り合いになりそうだと思ったレクリエーションもそれなりに楽しそうでちょっと羨ましいとさえ思う。


なんて、珍しく感傷に浸りながら屋上に上がればなぜか人が多い。
入り口付近には1年の集団で、その奥には審判と、2年の群れ。


「何でこんなに多いんだ?」


特別情報だと鏑木に言われて素直に来てみたものの、人数が多すぎる。けれど、まだ誰も動いていないのが不思議。
首を傾げれば会長が嫌そうな顔になった。


「あの奥で待ちかまえてる2年はどれも札付きの問題児だ。但しさっきの馬鹿共と違って正攻法のな」
「は?」


微妙な説明にまた首を捻ればいつの間にか遊佐に肩車をしてもらっているサチが顔を輝かせる。


「要するに札付きの不良って所かな。みんな集まってるねー。あれじゃ怖くて手を出せないよねー♪」
「遊佐、そのままサチを押さえててね。もう、こんなに集まっても睨めっこしてるばかりじゃ時間が来ちゃうよ」
「確かになあ」


人数から見て瑛麻達が一番最後に屋上に到着した様だ。
一番後ろで高みの見物ではないけれど、似た状況でもある。もう暴れるのもしんどいし、これは見学だけでも良いかなー、でもまだレクリエーションをちゃんと楽しんでもいないしなー、って言っても今度は不良と乱闘もいい加減怠いしなー。


なんて悩む瑛麻をよそに周りはやる気で、人混みをかき分けてどんどん前に進んでしまう。瑛麻もカオルに手を引かれてずんずんと。


「いやちょっと待て。俺はまだやる気じゃねえっての」
「何言ってんだよ。瑛麻が言い出しっぺなんだから一緒に行かなきゃダメだろ」
「疲れた。俺はお前らの後ろで見学でも良い」
「またまたあ」


やいのやいのとカオルと言い合っていればサチを肩車した遊佐を先頭に最前線に出てしまった。


「お、狂犬と遊佐じゃねえか。そうしてると可愛いぜ、サチ」
「ウルサイ!何でボクの名前があったのに桜乃(おうの)の名前がないのさ!ズルイよ!」


どうやらサチとは知り合いの様だ。仲良く吠え合う声に札付きの不良を眺めて、首を傾げる。


サチに桜乃と呼ばれた生徒。金色の髪に薄い茶色の瞳。悪巧みの似合いそうな軽薄な笑みに見えるのに不思議と愛嬌がある。
白のパーカーにジーンズと、シルバーアクセサリーがじゃらじゃら。体格はサチと一緒で言われなければ札付きの不良とは誰も思わないだろう少年で、けれど瑛麻の内にはあの声と姿と全く一緒の知り合いが『うけけ』、と笑みを浮かべてぽん、と浮かんで。


「桜乃!何でお前が先輩なんだ!?」


思わず叫んだ。いやだって、年下だと思っていたのに年上とは!
ではなくて、ここの生徒だったのか!が先かもしれないけど。


瑛麻の叫び声に向こうも気づいたのか、指を指されつつ叫ばれた。


「瑛麻!?何でお前がいるんだよー!マジか!?本物か!?うっわ!瑛麻だよ!何でいるんだよ何でそんなにボロボロなんだよ!司佐と和麻に殺される!!!」


それはもう盛大に、悲鳴混じりの叫びが屋上に響き渡って瑛麻に視線が突き刺さる。が、気にしている場合ではない。
なぜ和麻の名前と一緒に司佐の名前を叫ぶのだあの馬鹿は。


「てめー司佐の名前出してんじゃねーよ!この馬鹿!マヌケ!」


痛む足も忘れて身軽に飛んで蹴りを一発。
勢いのまま繰り出された蹴りは綺麗に桜乃をぶっ飛ばした。あ、気持ち良い。


「ちょっと、瑛麻君!?」
「すげー、飛んだぜ桜乃先輩」
「一発とは、やるな」


サチ、カオル、会長が何か言っているけど聞こえない。
放物線を描きながら綺麗に飛んだ桜乃に誰もが呆然とする中で瑛麻だけが動く。
床にべしゃりと墜落した桜乃の襟をひっつかんで睨み下ろして。


「んで、何で桜乃がいるんだよ。お前先輩なのか?」
「2年だよ!先輩だって分かってるのになんでこの扱いなんだよ。つか、瑛麻こそ何でいるんだよ。その怪我は?」
「話すのがちょっと長いから後で。司佐の名前出してんじゃねーよボケ。今度言ったらコロス」
「ごごごごごめんなさい」


顔を近づけてどちらが先輩か分からない会話を小声で終えて、ぱっと桜乃を離せばまた床に落ちる。
素知らぬふりで仲間の、1年の立っている場所に戻れば当然だけれども囲まれた。


「説明は後でするから囲むな!昔からの知り合いだっての。んで、何でこんな事になってんだよ。札付きの不良ってどこにいるんだ?」
「そうだね。もう言うのも馬鹿らしくなったけど、君が景気よく蹴り飛ばした桜乃先輩だよ」
「はあ!?」


だってサチと楽しそうに吠え合っていなかったか?
思い切り呆れる瑛麻に回りも違う意味で呆れた様だ。


「不良ではあるが、だからと言って怖がられていても仲が悪い訳ではない。寮生としての生活も長いからな。まあ、まさか蹴り飛ばされるとは思ってもみなかったが、桜乃もサチ同様、狂犬だ。サチより分別があるしSSクラスだけどな」


会長が呆れつつ説明してくれて、さらに驚いた。
桜乃がSSクラス。今すぐ和麻に電話して教えてやりたい!


「瑛麻、瑛麻、今違う世界に行ってだろ。戻ってこいって。それと、桜乃先輩と知り合いなのは分かったから知り合いならさっさと箱貰ってきて」
「あ、ああ。そういや箱だったよな」


カオルに軽く頭を小突かれて正気に戻る。
思わぬ再開にすっかりテンションがおかしくなっていた。ふ、と息を吐いて屋上の奥にずらりと並ぶ2年を眺めればそれぞれ強面で、まあ、確かに不良っぽい。桜乃の場合は髪の色も目も色も自前だけれど。


「俺ら箱取りに来たんだけど、くれる?」


とりあえずお願いしてみれば後ろからは溜め息を落とされ、2年の群れからは笑われた。


「今年の1年はすごいな。ってか、桜乃の知り合いが外部か。院乃都、じゃなくて瑛麻だったな。その度胸に免じて箱をやりたい所だけど」


中々話の分かる不良だ。
会長より大柄で真っ赤な頭の生徒が苦笑しながら前に出る。


「じゃあ、くれ」
「いやだから、一応レクリエーションだからな?俺らだって一応楽しみたいだろ。1年共、俺らを見るなり固まっちまってつまんなかったんだからさ」
「って言われても時間ないし。疲れたし。そうだなー、レクリエーションねえ」


ふむ、と首を傾げれば後ろからサチが一本勝負!と騒いで会長に殴られている。
ナオは静観の構えらしく無言で、カオルと遊佐はにやにやするだけで瑛麻の側に来るつもりはなさそうだ。


「って言うか、箱あるのか?」
「おう。ここが一番多いぜ。俺らの後ろ側にどっさりと」
「ふーん」


並ぶ2年生はざっと15人。不良系ばかりを集めたらしく、それぞれ不良っぽい。だからこそ大勢の1年生がいても進めなかった訳で中央に立つ審判員の生徒も苦笑している。
そうか、審判がいるならあまり無理はできないのか。ついでに、もう散々暴れたから体力も減っているし正直動くのも怠くなってきているし。これは面倒だ。


「あー、じゃあ、悪いけど俺も一応楽しみたいし、あれで終わらせるのも何だし、でも面倒だし」


一応、前置きを置いてから床に座って周りの生徒に何やかんやと囲まれる桜乃を見て。くるりと後ろを振り返って。


「カオル、遊佐、サチ、お前ら暴れ足りないよな?ちょっと行って箱持ってこい」


投げた。


だってもう面倒臭い。
ここまで来てさらに頭を体力を消耗するなんて嫌だ。


さらっと全てを投げた瑛麻に周りから一斉に突っ込みが入るけど、もう知らない。ちらりとナオを見れば同じ考えだった様で、ぽん、と労る様に肩を叩かれた。






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