太陽のカケラ...20



「瑛麻君、強いね。憧れるなあ」
「だから、俺が落としたのはアンタの彼氏だろうが。全然怒んないのな」
「さっきのは篤斗が悪いから。頭が冷えればちゃんと紹介するね」

きっぱりと言ってのける友秋がようやく静かになった部屋で珈琲を入れてくれた。

玄関から真っ直ぐ続くこの部屋は共同部屋なのだそうだ。
リビングにも見える部屋で、大型のテレビが1台、ソファにテーブル。それにカウンター式のキッチンまで付いている。
ベランダもこの部屋から出られる様になっていて、洗濯物や布団は部屋でも干せるとの事だ。
ちなみに、玄関の側にトイレと洗面室、浴室と洗濯機がある。

「それでね、僕が寮に入ったのが早かったから右の部屋、使っちゃってるんだ。瑛麻君の部屋は左だよ。荷物は大きいのが業者さんが取り付けてくれて、後はダンボールになってる。手伝うね」
「サンキュ。しっかしすげえ部屋だな。ちょっとした高級ホテルじゃねえか」
「お金かかってるからねえ、この学園。あ、そうだ。ケーキもあるよ。食べる?」
「食う。いろいろサンキュな、友秋」
「ううん、ちょっと驚いたけど、同室が瑛麻君みたいな人で良かったって、嬉しいんだよ、僕」

嬉しそうに微笑んだ友秋がキッチンに行って、ケーキを持ってきてくれる。
理事長室でも食べたのだが、あれはノーカウントだ。

今度のケーキは小さいながらも美味しそうで、苺のショートケーキにモンブラン、タルト、チョコレートケーキにチョコタルト、チーズケーキが3種類。全てがトレイに乗って運ばれてきた。
って。

「多くないか?」
「何が好きか分からないから全部持ってきてみたよ。好きなだけ食べてね」

気を遣うヤツなのだろうか。大人し気な外見だが良く見れば顔立ちは整っていて、さっきまで囲まれていた連中の様な派手さも華もないけれど綺麗だ。
烏の濡れ羽色、な髪は真っ直ぐで耳元まで。清潔感がある。ノンフレームの眼鏡に白い肌。細いと言うよりは華奢な体格で、瑛麻より少し小さい身長。
そう言う意味で見れば篤斗の心配もまあ仕方がないかな、と思える友秋で。

「瑛麻君、驚かないんだね。篤斗を彼氏って言ったのに」

有り難くショートケーキとチーズケーキを食べていればふいに友秋の暗い声が部屋に響いた。
自分ではフルーツタルトを取ったのに一口も食べていない。

「ここに来るまで結構ピンク色見かけたし。説明もちょろっとされたしなあ」
「そっか・・・」

その前にヤる寸前だった現場を目撃している訳なのだが、目を伏せる友秋は沈んだ表情だ。
何かあるのだろうか。と思っても初対面で聞くのも深すぎる話で。かと言って同室だ。何かと世話になるだろうし、正直この大人しそうな雰囲気の友秋が同室で瑛麻としても現時点では嬉しい。

「しょうがねえなあ。何でそんな顔してんのかは知らねえけどさ、篤斗が好きなんだろ?」
「うん。好きだし、瑛麻君に偏見がないって分かって嬉しいよ」
「じゃあ何でそんな顔なんだよ」

今にも泣き出しそうな顔だ。
初対面に近い瑛麻なのに、いや、初対面に近い、他人だからこそ漏れたのだろうか。
ぎゅっと目を瞑った友秋が一粒だけぽろりと涙を零した。

「ご、ごめんね。瑛麻君とはまだ、初対面なのに。何でだろ、気が抜けちゃったのかなあ・・・」

と言う事は気を張っていたのか。涙はもう零れないけど、いっそ大泣きした方が身体に良さそうな感じだ。
瑛麻の何を気に入ってくれたのか。分からないけれど、ここで見捨てては人として駄目だろう。ちょっとめんどくさいけど。

「気が抜けたってんなら、気ぃ張ってたんだろ。ほれ、言ってみろ。聞くだけならタダで聞いてやるぜ。面白そうなら首も突っ込んでやる」

瑛麻にしては大サービスだ。
テーブルに乗り出して友秋を下から覗き込めば少し笑ってくれる。痛々しい笑みだ。

「これからの、話は忘れてくれて、良いからね。ちょっとだけ、吐き出させてもらって、良いかな」
「ああ。後で友秋に部屋の片付け手伝ってもらう予定なんだ。思う存分吐き出せ。但し夕飯前までな」

引き続き大サービス。美人に泣かれるのは男だとしても少々気にはなる。
面倒だと思う気持も大きいが、人として聞くべきだろう。

瑛麻の口調に幾分か気が楽になったのだろう、タルトを一口囓った友秋がぽつぽつと話しはじめた。


それは、放って置くには置けない話で、
少々胸くその悪い話でもあった。

友秋と篤斗が付き合いはじめたのが中学2年の頃で、一方的な篤斗からのアプローチだったとの事だ。
強引過ぎる篤斗だが、値は真っ直ぐで純真で、断ろうと思っていた友秋も次第に篤斗に引き寄せられていった。までは性別を覗けば極普通の恋愛話だ。

問題は、剣道の特待生である篤斗には意外な事にファンが多く存在している上に、院乃都の後継者候補でもあると言う。
(この辺りで瑛麻は嘘だと叫んで嫌いだけれども院乃都の将来をちょっと本気で心配した)
院乃都の名は強大で、SSクラスに在籍しているとは言っても一般家庭に毛の生えた程度の友秋には理解できない世界で、同時にやっかみからくる嫌がらせもはじまってしまった。ついでに、篤斗と付き合う事で妙な色気も出たらしく、この1年で襲われる事20回以上。いずれも未遂だが襲う奴らの言い分としては、気の強い美人より、大人しそうな普通の奴。と言う事らしい。

「だから篤斗もあんなに警戒してるんだ。僕はこの通り非力だし、みんな助けてはくれるんだけど、結局、怖くて入学式にも行けなかったんだ。そんな所に瑛麻君が来て、一撃で篤斗を落としたでしょ。それで、気が抜けちゃったと言うか、何だろうね・・・ごめんね。こんな話で」

ふ、と肩の力を抜いた友秋が珈琲を啜って、一緒に鼻も啜った。
切々と語る内容に瑛麻の機嫌は急下降だ。話半分だとしても酷い。

「そっか。だから俺の事院乃都って呼んだのか。さっきロビーで名前を呼べって宣言したから、ちょっと変だとは思ってたんだ」
「そうだったんだ。行ければ良かったんだけど、人が多い所は、怖いんだ」



back...next