太陽のカケラ...22



「お、終わった・・・」

全ての私物を片付ければ、広い部屋がある程度瑛麻らしくなって、疲れた。
がくっと膝を付く瑛麻に対し、友秋はテキパキとダンボールを片付けてくれる。

「意外と早かったね。瑛麻君の荷物少なくて良かったよ。これで全部?」

これで早いのか、少ないのか。
まあ確かに少ない方だとは思うが、そんなけろっと言われても困る。さっきまでの気弱な友秋が幻の様だ。

「これで全部だ。まあ、後は追々揃えれば良いし、そういや私服で良いんだよな。服も片付いたからやっと着替えられるぜ」

友秋も制服ではなく、部屋着と言うのだろうか、シャツにジーンズの気軽な格好だ。
ジャケットは脱いだものの、着替える服がなくて制服姿だった瑛麻だからようやく着替えられる。

「制服は式典だけだから、次は終業式で夏服だね。もうクリーニングに出しちゃって大丈夫だよ。クリーニングに出しっぱなしで忘れちゃう人もいるから、寮の受付で案内サービスもあるし」
「そんなに着ないのか」

ばさばさと脱ぎ捨てつつ、いっそ全て私服でも良いだろうに。
なんて考えていれば友秋の顔が真っ赤になった。

「え、瑛麻君、着替えるなら僕出るから!」

どうやら瑛麻の脱ぎっぷりに赤くなった様だ。何も同じ野郎なんだから赤くなる事もないだろうに。
そう思う瑛麻だが、以外にも着やせする方で、細身だが良く鍛えられた身体に、健康的な色気、ではなく、妙な色気もある。
脱ぎかけのシャツから覗く背中は白く滑らかで、少々妖しい雰囲気つきだ。

「ま、いっか。しかし私服は楽で良いよな」

ようやく制服から解放されてご機嫌な瑛麻になった。
クローゼットから取り出す私服は太めの黒いカーゴパンツとヘソまでのタンクトップに大きめの前あきのパーパー。瑛麻の普段着だ。
靴下は脱いで裸足になり、ようやく一息つけた。

「あー落ち着く。っと、メールメール」

朝からずっとバタバタしていてロクに携帯も確認できなかった。
一応知り合った奴らとは番号とアドレスを交換したけど、中身を見る余裕すらない。
友秋にはもうちょっと待っていてもらう事にして床に座ってメールを確認すれば。

「げ、溜まりすぎだろが」

着信が5件にメールが37件。溜まりすぎだ。
取りあえずメールからざっと確認すれば和麻からの心配するメールが半分。悪い方の友人からの突っ込みと普通の友人からが半分。
和麻は朝に集中してるから返さなくても良いとして、友人連中には一つ一つ返すのがめんどくさい。ので、グループにして一言だけ返信しておく。
こうすれば2回で楽ちんだ。

『忙しいんだよボケ』『落ち着いたらメールする』
これで返信完了。

そして、着信を確認すれば、4件が朝に集中する和麻から。
よっぽど心配だったのだろう。後で撫でてやろうと決めて、最後の1件。

「あ、着信、くれたんだ」

ほわっと瑛麻の心が温かくなる。
着信の主は、瑛麻のたった一人の大切な人。
恋人だ。
着信時間は昼頃で、入学式が今日だと知らせておいたお陰だろうか。時計を確認して、通話のボタンを押す。今の時間なら大丈夫。

『瑛麻か?どうだった、入学式は』

低く甘い声。
笑いを含んで瑛麻に優しく語りかける人。

「忙しかった。変な学校だよ、ここ。連絡サンキュな、司佐」

中江司佐(なかえ つかさ)。
瑛麻の恋人で、ずっと昔からのお隣さんで、今はバーを経営している青年だ。
白に近い金に染めた髪に悪巧みの似合う笑み。シルバーの指輪が大好きで、手を繋げば暖かさよりも金属の硬さを感じていた。
この時間だと店の準備をしているはずで、懐かしい店内を思い浮かべて瑛麻も柔らかく笑む。

『声は楽しそうだぞ。和麻はどうした?』
「和麻なら俺より先に入寮してるぜ。でも中等部とは別になるから今は俺一人」
『そうか。和麻にもよろしくな。しかしとうとう諦めて入学したか。瑛麻がどれだけ逃げられるか賭けてたんだがなあ』
「やっぱりか。で、司佐はもちろん勝ったんだろうな」
『負けたに決まってるだろ。俺はゴールデンウィークに賭けてた』
「それじゃ逃げすぎ」
『確かにな』

ひとしきり話して笑って、ふと言葉が止まる。
司佐も黙って、互いの呼吸だけが微かに聞こえる。瑛麻の心が鳴って、携帯を持つ手が微かに震えて。

「今度の休み、行って良い?」

未だに緊張してしまう。二つ返事で了承してくれるのは分かっていても、緊張するのだ。
瑛麻にとって、たった一人、甘える事のできる人。今更遠慮なんて言葉はないけれど、遠慮以上に瑛麻を縛るものがある。

『おう、来い来い。迎えに行ってやる』
「やった。サンキュ、司佐。じゃあ週末」
『ああ、待ってるぜ』
「・・・好きだよ、司佐」
『まだ早いけど、お休み、瑛麻』

これだ。決して司佐は好きだと行ってくれない。
抱きしめてくれるし、キスもしてくれる。ただ、その先に進んだ事はないし、瑛麻が襲ってもびくともしない。

全てが瑛麻からの行動なのだ。
好きと囁くのも、抱きしめてと動くのも、キスを強請るのも。

ずっとずっと前から好きだった。それが恋愛感情だと気付いたのは3年前。
勇気を振り絞って告白したのが2年前。押し倒して無理矢理キスしたのが1年前。
嫌われてはいないだろうけれど、元々女性にもてるタイプの司佐で、本人も女好きな所がある。
彼女は何人も見たし、今も、いるかもしれない。

それでも、瑛麻は司佐が好きだ。
それは、刷り込みにも似た想い。

「はー・・・。ま、気長にいくしかないかね」

寄せる想いは必ずしも一致しないと知っている。どんなに瑛麻が好きでも、司佐も同じ強さで好きとは限らない。
心が鳴って身体が震えるくらい好きだけど、ちゃんと分かっている瑛麻だ。
ただ、その物分かりの良さが高校一年生の思想であるのはおかしいのだとは知らないが。

「さ、メシでも行くかね。あ、和麻。今から食堂行くぞ」

今度は和麻に電話しながら部屋から出て、友秋を誘おうとすれば丁度、サチ達からもメールがきた。
さあ、夕食だ!



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