どれくらい経っただろう。
少しの時間だとは思うが流石に人数が多すぎる。
あちこちの怪我もそろそろ洒落にならない怪我になりつつあって、それはナオも同じだ。金属製の警棒を片手になぜかヒビの入った眼鏡が曇る。
けれど、向こうの方が酷い有様で既に主犯格と思われる、最初に声を上げた生徒以外は全員が床に沈んだ。
広い部屋なのに今では倒れ込んだ人の多さに歩くのがままならない程だ。
「ちくしょう、ちくしょう!お前ら何なんだよ!巫山戯んな!どうしてこの俺が!ちくしょう!!!」
別に最後のお楽しみに取っておいた訳ではなくて、威勢の良い声は最初だけだったらしい奴は真っ青な顔で部屋の隅に座り込んでいたのだ。
だから最後になっただけ。
「それはこちらの台詞。どうしてくれようかね、この馬鹿を」
「どうしよっかなー。迷っちゃうな」
立っているのは肩で息をしているがまだ動けるナオと瑛麻のみ。
ナオは平気そうに見えるが頬に殴られた跡と唇が切れたのだろう、血が出ているし腹の辺りをさりげなく押さえているからきっと酷いだろうと思う。
瑛麻もあちこち痛むし、顔は見えないけど確実に切れている気がする。
それでも良く暴れたものだ。
うめき声の床をざっと見渡して一足先に瑛麻が息を吐く。
「こらー!何でかぎ締まってんだよー!開けろー!」
冷静になれば外の声も聞こえた。
そう言えば鍵を閉めたのは瑛麻だ。誰も逃がさないと閉めた鍵だが、今考えれば馬鹿だ。この人数差で勝てたから良い様なものの、負けたら悲惨以外の何者でもないのに。
「鍵開けるか。ナオ、一応そいつ見張ってろよ」
「言われなくとも」
ひょこひょこと人を避けつつ痛む足を庇って鍵を開ければ、ものすごい勢いでドアが開くと共に誰かが部屋の中の、ナオの所までダッシュした。
驚いて振り返ればほんの数秒だったのに警棒を今にも振り下ろそうとしているナオと、その下で声もなくしゃがみ込みながら呆然としている生徒と。
「最後まで目離すなっての、院乃都兄。ダメだぜ?詰めが甘いのは」
ナオの手を押さえる風紀委員長の鏑木だ。
よく見ればナオが振り下ろそうとしていた警棒は明らかに急所狙いで、あれでは死んでしまう。
「それと、ナオもダメだぜ。こんな馬鹿相手に殺人なんてもったいないだろ?」
そう言えば会長から強いとは聞いていた。あのナオを片手で軽く押さえるなんて、すごい。
冷静になって気も抜けた瑛麻ではもう全てに追いつけなくて、ぼけっと見ていたらナオがとても綺麗な笑顔で笑う。
「もみ消せますよ、これくらい」
ぎゃあ!怖い!笑顔が、言葉が怖い!
びっくりして青ざめる瑛麻に対し、鏑木は呆れた笑顔でぺしっとナオの肩を叩いて警棒を取り上げた。
それと同時に部屋の中に沢山の生徒がなだれ込んでくる。全員が黒腕章の風紀委員の警備だ。
そして、他にもなだれ込んできた。
「大丈夫か!?この人数相手に無茶するなこの馬鹿共が!」
「酷いよナオ!瑛麻君!ボクに隠れてこんなに楽しそうなことしてるなんて!心配したんだからー!」
「お前ら強いなー。大丈夫か?二人とも」
「こりゃ酷でえわ。黒腕章が廊下を全力ダッシュなんてはじめて見たぜ」
真剣な顔で心配しながら怒る会長と、その隣で狡いと言いながら涙目のサチに、飄々としながらも心配そうなカオルと遊佐。
数日で見慣れた顔に囲まれれば少しほっとして心が緩んだ。
それはナオも同じ様であの恐ろしい空気を消して瑛麻達の方に歩いてくる。
「まあ、とにかく終わったから良しとしようか。サチに泣いてもらえるなんて役得だね」
「何言ってんのナオ!もー喧嘩ならボクを呼んでよね!怪我だらけじゃない!」
「かすり傷だから大丈夫だよ。カオルと遊佐もありがとうね。会長、トモ君は?」
「こっちで保護してる。すまなかったな。警備を増強する」
「別に構いませんよ。闇討ちの方が相手のし甲斐がありますから」
・・・何か別の世界がある。すぐ側なのに怖い。しかもナオの方が瑛麻よりよっぽど悪役が似合いそう!
「あいつら別だからな。俺等は俺らでいこうぜ、瑛麻」
「そうそう。あの3人は別枠だから」
唖然としていればカオルと遊佐に挟まれた。
心配している空気がびしばし伝わってくるから少々くすぐったい。
「いや別に良いんだけど。あ、そう言えば箱!すっかり忘れてた」
カオルと遊佐に挟まれて思い出した。
声を上げれば周りも気づいた様で、けれどこの惨状を前に言ってのけた瑛麻に呆れた、けれど笑い声が皆から出る。
「まあったく、大物だな院乃都兄は。いや、瑛麻だったな。ほら、箱ならちゃんと隠してあったぜ。律儀だよなあ」
あれこれ指示をしていた鏑木がゴージャスな花をバッグに纏めてくれたらしい袋をくれる。
中身は全部箱。確かに律儀すぎる。
「サンキュー。いやだって、一応レクリエーションだったなあって思い出したんだよ。折角だし喧嘩だけじゃな」
「そうだね。こんな馬鹿共相手にお祭り気分を真っ黒にしてももったいないね。瑛麻君、まだ動ける?」
受け取った袋は遊佐が持ってくれて、笑顔の、普通の笑顔に戻ったナオに軽く肩を叩かれた。
「もちろん。カオル、遊佐、お前らの取り分は?」
「ばっちりだぜ☆」
カオルが自分の袋を掲げて笑い、サチも奪ったであろう袋を持って笑う。
すっかりレクリエーションに戻った空気に今度は会長と鏑木が大声で笑った。
「本当に、何て言ったら良いんだろうな。後30分は残っているから気張ってこい」
「大活躍な瑛麻に特別情報をやるよ。屋上に行ってみ。箱が一番多いのは屋上だぜ」
会長に頭を撫でられ、鏑木は笑いながらパチンとウインクをしてまた盛大に花を咲かせる。
「よっしゃ!じゃあ屋上に行くぜ!もう一踏ん張りだ!」
カオルが声を出せば遊佐も声を上げて、サチとナオが笑顔で頷く。
さっきまでの乱闘が嘘の様で、けれどナオと瑛麻はボロボロで。
それでも向かうは屋上。
痛む足も今は知らないフリで、折角のレクリエーションなのにあんな馬鹿の所為で嫌な気分のまま終わりたくはない。