太陽のカケラ...12



理事長室に入るには一応チェックが入るらしい。
と言うのは、理事長室の前には秘書の部屋があり、いざ!と扉を開けたら出迎えられたのは美人な秘書のお姉さんだったからだ。
それも3人も。理事長って意外とお得な職業なのかも、なんて場違いな感想を持ちつつお姉さんを観察していればそう待たされる事なく理事長室に通された。

はじめて出会う親戚と、高そうな机とか棚とかその他いろいろ。
足を取られそうな絨毯にふかふかソファになぜか紅茶とケーキ。
正直、親戚よりも先に部屋の中身とケーキに目がいってしまったのは腹の空いている青少年のなせる技だと思いたい。

「はじめまして。理事長の院乃都紀仁(のりひと)だ。兄さんの息子がこんなに大きいとはなあ・・・。
ああ、私は君たちの父、当麻の弟だ。叔父になるかな。ええと、紅茶とケーキで良かったかな。さあ、遠慮しないで食べなさい」

ああ、確かに親戚で、叔父だ。なにせ父とそっくり。ただ、纏う雰囲気は父よりもよっぽど経営者向きだけど。
ソファに並んで座る兄弟を教育者らしい暖かい視線で眺める理事長に感心してしまう。
父とそっくりでこの雰囲気とは。声に出さずとも和麻も同じ印象を持ったらしい。

「ありがたく頂きます。えーっと、実は紀仁さんがはじめて会う親戚なんですが、俺達に何か用がありましたか?」

ソファに仲良く並んで座る兄弟に目を細めた理事長は微笑みながらお砂糖は?なんて軽く聞く口調と同じ声でさらりと吐いた。

「あの問題児の息子を見て見たくてね。成績は瑛麻が中の上、和馬がSS。立派なもんじゃないか。後継者争いも楽しくなるな。
まあ、問題を起こすなとは言わないが、いっそ起こして私の目の届く範囲から消えてくれると有り難いんだがね」

表情も雰囲気も変えず、見事だ。
はっきりと敵意を露わにする理事長だが、感心し過ぎた瑛麻は思わず拍手してしまって今度はちゃんと睨まれた。

「あの馬鹿親父にも見習わせたいな、その雰囲気。まあ、俺らも今回の件に関しては迷惑しかしてないんで問題起こしてやりたいけど、楽しそうだから暫くご厄介になろうと思います、理事長先生。喧嘩売るんなら正々堂々と売ってくださいね。倍値で買いますから」

デザート用の繊細なフォークをこれまた繊細で高そうなケーキの真ん中に刺してそのままガブリと噛む。うん、旨い。
視線はちゃんと理事長にあわせたまま、もごもごとケーキを頬張っていたら睨む視線が強くなった。

「ある意味頼もしいね、瑛麻。それで、さっきから一言も喋らない和麻はお兄ちゃんに全部任せてだんまりか?」

大人気ない。瑛麻に口で勝てなさそうだからと中学生に喧嘩を売るとは。
呆れる瑛麻だが助けは出さない。口の中がケーキでいっぱい、だからじゃなくて何の心配もしていないからで。

「僕も迷惑です。はじめて出会う叔父さんに喧嘩売られるなんて。今までずっと、両親が天涯孤独って言っていたから、楽しみにしてたのに・・・」

あ、泣き落とし。
デカイ図体だが和麻はまだ中学生だ。悲し気に目を伏せて弱々しい声を出せば面白いくらいに理事長がうろたえる。
こんな所は教育者なんだなと、子供に喧嘩を売る大人気なさは棚に上げて安心する。

「そ、そんな事を言われても、す、すまなかった。そうか、天涯孤独だなんて嘘を吐いたのかあの馬鹿は」
「みんな、僕達を嫌ってるみたいで、悲しいです」

追い打ちをかければもう和麻の勝ちだ。瑛麻よりよっぽど綺麗に卑怯に勝ちを取るその顔は悲し気なのに、実は全くの逆だ。
内心では笑っているだろう。いや、どちらかと言えば嘲笑か。

「和麻、泣くな。ごめんな、俺もピリピリしちまって。理事長、すみませんでした。あの、もう退出して良いですか?」

秘技(でもないが)押して引いて。
大人に喧嘩を売る生意気な子供から弟を心配しつつちょっと意地を張ってましたな純情な高校生にチェンジ。
和麻の手をぎゅっと握って弱々しい声を出せばもう理事長は喧嘩を売る大人ではなくて、教育者の顔になった。
うん、やっぱり見習わせたい。あの馬鹿親に。

「私の方こそ大人気なかった。すまない。もう退出して大丈夫だ。寮への道は分かるか?案内させようか?」
「いえ、大丈夫です。和麻、行こうか」

和麻の手を引きながら立ち上がって、もう敵ではなくなった理事長を背に扉に向かう。
心なしか和麻が震えているのは吹き出すのを我慢しているからで、とっととこの棟から出ないと大爆笑してしまいそうだ。

「瑛麻、和麻。今更だが皇乃院学園へようこそ。君たちの学園生活が良きものである事を願う。大人気なかったお詫びに何かあれば相談してくれ」

ばれない様にいそいそと扉に手を掛ければ立派な教育者らしい言葉をかけられた。
これでは勝ち過ぎだけど、まあ結果オーライか。

「ありがとうございます。俺達、心細かったので、嬉しいです」

くるりと振り返った瑛麻がとびきりの笑顔を見せて和麻も無言でぺこりと頭を下げる。
完璧だ。何がって、完全勝利と言う意味で。



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